吉田志門の「美しき水車小屋の娘」 後半は世界のリート歌手に匹敵する素晴らしさ
2023年1月21日、武蔵野市民文化会館で、吉田志門テノール・リサイタルを聴いた。曲目は、シューベルトの「美しき水車小屋の娘」全曲。ピアノ伴奏は高橋達馬。吉田志門というすごいテノール歌手が現れたという噂が私の耳にも入った。武蔵野市民文化会館でシューベルトを歌うというからには聴かないわけにはいかない。久しぶりの武蔵野だった。
出演者によるプレトークがあったようだが、私は車で向かったため、思いのほか道が混んでいて、聞き逃した。
期待通り、演奏は素晴らしかった。いや、期待以上といってよいかもしれない。久々に大型新人が現れたと思った。いや、久々どころか、ドイツ・リートをこれほどに歌えるテノールはもしかしたら、これまで日本にいなかったのではないかと思った。世界で活躍できるリート歌手が日本に誕生したとさえいえそうだ。
最初のうちは音程が安定しなかった。きれいな声、端正な歌いまわし。往年のヴンダーリヒやヘフリガーやシュライヤーを思わせるような美声だが、声が安定しなかった。しかも、私の席にもよるのかもしれないが、ピアノがあまりに威勢がよく、声をかき消すほどだった。もちろん、前半、ピアノのパートの雄弁さを強調したかったのだろうが、それが行き過ぎているように思えた。だが、後半、ホールが落ち着いてきたということもあって、声の音程も安定するようになり、音楽そのものが雄弁になってきた。
後半は、これまで私が聴いてきた世界のリート歌手に匹敵する素晴らしさだった。弱音がとても美しい。声を完璧にコントロールできている。初めのうちはうるさく感じたピアノも、後半は歌とぴたりと合ってシューベルトの世界を奏で始めた。ドイツ語はわからないのだが、吉田の歌いまわしによって、青年の心の動きがわかる。終曲はまさに絶品。
アンコールとして、シューベルトの「月に寄す」D259と木下牧子作曲の「竹とんぼ」。ともにとてもよかった。「月に寄す」は、単純なメロディがむしろ感情をくっきりとあらわしている。「竹とんぼ」は歌詞もいい。そして、何よりも清潔でしみじみとした歌唱が見事。しみじみとしているが、端正なので、押しつけがましくない。素直に聴き手の心の中に入っていく。
吉田志門のこれからの活躍が楽しみだ。
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コメント
樋口様
先日はお運びくださり誠にありがとうございました。また、過分なお褒めの言葉、恐縮です。ありがとうございます。リートは私の心の宝物です。これからも大事に育てていきたいと思っています。
時節柄お身体ご自愛くださいませ。また会場でお目にかかれますことを!吉田志門拝
投稿: Shimon Yoshida | 2023年2月28日 (火) 11時45分
吉田志門 様
コメント、ありがとうございます。
先日のリサイタルは私にとって衝撃でした。26日のカンタータもぜひ聴きたいと思ったのですが、2月23日から28日までサウジアラビア旅行を計画しておりましたので、聴くことができませんでした。
発音の問題もあるのでしょう、リートを得意にしておられる日本人歌手は数少ないようです。日本人歌手が世界で注目されるということは、白井光子さん以来ありませんでしたし、男性歌手では皆無だったといってよいと思います。吉田さんのこれからの活躍を楽しみにしております。
投稿: 樋口裕一 | 2023年3月 1日 (水) 16時04分