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フリューゲルカルテットのモーツァルト 病院食のようだったが、意図的なのか?

 2023529日、東京文化会館小ホールで、モーツァルト協会例会、「1787年の光と影」、ハ長調 K515とト短調 K516のふたつの弦楽五重奏曲を聴いた。演奏はフリューゲルカルテットとヴィオラの磯村和英。

 フリューゲルカルテットは一線で活躍する岩田恵子、ビルマン聡平(ヴァイオリン)、大森悠貴(ヴィオラ)、植木昭雄(チェロ)によって2019年に結成された四重奏団。磯村さんはもちろん、ビルマン聡平や植木さんをこれまで何度か聴いてとても良い演奏だったので、期待して出かけた。

 意図的にこのような演奏にしているのだろうか。冒頭から、私は大いに疑問に思った。味付けがあまりに薄い。4月に入院をして、信じられないほど味の薄い病院食を出されて閉口した。素材の味が出ていればいいのだが、そうでもなかった。音楽を聴きながら、その時のことを思い出した。

 全体の音量も小さい。メリハリはほとんどない。ただ合わせているだけに思える。ハ長調のこのおおらかでスケールの大きい雰囲気がない。ト短調の曲になると、悲しみを強調するのかと思っていたが、こちらも同じ雰囲気だった。ト短調の出だしも、あの激しい悲しみの表現があまりに控えめ。だから、ハ長調とト短調の正反対の特徴を持つこの二つの弦楽五重奏曲の対比があまり出ない。第四楽章の途中から明るく活発になるところも、その前との対比が出ない。モーツァルトの悲しみもモーツァルトの躍動感も表現されない。フレーズとフレーズの性格の違いも明確に示されない。ハ長調もト短調もずっと同じ雰囲気。アンコールはモーツァルトの弦楽五重奏曲K593。これも同じような演奏だった。

 近年の演奏は対比を強調するタイプのものが多い。そうやって激しく音楽を作っていく演奏が増えている。もしかしたら、そのような味付けの濃すぎる演奏に対して、フリューゲルカルテットはノンをたたきつけて、あえて病院食にしているのだろうか。ほとんど味付けのない、最初から最後まで同じような演奏にし、音量もずっと控えめにして、「今の演奏は味付けが濃すぎる。そんなものは邪道だ。私たちのこそが本当のモーツァルトだ」と言いたいのだろうか。

 だが、私はあまりこのような演奏をあまりに平板だと思った。退屈してしまった。私はこの2つの弦楽五重奏曲が大好きなだけに残念だった。

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ニッセイオペア「メデア」 音程の不安定さを感じて楽しめなかった

 2023527日、日生劇場でNISSAY OPERA 2023 ケルビーニ作曲の「メデア」をみた。指揮は園田隆一郎、演出は栗山民也、管弦楽は新日本フィルハーモニー交響楽団。意外なことに、日本初演だとのこと。期待して出かけた。

 だが、多くの歌手たちの音程の不安定さのために楽しむことができなかった。最初に登場した侍女たちも、グラウチェの小川栞奈もクレオンテの伊藤貴之も声をしっかりとコントロールできていないために、音程が定まらない。肝心のメデア役の岡田昌子も私には、声量のある美声ながら、ずっと音程が不安定に聞こえる。ジャゾーネの清水徹太郎は初めのうちこそ、少し音程が怪しかったが、途中から持ち直して、第2幕以降は安心して聴いていられた。ずっと安定した歌を聴かせてくれたのは、ネリス役の中島郁子だけだった。

 園田隆一郎の指揮する新日フィルも、徐々に良くなってきて、最後の場面ではなかなかの音楽を聴かせてくれたが、最初のうちは音の粗さを感じた。

 新国立劇場の「リゴレット」、METライブビューイングの「ばらの騎士」と2日連続して素晴らしいオペラを聴いたのだったが、良い演奏は3日は続かなかった。残念。

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METライブビューイング「ばらの騎士」 シュトラウスの世界を堪能した!

 METライブビューイング「ばらの騎士」(2023415日公演)をみた。指揮はシモーネ・ヤング、演出はロバート・カーセン。

 まず歌手陣が充実している。元帥夫人はワーグナーやベートーヴェンの主要な役で大活躍のリーゼ・ダーヴィドセン。ドラマティックな声の持ち主なので、元帥夫人の繊細な表現に合っているのかどうか少し心配だったが、まったくの杞憂だった。この役にふさわしいしなやかで気品のある美しい声で、複雑な表情を見事に歌った。シュヴァルツコップのような技巧を凝らした歌ではなく、もっと率直な歌いっぷりだが、むしろ現代ではこのような表現のほうが説得力があるだろう。

 オクタヴィアンのサマンサ・ハンキーも素晴らしい。今回、この歌手を初めて知ったが、初々しくて溌剌としていて、まさにボーイッシュ。少年に見える!声もしっかり出ていた。ゾフィーのエリン・モーリーはこれまでも何度か聴いてきたが、ますます表現力が増したようだ。METの育成プログラム出身だったと思うが、すごい歌手に育ったものだ。高音がとても美しく、うっとりするほど。第3幕の三重唱は溶け合った声に感動した。

