オペラ映像「クリスマス・イヴ」「椿姫」「愛の妙薬」
寒くなってきた。子どもたちは独立し、妻は他界したため、昔、四人で暮らしていた家に一人で暮らしている。一人で暮らす久しぶりの冬だ。寒さが身に染みる。何はともあれ、温かくすることを心掛けている。電力節約が呼びかけられているが、今年ばかりはちょっと大目に見てもらおう。人数が減った分、昨年よりはずっと電力消費は少ないはずだから。
最近発売になったオペラ映像を数本見た。簡単な感想を記す。
リムスキー=コルサコフ 「クリスマス・イヴ」 2021年12月17-19日、2022年1月8日 フランクフルト歌劇場
数年前にオペラ作曲家としてのリムスキー=コルサコフの真価を知って以来、この作曲家のオペラ映像をたくさんみてきたが、このオペラについては、その存在を含めて今回初めて知った。チャイコフスキーの「チェレヴィチキ」と同じゴーゴリの「ディカーニカ近郷夜話」の中の短編「降誕祭の前夜」に基づく作品で、台本は作曲者本人による。鍛冶屋の青年ヴァクーラが結婚を申し込むと、相手のオクサーナに「女王の靴をくれたら結婚してあげる」と言われて、悪魔に協力させてそれを手に入れる話。
ゴーゴリの原作はいかにもゴーゴリらしく、不気味なユーモアと暗い情感にあふれているが、それに対してチャイコフスキーのオペラは民話的、おとぎ話的、リムスキー=コルサコフのオペラは、今回のクリストフ・ロイの演出のせいもあるかもしれないが、ちょっとシュールで諧謔的。「金鶏」の流れをくむオペラになっていると言えそうだ。
親しみやすいメロディがあるわけではないので、あまり人気がないのも仕方がないかもしれないが、オーケストレーションはさすがだし、歌も美しい。人間臭い悪魔やら色気のある魔女やらが登場して、原作のゴーゴリ(平井肇氏の訳が青空文庫に収録されている。とてもおもしろかった)よりもブルガーコフの世界に近いかもしれない。不思議な雰囲気があってとてもおもしろい。
今回の上演は素晴らしい。歌手陣はそろっている。ヴァクーラのゲオルギー・ヴァシリエフはきれいな声のテノールで勢いもあって音程も確か。オクサーナのユリア・ムジチェンコも透明な声でとても魅力的。ソローハのエンケレイダ・シュコーザは声にも容姿にも熟女のお色気があってとてもよろしい。悪魔のアンドレイ・ポポフも人間味のある悪魔をうまく歌っている。
フランクフルト歌劇場管弦楽団を指揮するのはセバスティアン・ヴァイグレ。さすがのタクトで、しっかりとまとめている。ロシア色は薄いといえそうだが、色彩的でしなやかな音楽世界を作り出している。
舞台は現代に移されている。民族色、時代色はまったくない。普遍的な世界を描いているといえるだろう。リムスキー=コルサコフの世界は、「民族楽派」と言われるわりにはインターナショナルなので、私としてはこれで特に不満はない。
「皇帝の花嫁」「金鶏」「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」ほどの傑作ではないと思うが、なかなかおもしろいオペラの素晴らしい上演だと思う。
ヴェルディ 「椿姫」 2021年9月28日 フィレンツェ五月音楽祭歌劇場
素晴らしい上演。
メータの指揮は、遅いテンポでくっきりとしている。一つ一つの音をかみしめるように音楽が進んでいく。まったくほころびがない。堅実でしっかりとした美しい音が聞こえてくる。
歌手陣もみごと。ヴィオレッタを歌うナディーン・シエラは衝撃的といってよいほどだ。のびやかな声。これまで多くの美女がこの役を歌ってきたが、ナディーン・シエラの美しさは一味違う。現代的で知的でのびのびとしている。解放感というか、健やかに伸びていく雰囲気を感じる。すごい歌手が出てきたものだ。
アルフレードはフランチェスコ・メーリ。この人らしい高貴で端正な歌で、これもとてもいい。シエラに対して、どうしても年齢が上に見えてしまうのは痛いが、一途でまじめな青年の歌になっている。ジョルジョ・ジェルモンはなんとレオ・ヌッチではないか。ずっと前に引退と言われていたのだが、まだ歌っていたのか。調べてみたら、どうやら79歳! もちろんかつての声の輝きはないが、堂々たるジェルモン!
演出はダヴィデ・リヴェルモーレ。1960年代のパリを舞台に移しているという。要するに、観客の中心をなす高齢者(日本でいう団塊の世代)の若かりし頃ということなのだろうか。ただ、その時代に設定した必然性が舞台からは伝わらない。最後、ヴィオレッタは自分の亡骸から解き放されて自由になるが、そうした自由のメッセージがこの舞台設定には込められているのだろうか。
ともあれ、シエラとメーリの歌、そしてメータの指揮だけで、私としては大いに満足。
ドニゼッティ 「愛の妙薬」 2021年11月19日 ベルガモ、ドニゼッティ歌劇場
素晴らしい上演。まず、歌手陣が充実している。アディーナのカテリーナ・サーラはヴィブラートの少ない自然な声で、高音がとても美しい。歌いまわしも見事。容姿的にもアディーナに見える。ネモリーノを歌うのはハビエル・カマレナ。いうまでもなく、見事な歌。この人は、容姿の面で二枚目に見えないのが難点だが、この演出はそれを配慮してのものかもしれない。道化役として登場するので、芝居が自然に見える。ベルコーレのフロリアン・センペイはしっかりした歌、ドゥルカマーラのロベルト・フロンターリも見事。最高度の充実といってよいだろう。
指揮はリッカルド・フリッツァ。驚くべき元気な演奏。ネモリーノがモテ始めるあたりの活気は圧倒的。とても説得力がある。まさに舞台全体が躁状態になって、まさにお祭り気分になる。
演出はフレデリック・ウェイク=ウォーカー。現代を舞台にしているが、そうなると、どうしてもネモリーノの馬鹿さ加減が不自然になってしまうところを、道化っぽくすることによってうまく処理している。色彩的な舞台で、楽しさを演出する。
歌もオーケストラも舞台もとても楽しめた。合唱団も観客も全員がマスクをしている。そのような時期の上演だったのだろうが、観客は、この閉塞状況をこの舞台によって跳ねとばしただろうと思う。
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