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映画「ラーゲリより愛を込めて」 遺書を読む場面は涙なしではいられない

 映画「ラーゲリより愛を込めて」をみた。原作は辺見じゅんの「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」。終戦と同時にシベリアに抑留された山本幡男が、抑留されながら様々な文芸活動で仲間たちを鼓舞するが、苦難の中で死亡、友人たちが、文書の持ち出しを禁止されたため、山本幡男の書き残した遺書を暗唱して家族に伝えた事実を描くノンフィクションだ。

 映画の主人公、山本幡男は、私の大学院時代の恩師のひとりである山本顕一先生のご尊父。つまり、恩師は、映画の中で幡男の長男としてたびたび登場し、高齢になった姿を寺尾聰が演じているその人だ。そんなわけで、山本先生と親しくさせていただいている私は、以前から、原作も読み、深く感動してきた。今回、映画化されると山本先生に聞いて、ずっと楽しみにしていた。やっと時間ができたので、観てきた。

 とても良い映画だった。最後まで希望を捨てず、愛を貫くというメッセージには説得力がある。高潔で人間愛にあふれた山本(二宮和也)の周囲に、戦友たちを裏切ってしまった原(安田顕)、卑怯者の烙印から逃れようとする松田(松坂桃李)、権威をかさに着ていた自分を反省する相沢(桐谷)、心優しい青年、新谷(中島健人)、そして、クロという犬を配して、戦争、そしてその後の抑留の悲惨、その中で希望を抱き、愛を守ろうとした山本をはじめとする人々を描く。

 最近作られた戦時中の映画をみると、どうしても役者がみんなあまりにあか抜けており、服装も当時ほどみすぼらしくなく、したがって、リアリティが不足しているのを感じる。やはりこの映画でも、同じことを感じた。山本先生のお母様はきっと美しい方だったのだろうとは思うが、それにしても北川景子は美しすぎる。極寒のシベリアを描いているとはいえ、やはりそこは本当の極寒には見えない。現代のジャニーズっぽい美男たちは、戦争に赴いた貧しくみすぼらしい日本男子には見えない。実際の山本が経験したシベリア抑留はもっともっと過酷なものだっただろう。そのような様々な問題点はある。だが、そのようなことを監督は重々承知だろう。

 現代人にもわかりやすく共感しやすい形で描くには、このようにするしかない。しかも、観ているうちに、そうしたことは忘れるだけのドラマの盛り上がりを見せる脚本の手際の良さ、安田や二宮の演技力がある。戦争の理不尽、抑留の理不尽、それに翻弄される男たちや家族が十分に伝わってくる。

 ただ、私がとても残念に思ったのは、アムール句会の話題が映画には描かれなかったことだ。山本幡男はハバロフスクでアムール句会を主宰し、俳句を抑留者たちに広めていく。小さな文芸誌を作り、そこに抑留者たちが小説や詩を発表する。山本幡男は外国の土地に抑留されていながら、日本語を忘れず、日本の土地を思い起こし、日本人である誇りを保つためにこのような活動をする。抑留者たちは、それに共鳴するがゆえに、山本は多くの人の信頼を得る。そして、だからこそ、山本の遺書を友人たちが暗唱して家族に伝えようとする。

 私は、少なくとも、辺見じゅんのノンフィクションのテーマは「言葉の力」だと考えている。山本は語学の天才だった。言葉の力を信頼する人だった。言葉の力で抑留者を力づけようとした。日本語の力で家族に愛を伝えようとした。共鳴した友人たちが言葉の力を信じて、それを家族に伝えた。原作からそのようなテーマが浮かび上がってくる。

 ところが、映画では、言葉=日本語という面が重視されていなかった。むしろ、山本の愛唱歌が「いとしのクレメンタイン」であって、抑留者たちが声を合わせてこの歌を英語で歌うところがある。きっとグローバルな視点で世界平和を描こうという監督の意志の表れなのだろう。だが、これには私は違和感を覚えずにはいられなかった。

 そもそも当時、敵性語である英語の歌を日本人抑留者たちが声を合わせるというのはあまりに非現実的だと思うし、そうすると、「日本語を大事にする」という句会の意味が薄れてしまう。映画では、山本はソ連の軍人にたてつき、罰を受けながらも日本人の言い分を主張し、草野球をひろめたために抑留者たちの間で信頼を得ていったように描かれていた。映像としてわかりやすくするためにそのようにしたのかもしれないが、だがそうすると、やはり山本がリーダー的存在になっていくのが不自然に感じられてしまう。

 とはいえ、友人たちが家族に遺書を届け、それを暗唱する場面は涙なしではいられない。あれこれ気にはなったが、ともあれ遺書を暗唱する場面はさまざまな雑念を吹き飛ばして映画に没入させるだけの力がある。

 それにしても、私のよく知る山本先生の役を寺尾聰が演じているのをみて、不思議な気持ちになった。同時に、当事者である山本先生はこの映画をどうご覧になったのだろうと、大いに気になった。

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