 オックス男爵のギュンター・グロイスベックは、今やこの役を得意としているようだ。エネルギッシュで若々しいオックスで、下品でありながら愛嬌があってとてもいい。ブライアン・マリガンは実に人間臭いファーニナルを作り出して、これもいい。

 ヤングの指揮は、繊細でしなやかで、しかも音の重なりが鮮明。私個人の趣味としてはもう少しダイナミックな部分と官能性の両方があってほしかったが、それはないものねだりというべきだろう。

 カーセンの演出では、時代をシュトラウスがこのオペラを作曲した第一次世界大戦前に変えており、オックス男爵やオクタヴィアンは軍服を着ている。そして、ファーニナルは成り上がりの武器商人という設定になっている。幕切れの部分、台本では黙役の小姓がゾフィーの残したハンカチを取りに舞台上に戻るが、今回の演出では、まだオクタヴィアンとゾフィーがベッドの上で愛を交わしているとき、小姓が現れ、手(手に何を持っていたのかは確認できなかった)を舞台背景に向けると、向こうにある戦車などが崩壊する。つまりは、愛の力が武器を壊すというメッセージだろう。同時に、シュトラウスが男女の愛のオペラを作ることによって戦争に向かおうとする社会をなし崩しにしようとしたという解釈を示したともいえるだろう。

 ただ、第二幕が娼館という設定になっていたのが、私には納得できなかった。娼館だとすれば現実問題として、元帥夫人が立ち入らないだろう。そこに何か象徴的意味があるのかと思ったが、私にはわからなかった。

 とはいえ、さすがMET。最高の歌手陣、最高の舞台。シュトラウスの世界を堪能した。

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新国立劇場「リゴレット」 素晴らしい上演

 2023525日、新国立劇場で新制作「リゴレット」をみた。素晴らしい上演だった。

 まず、マウリツィオ・ベニーニの指揮する東京フィルハーモニー交響楽団がとてもいい。新国立劇場でこんなに中身の詰まったしっかりした音を出す東フィルを久しぶりに聴いたというと叱られるかもしれないが、率直にそう思った。冒頭からリゴレットの悲劇性を感じる激しい音が響いた。ベニーニの指揮はきわめてドラマティック。いい指揮者にあたると、新国立劇場も素晴らしい音楽を聞かせてくれる。

 歌手陣も素晴らしかった。中でもやはりリゴレットのロベルト・フロンターリがこの役にふさわしい強い声で、見事に憐れで怒りにあふれた道化を演じていた。いくつかのアリアで見せる表情の違いがとてもうまい。観客を引き込む。ジルダのハスミック・トロシャンはちょっと特徴のあるヴィブラートだが、とてもきれいな声。高音がとりわけ美しい。姿かたちも可憐。マントヴァ公爵のイヴァン・アヨン・リヴァスも張りのある明るい声で楽天的な女たらしを歌う。外国人勢3人はやはり群を抜いていた。

 日本人勢もしっかりと歌っていた。中でも、スパラフチーレの妻屋秀和とマッダレーナの清水華澄は外国人勢に負けない声量と表現力だと思う。外国人勢に清水の加わった第3幕の四重唱は4人のそれぞれの思いがしっかりと歌われ、しかも見事なアンサンブルをなしていた。モンテローネ伯爵の須藤慎吾も健闘。そのほかの小さな役に至るまで、まったくスキなくしっかりと演じられ、歌われた。

 演出はエミリオ・サージ。すべての幕で同じような構図が使われていたが、予算を使わずにするための工夫だったのか。特に新しい解釈はなかったような気がする。スパラフチーレとマッダレーナの兄妹が近親相姦的な行動をとるのにはどんな理由があるのだろう。このような演出も見たことがあるような気がするが、あまり意味があるとは思えない。

 全体的にはきわめて満足。このような世界レベルの上演を東京でみられるのは本当にうれしい。

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インキネン&日フィルの第九 とてもいい演奏だった

 2023520日、みなとみらいホールで日本フィルハーモニー交響楽団横浜定期演奏会を聴いた。指揮はピエタリ・インキネン、曲目は前半にシベリウスの交響詩「タピオラ」、後半にベートーヴェンの交響曲第9番。日フィル首席指揮者としての最後のコンサート。

 インキネンはとても評判がいいのだが、実は私はよい演奏に出会っていない。というか、これまで大喝采されているときも、私はなんだか腑に落ちなかった。最後になって第九が取り上げられるので足を運んだ。

「タピオラ」は音響的にとても充実していた。シベリウスにふさわしい、まさに北欧の自然を思わせるような音。透明な音。そう、まるで森を上を吹く風のよう。とてもいい演奏だと思った。

「第九」については、きわめてオーソドックスな演奏だと思う。オーケストラを煽ったりもしないし、テンポを動かしたりもしない。だが、しっかりとオーケストラをコントロールしている。第1楽章から2楽章前半はちょっと燃焼しきれない様子を感じたが、第2楽章途中からどんどんと盛り上がってきた。第3楽章は素晴らしかった。透明な音が紡ぎだされ、それが絡み合って上昇していく。音の絡み合いが目に見えるよう。そして、第4楽章。バリトン独唱が入る前のオーケストラによるレチタティーヴォの部分の扱いの巧みさに驚いた。知的に構築して、一つ間違うとわざとらしくなるところを、自然に、しかもしっかりと意味がわかるように鳴らしている。

 独唱陣はまさに日本最高のメンバーだと思う。バリトンの大西宇宙は張りと深みのある美声。テノールの宮里直樹も、この難しいパッセージを見事な美声で歌いこなす。ソプラノの森谷真理もとてもきれいな強い声、そしてメゾ・ソプラノの池田香織も素晴らしい。ふだんはほかのパートに比べて目立たないはずなのに、この人が歌うとしっかりとその見事な声が届く。合唱は東京音楽大学。

 とても良い演奏だった。ただ、そうは言いながら、やはり今回も私はインキネンにはあまり感動しなかった。私は日常生活では実はかなりテンションの低い人間(いつも元気のない態度で物静かにしており、ぼそぼそしゃべり、とぼとぼ歩く)なのだが、こと音楽になるとテンションが上がり、熱くなる。すぐに感動し、熱狂する(外からはあまりそうは見えないかもしれないが)。ところが、インキネンの演奏に関しては、「いい演奏だな」と思いながら、なぜか感激しない。今回もこれまでと同じだった。なぜなんだろう。自分でもよくわからない。何か要因があると思う。

 

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追善・一柳慧 山本幡男の句に基づく高橋悠治作曲「黒い河」はやはりよかった

 2023519日、銕仙会能楽研修所で「青山実験工房 追善・一柳慧」を聴いた。私の目当ては、恩師・山本顕一先生のご尊父・山本幡男(しばらく前から「ラーゲリより愛を込めて」の主人公として話題になっているシベリアに抑留され、見事な遺書を残した文化人)の俳句8編に高橋悠治が作曲した「黒い河」。現代曲には私はあまりなじんでいないが、もちろん一柳の曲は何度か聴いたことがあるし、映画音楽はずいぶんと聴いた。高橋悠治、高橋アキも50年前から何度か聴いている。これを機会に久しぶりに「現代曲」を聴いてみようと思った。

 銕仙会能楽研修所を訪れるのは初めて。話には聞いていたが、ほんとうに椅子がない! 能舞台があり。少しだけ段になった座布団があるだけの桟敷席。腰痛、肩こりに悩む私としては、背もたれのない状態で長時間過ごすのは、かなりつらかった。2110分終了予定となっていたが、この盛りだくさんのプログラムではもっとかかるのではないかと思っていたが、案の定、終演は2140分を過ぎていた。

 曲目は、前半にバーバラ・モンク=フェルドマン作曲「A Moment, Pines Rustle(能舞台のための作品、世界初演)40分ほどかかる大作。清水寛二(能舞)、高橋アキ(ピアノ)、西村高夫(能舞)。能初心者(昔々、一度だけ観て、正直言って、ちんぷんかんぷんで退屈してしまった!)の私には、いったい何が起こっているのかわからず、ただ呆気に取られていた。能の舞はきっと素晴らしいのだと思うが、私にはやはり理解が難しい。周囲にいるのは理解できる人たちだったのだろうか。予習しておく必要があった! ただ音楽はおもしろかった。

 後半には、高橋悠治と清水寛二のトークの後、森円花作曲「神話 独奏ヴァイオリンのために」(無伴奏のとてもおもしろい曲だった。甲斐史子のヴァイオリンも見事)、一柳慧作曲「イン・メモリー・オヴ・ジョン・ケージ」(高橋悠治のピアノは相変わらず、開放感にあふれており、洒脱にして鋭い)、ジョン・ケージ「ノクターン ヴァイオリンとピアノのための」(高橋アキのピアノは芯が強くて鋭い。甲斐のヴァイオリンもとてもピアノとあっている!)、一柳慧作曲「月の変容 笙とヴァイオリンのための」(笙とヴァイオリンの音は実は似ていることに初めて気づいた。二つの音が和すのではなく、すれ違う、とでもいうか。不思議な音楽体験だった。笙は石川高、ヴァイオリンは甲斐史子)。

 そして、いよいよ、高橋悠治作曲「黒い河」。一昨年だったか、工藤あかねのソプラノ、高橋悠治のピアノで聴いたことがあったが、そのときも魅力的だと思ったが、改めて聴いて、やはりとても感動的な曲だと思う。波多野睦美(どうやら、私の卒業した大分県の高校、大分上野丘高校の後輩らしい)は清澄で明快で知的な声でこの俳句の透明さに迫っている。575の言葉を時に繰り返すなどしてリズムを作る高橋の作風もおもしろい。やはり私は最後の「ちいさきをば子供と思う軒氷柱」の句にジーンとくる。

 ただ、この曲が、今話題の「ラーゲリより愛を込めて」の主人公の句に基づくものであり、これがシベリア抑留の際の句であることを何らかの形で観客に知らせるべきだったと思う。そのようなことなしに聴くと、十分に理解できないのではないかと思った。高橋さんのトークの間に、このことに少し触れてほしかったと思うのだが(私が山本幡男に思い入れがあるせいかもしれないけれど)。

 その後、高橋悠治作曲「夢跡一紙(世阿弥による)」(世界初演だという。波多野睦美の歌、清水寛二の朗読、高橋悠治のピアノが入り混じっておもしろかったが、はてさてどう考えればよいか。これも予習していないためによく理解できなかった。残念!)、一柳慧作曲「アプローチ」(図形楽譜だという。高橋アキの語り、ほかの方々の音や声、仕草が加わり、パフォーマンス劇とでもいうもの。高橋悠治の仕草が特におもしろくて笑えたが、それにどのような意図があるのかはわからなかった)。

 久しぶりに現代芸術に触れたのだったが、たまに聴くのはおもしろくて刺激的だが、やはり私のような保守的な古典主義者には理解できないなと思ったのだった。

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戸田弥生&エル=バシャのイザイ、エネスクを堪能した

 2023513日、サントリーホール ブルーローズで、「イザイの絆 クライスラー・ラフマニノフ・エネスクとともに」を聴いた。出演は戸田弥生(ヴァイオリン)、アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)。

 曲目は、戸田さんの無伴奏でクライスラーのレチタティーヴォとスケルツォ、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第4番、第3番。エル=バシャのソロでラフマニノフ「前奏曲」より4曲とラフマニノフ編曲のクライスラー「愛の悲しみ」「愛の喜び」。デュオで、イザイの「悲しみの詩曲」、エネスクのヴァイオリン・ソナタ第3番。

 とても充実したコンサートだった。とりわけ素晴らしかったのは、イザイの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番。戸田さんの得意の曲の一つだと思うが、本当に素晴らしい。先日の東京春音楽祭でのイザイの無伴奏全曲の時ほどの激しさはなく、いくぶん抑制的だったが、深い思いがこもり、形而上学的と言ってよいほどだった。心をかき乱された!

 エル=バシャの弾いたラフマニノフ編曲のクライスラーもアッと驚くほど。クライスラーの曲をパラフレーズした難曲だが、なんとこれを暗譜で弾きこなす!知的で流麗。音の一つ一つが美しく、均整がとれている。

 そして、最後のエネスクのソナタも素晴らしかった。ルーマニアには行ったことはないが、まさに東欧の草原が見えてくるような演奏だった。情熱的なヴァイオリンと知的なピアノがしっかりと結びついて、説得力ある音楽を進めていく、満足。

 エッシェンバッハ&ベルリン・コンチェルトハウスのブラームス、ノット&東響の「エレクトラ」、そして戸田&エル=バシャのイザイ、エネスク。3日連続でこの上なく充実した音楽生活を送ることができた!

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ノット&東響の「エレクトラ」  あまりの名演にまだ興奮している!

 2023512日、川崎ミューザで、東京交響楽団特別演奏会、リヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」(演奏会形式)を聴いた。指揮はジョナサン・ノット。まだ興奮している。

 昨年、ノットと東響は驚異的な「サロメ」を聴かせてくれたが、それにまったく引けを取らない、もしかしたらそれ以上の名演だと思う。本当に素晴らしかった。

 演出監修は昨年の「サロメ」に続いて、サー・トーマス・アレン。往年の名歌手。

 まず、谷口睦美、池田香織、金子美香、高橋絵里、田崎尚美、増田のり子といった日本を代表する名歌手たちが侍女らを歌っているのだから、そのレベルの高さがわかる。男性陣も、山下浩司、伊藤達人、鹿野由之といった超一流の人たち。みんなが見事な歌で歌う。

 そして、ノットの指揮する東響がこのオペラにふさわしい厚くて動き回る音を作り出す。緊張感にあふれ、ドラマティックで官能的で豊饒な音で狂気の残虐の生の世界を描き切る。まさに調性音楽の極限。

 そして、やはりエレクトラのクリスティーン・ガーキーとクリソテミスのシネイド・キャンベル=ウォレスがあまりに凄い。大音響で鳴り続けるオーケストラにまったく負けずに声が響き渡る。言葉をなくす凄さ。ガーキーは迫力のある声だが、官能性もある。様々な表情を歌う。キャンベル=ウォレスも強靭できれいな声。容姿も美しい。昨年のサロメを歌ったグリゴリアンもすごかったが、二人とも負けていない。変化を拒否して殺意をたぎらせるエレクトラと変化を受け入れようとする温和なクリソテミス。その二人が浮き彫りになる。クリテムネストラを歌うのはなんと往年の名歌手ハンナ・シュヴァルツ。ただ、声がかすれていたのは残念。

 アレンの演出意図なのか、それともシュヴァルツのコンディションのせいなのか、クリテムネストラはかなりおとなしめで、昔々、私が最初に聴いたベーム指揮のレコードのような強烈な声で歌ってすさまじい笑い声をあげるようなクリテムネストラではない。

 オレストのジェームス・アトキンソンは若いながら威厳があり、エギストのフランク・ファン・アーケンもそれにふさわしい歌。すべての役が申し分ない。

 この緊迫感あふれるオペラの最初から最後まで、まったくダレることなく音楽を推進していったノットの力量に感服した。私は最初から最後まで興奮しっぱなし。何度も感動に身を震わせた。カーテンコールでは、スタンディング・オーベーションが起こった! 私ももちろん立ち上がって熱狂的に拍手した。

 私は高校生のころ、「ばらの騎士」「サロメ」「ナクソス島のアリアドネ」に感動し、その勢いで、当時日本盤が発売されていなかったこのオペラの外国盤レコードを購入した。だが、日本語の曲目解説もなく、ストーリーもろくにわからず、ただレコードの音だけを聴いて、そのものすごい音響にただただあっけにとられるばかりだった。ストーリーを知ったのは、それから数年たって、河出書房が出したホフマンスタール選集を読んでから(私は大学生になっていた)だった。私にとっては、「エレクトラ」はまさに思い出のオペラ。それをこれほどのレベルの演奏で聴けて、本当にうれしい。帰宅しても興奮が収まらない。

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「私は怒っている」番外編  自動音声に怒った!

 昨年9月、「私は怒っている」(バジリコ株式会社)という本を出した。売れ行きが芳しいとは聞いていないので、きっとご存じない方が多いだろう。そこには、私の日々の怒りを書いた。今回、また怒りを覚えることがあったので、番外編としてここに書く。

 

 430日のこと、まずショートメールで、私の利用しているクレジットカード会社から、「あなたのカードが不正使用されたようなので確認してくれ」といった内容の通知が来た。この種の怪しいショートメールはしばしば届くので、放置していた。ところが、少しして、ほぼ同じ内容のメールも届いた。しかも、こちらは私のハンドルネームが書かれている。え、もしかして、さっきのショートメールはほんものだった?

 あれこれ調べた。どうやら、メールは本物らしい。それに、しばらく前にHMVに音楽ソフトを注文していたのだが、そこからも「カードが決済できない」という連絡が来た。どうやら、本当に私のカードが使用停止になっているようだ。

 あわててカード会社からのメールに書かれていた指示に従って対応した。ショートメールの届く10分ほど前に私のカードで15000円弱の買い物がなされようとしていた。もちろん、私にそのような覚えはない。何らかの不正が感知されたようで、引き出されずにすんでいた。ともあれ、メールの質問に答えて、正式に私のカードをしばらく使用停止にした。

 この時点で、私が怒ったのは、①怪しいメールがたくさん来て、本物がまぎれてしまうこと、②私のカードを不正使用するけしからん輩がいること、③どうやら1、2週間、最もカードが有効なゴールデンウィークの時期にメインに使っているカードが停止になっている、という3点だった。不正使用に気づいてくれて、停止してくれたカード会社にはともあれ感謝した。

 

 連休を終えた。その間にカードを使いたかったが、我慢した。

 連休明け、新しいカードはまだ届かない。今、カードはどうなっているのだろう、新しいカードが来たら、登録しなおす必要があるのだろうか、いや、そもそも本物の通知だと思って手続したが、本当にそうしてよかったのか。まさか大掛かりな詐欺だったのではあるまいが。心配になってカードに記載されている番号に電話をしてみた。

 話が入り組んでいるので、きちんと担当者と話をしたい。話をして、できれば親身になって私のカードの状況を調べてほしい。ところが、電話は自動音声で4つか5つか6つくらいからの選択になっている。該当のところを選択していくと、「オペレーターとは話ができない。ネットで見てくれ」というような音声が流れる。仕方がないので、ネットの相談コーナーを探してみた。これも選択になっているが、私に該当する項目は見つからない。自由書き込みのような欄があったので、そこに質問を書いたのだが、それはそのまま先方に届くのではないらしい。自動的に私の質問したいこととは異なる選択項目に導かれて、結局、答えにたどり着かない。

 ネットでは埒が明かないので再び電話。あれこれしているうちに、「2番を押すと、後ほどこちらから電話いたします」という声が聞こえたので、そこに申し込んだ。14時から16時の間に電話をくれるという自動音声が流れた。

 で、2時間ほど待って1430分ころに電話がかかってきた。そのカード会社からだった。やれやれこれで担当者と話ができる、と期待した。ところが、またまた自動音声が聞こえてきた。「〇〇のかたは1を押してください。それ以外の方は2を押してください」と言っているようだったが、最初の部分の音が途切れていてよく聞き取れなかった。もう一度聞きなおそうとした。ところが、自動音声は待ってくれない。正確な表現は忘れたが、「確認が取れませんでしたので、申し込みはキャンセルさせていただきます」と自動音声の女性の声が勝手に言って、電話は切れてしまった。

 慌てて、また同じ操作をして、もう一度、電話をもらおうとした。ところが、またまた自動音声。「お客様はすでに申し込まれています。重複してのお申し込みはご遠慮ください」というような内容(正確な表現は違っているかのしれない)の声。だったら、またかかってくるかなと思って待ったが、そのまま音沙汰なし。

 腹立たしかったが、しばらくたって、三度目の申し込みをしたら、早くても電話をもらえるのは明日の午前中ということになった。

 そして、三度目。今度はスマホにかかるように設定していた。時間通りにスマホに電話があったので操作したのだが、なぜかすぐに切れてしまった。そして、そのまままたも音沙汰なし。

 4回目の手続きをして、しばらくしてようやく電話が通じて、オペレーターと話ができた。そこでやって私のカードの状況などを知ることができたのだった。

 その後、新しいカードは届いた。これからいくつかの機関から引き落としができなかったという通知が来て面倒なことをしなければならないのかもしれないが、まあ一安心。

 しかし、私は自動音声に対して大いに怒りを覚えてている! いくつかの項目にまたがる質問をしたいから電話をかけている。それなのに、いくつかの項目を示して、そのどれかを選択しろと自動音声が迫る。どこまで行っても人間が出てくれず自動音声でたらいまわしにされる。自動音声は私の声を聴いてくれず、一方的に語るだけ。

 今回の件について、私にはまったく落ち度はない。私のクレジットカードが不正利用されたのも、もとはといえばカード会社の不備だろう。私はカード会社のせいでカードを使用停止にされ、私の財産の一部がどうにかなってしまうのではないかと不安に感じている。本来なら、カード会社の方で私に謝罪してくれるべきところだ。それなのに、自動音声でたらいまわしにされ、いつまでたっても人間と話ができない。何たることだ!

 いやいや、私はこのカード会社に対して怒っているわけではない。どの会社も同じようなシステムだろう。何もかも自動音声にしてしまい、利用者のなまの相談に乗ってくれない。以前、マッサージを予約しようとして電話をしたら、これまた自動音声だった。私としては、「もし…なら、…だけど、この場合はこうしたい」といった要望をしたかったのだが、それができずに切ってしまったことがあった。

 人手不足でこうなっているのだろう。これがデジタル化なのだろう。だが、これがデジタル社会だったら、こんなひどい社会はないではないか。まさに人間の悩みを理解できない社会、ニュアンスを無視する社会、人間をロボットにしてしまう社会。もたつく高齢者(たぶん私もその一人!)は置いてけぼりにされてしまう社会。

 無事にクレジットカードが使えるようになったからいいようなものの、私としては何とも腹が立つ。

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エッシェンバッハ&ベルリン・コンチェルトハウス ブラームスの4番に感動!

 2023511日、サントリーホールで、クリストフ・エッシェンバッハ指揮、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団のコンサートを聴いた。曲目は初めに「魔弾の射手」序曲、次に五島みどりが加わってシューマンのヴァイオリン協奏曲、後半にブラームスの交響曲第4番。コンサート・ミストレスは日下紗矢子さん。

「魔弾の射手」が始まったとき、おお!と声を上げそうになった。久しぶりにドイツのオーケストラを聴いて、その音の豊かさに改めてびっくり! ふだんは日本のオーケストラも素晴らしいと思って聴いているのだが、たまに欧米の有名オケを聴くと、ウーンやっぱりだいぶ差がある!と思ってしまう。何が違うのかよくわからないが、ともかく音の厚み、音の深み、音の雰囲気が違う。

 アンサンブルはあまりよくない気がする。何だか、ちょくちょく縦の線があっていないような。が、それでも要所要所でしっかりとつじつまが合って、ガツンと聴き手の心に感動を与える。音のうねりというか、深みというか、それが生き物のように近づいてくるのを感じる。すごい!

 エッシェンバッハの指揮もとてもいい。「魔弾の射手」は、ともかく深い音の饗宴としてとてもおもしろかった。テンポが良く、音楽が推進していく。

 シューマンの協奏曲は、私の苦手な曲。執拗な繰り返しを聴くと、頭がどうにかなりそうになるのだが、今日はそれほどでもなかった。苦手な曲なので聴く機会が少なくてよく知らないのだが、もしかしてしつこく繰り返さないヴァージョンでもあるのか。それとも、五島のヴァイオリン、あるいはエッシェンバッハの指揮のおかげで執拗さが緩和されているのか。むしろロマンティックな要素が強く、私もそんな不快には感じなかった。とはいえ、やはりこの曲にあまり魅力は感じない。ソリストのアンコールはバッハの無伴奏ソナタ第2番のフーガ。初めのうちはちょっと指がつかえそうな感じがあったが、途中からぐいぐいとバッハの世界に入っていった。

 後半の交響曲第4番は素晴らしい演奏だった。第1楽章の冒頭のメロディもニュアンス豊か。弦のうねりが本当に息をのむ素晴らしさ。私は何度感動に身を震わせたことか。クラリネットも深みがあって本当に美しい。フルートもいい。まったくスキがなく、緻密で構築的。しかし、微妙にテンポが動いているので、歌心にあふれていて、実にロマンティック。そして、抑制的でありながら、徐々に感情が高まって高揚していく。その高揚感もたまらない。第3楽章から第4楽章にかけても言葉をなくすすごさ。まさに感動の連続。

 アンコールはハンガリー舞曲の有名な2曲。ともにかなりハンガリー的にちょっと大げさに強弱をつけて演奏。それがまた実に楽しい。弦楽器の重なりの厚みと管楽器の美しさが入り混じって、適度な猥雑感が出て、おもしろい。

 満足!

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ラ・フォル・ジュルネ2023年3日目(5月6日)

 ラ・フォル・ジュルネ東京の2023年の最終日の感想を書く。

 

・アンヌ・ケフェレック (ピアノ) ホールC

ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第303132番。

 昨日の協奏曲第4番と同じような気品にあふれ、しかも強さを持った演奏。研ぎ澄まされているのだが、気品が溢れ出る。ベートーヴェンにしては、ちょっと繊細すぎる気がするが、もちろんこんな演奏も素晴らしい。

 ユーモアを交えて曲の紹介するトークが入った。こんなことを言うと罰当たりだが、次のコンサートが迫っている身からすると、トークに時間がかかってしまうと困ってしまう。案の定、31番が終わったところで、次のコンサートに間に合いそうもないので、退場した。残念! なお。途中退場したので、私の聴いたコンサートの数の記録にはこれは入れないことにする。

 

・堤剛 (チェロ)、ジャン=フレデリック・ヌーブルジェ (ピアノ) ホールD

「魔笛」の主題による7つの変奏曲とチェロ・ソナタ第3番。

 堤さんは確か80歳を超えておられると思う。昔ほどの切れはないのかもしれない。しかし、味のある素晴らしいチェロ! 味わい深く歌う。ヌーブルジェの知的でしっかりしたピアノも素晴らしい。深く心の奥にしみるベートーヴェン!

 

・ベートーヴェン:七重奏曲 変ホ長調 op.20 ホールC

 出演は吉田誠 (クラリネット)、水野信行 (ホルン)、モリス真登 (ファゴット)、オリヴィエ・シャルリエ (ヴァイオリン)、川本嘉子 (ヴィオラ)、マクシム・ケネソン (チェロ)、髙橋洋太 (コントラバス)

 シャルリエのヴァイオリンが全体を引っ張る。繊細で味わい深いヴァイオリン。その音で明るめの音楽を演奏するので、明るい中に深みが増す。くっきりして明快で、味わい深い。重い曲ではないが、ベートーヴェンらしい強さがあってとても面白い。演奏者たちは全員が見事。

 

・リオ・クオクマン指揮、神奈川フィルハーモニー管弦楽団 ホールA

 天羽明惠 (ソプラノ)によるシェーナとアリア「ああ、不実なる人よ」とアブデル・ラーマン・エル=バシャ (ピアノ)によるピアノ協奏曲第5番「皇帝」。

「ああ、不実なる人よ」は、実は小学生のころからの私の好きな曲の一つだ。カラヤン指揮、フィルハーモニア管弦楽団の交響曲第4番のレコードを買ったら、そのあとにシュヴァルツコップの歌うこの曲が入っていた。今でも、実演であっても第4番の交響曲を聴き終えると、頭の中でこの曲の冒頭が鳴る。

 天羽さんは表現力豊か。リオ・クオクマンも身振りの大きい音楽でしっかりと彩る。とても良い演奏だった。ただ、ソプラノ独唱を聴くには、このホールは大きすぎる。もう少し狭いホールで聴きたかった!

「皇帝」も素晴らしかった。エル=バシャのピアノはまさに理想。大げさなところは全くなく真正面から知的に音楽を作っていくが、そうであるがゆえに音楽に生命と力がみなぎっている。すごい! ただ、これももう少し狭いホールのほうが理想だ。

 

・オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、アンヌ・ケフェレック(ピアノ) ホールD7

 ヴァイオリン・ソナタ第1番・第5番。

 素晴らしい演奏だった。なんという深い味わい! 濃厚といってよいだろう。フランスの大家が二人で演奏すると、こんなに深い味わいになるのか! 香りにあふれている。大人の感情が渦巻き、大人の色気があり、深い人生がある。シャルリエのヴァイオリンは男の色気のある繊細な音色。その音で激しく勢いよく弾く。ケフェレックのピアノも香り立つ音で、これまた勢いよく生き生きと歌い上げる。生きる力にあふれているが、若々しくはない。やはり深い年齢を感じる。素晴らしい演奏。感動した。

 

・交響曲第九番 ホールA

リオ・クオクマン指揮、神奈川フィルハーモニー管弦楽団、東響コーラス、種谷典子 (ソプラノ)、鳥谷尚子 (アルト)、宮里直樹 (テノール)、河野鉄平 (バリトン)

 第1楽章はなかなかいいと思った。クオクマンは身振りの大きな指揮でメリハリをつけ、スケール大きく音楽を作っていく。だが、第2楽章、あまりに速く、楽器がついていけないところもあった。しばしば大混乱。第3楽章は少し落ち着いたが、天国的な雰囲気は出ないままだった。そして、第4楽章でまたものすごい速さ。独唱も合唱もあまりのスピードについていけなくて、なんだかやけっぱちで歌っているような印象を受けた。これでは歌いにくいだろうに。それはそれで祝詞的な雰囲気にはなったが、やはりこれほど混乱しては音楽にならない。クオクマンはとてもよい指揮者だと思うのだが、なぜこんな速いテンポにしたのだろう。納得できない。ともあれ、この曲で今年のラ・フォル・ジュルネ東京は終わった。

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ラ・フォル・ジュルネ2023年2日目(5月5日)

 ラ・フォル・ジュルネ東京2023年の二日目、5つのコンサートを聴いた。簡単な感想を記す。

 

・天羽明惠ソプラノ ホールD7

 ベートーヴェンの歌曲はふだんあまり演奏されない。これを機会に天羽さんの歌を聴けるのは嬉しい。私はずっと昔、二期会公演のアリアドネを聴いて以来の天羽さんのファンなので、とても楽しみにしていた。

 曲目は、「五月の歌」「思い出(WoO136)、「口づけ」「ミニヨン」「憧れ」「希望に寄す」「アデライーデ」など。

 まさに円熟の味。ピアノの村上寿昭もぴたりと寄り添っている。演奏もさることながら、軽妙でしかもためになる語りが入ってとても楽しい。調性の特徴についての話、それを示すベートーヴェンが20代の頃のピアノ曲「プレリュード」の演奏もおもしろかった。

  天羽さんの歌は、伝えたいものをたくさん持って、それを音楽に託しているのがとてもよくわかる。深い感情が歌詞に込められている。

 

・ベートーヴェン ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 op.97 「大公」 ホールC

 もはや若手というのは失礼かもしれない。現在の演奏家のトップを走る萩原麻未 (ピアノ)、神尾真由子 (ヴァイオリン)、横坂源 (チェロ)の演奏。

 とても繊細にそして優雅に始まった。女性的ともいえるような優雅さ。もっと壮大でスケールの大きな演奏を期待していたが、確かに大公というニックネームにとらわれなければ、こんな演奏も十分にあり得る。ピアノはしなやかで繊細。ヴァイオリンは時々激しい音を交えながら、ぴたりとつけていく。チェロは、知的にそれを支える。3人の息がぴったり合っている。第二楽章の親密な音の重なり合いは素晴らしかった。第4楽章では十分に盛り上がった。

 

・「ロマンス」第1番とピアノ協奏曲第4番 ホールA

 齋藤友香理の指揮による東京交響楽団。初めに毛利文香のヴァイオリンで、ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番。久しぶりにこの曲を聴いた。この若い二人の女性の演奏を私はこれまで聴いたことがなかったと思う。毛利は、丁寧に、そして細かいニュアンスをつけて、他愛なくなりがちなこの曲を見事に演奏。素晴らしいと思った。指揮の齋藤も的確に音楽を作っていると思った。

 アンヌ・ケフェレックのピアノが加わってのピアノ協奏曲第4番はもっと素晴らしかった。

 ケフェレックは75歳。見た目では、小柄でもあって弱々しい感じがする。電車に乗っていたら、席を譲りたくなるほど(とはいえ、私とそんなに年齢は変わらないが!)。だが、ピアノから出てくる音は全く高齢を感じさせない。気品にあふれ、ニュアンス豊かで生き生きとしており、しかも時に強靭。一つ一つの音にかぐわしさがあり、しかも流麗で凛としている。これはこの人にしか出せない音ではないかと思った。まさにラ・フォル・ジュルネの女王!

 第1楽章のカデンツァは聞く者の心をひきつけ、第2楽章の抒情も凛としており、涙が出てきた。第3楽章も喜悦にあふれている。すごいピアニストだと思った。指揮の齋藤もしっかりとサポートしてソリストの味わいを豊かなものにしていた。

 

 

・トリオ・アーノルド 弦楽三重奏曲全曲演奏第2回 ホールD7

 昨日の第1回に続いて、2回目。曲目は弦楽三重奏曲第1番と第4番。第1番はディヴェルティメント風の軽い音楽。だが、初々しいメロディにあふれてとてもいい。ただ繰り返しが多くて、いつまでも終わりにならないので、ちょっと退屈した。が、なかなか楽しい曲。そして、トリオ・アーノルドの演奏がとてもいい。ヴァイオリンの音がくっきりとして、アンサンブルも美しい。切れがいいが、シャープ過ぎない。音に輝きがあるので。潤いのようなものも感じる。

 第4番はハ短調の曲。これはまさに名曲。私はCDで何度か聴いてとても惹かれていたが、今回の演奏は期待以上だった。ハ短調のベートーヴェン曲にふさわしく、激しく切り込み、運命的な響きを作り出す。ぐいぐいと聞く者の心に入り込んでくる。推進力が素晴らしく、三人の音が見事に重なり合う。感動した。

 

・毛利文香 (ヴァイオリン)津田裕也 (ピアノ)ヴァイオリン・ソナタ第8番、第6番 ホールD7

 私は今日はじめて毛利さんのヴァイオリンを聴いて「ロマンス」に感銘を受けたので、大いに期待していたが、期待通り。思い切りのよいヴァイオリンだと思う。ズバッと音が出てくる。率直に音楽を進めていく。だが、そこにしっかりとニュアンスがあるので、音楽が素直に進んでいく。勢いがあり、生命力がある。まったく音楽が停滞しない。津田のピアノもニュアンス豊かで素晴らしい。毛利さんのヴァイオリンの率直な音をニュアンス豊かに支えている。二人の音楽がぴたりと合っている。素晴らしい演奏だった。アンコールは、クライスラーのベートーヴェンの主題によるロンディーノ。これもよかった。

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ラ・フォル・ジュルネ2023 初日(5月4日)感想

 2023年のラ・フォル・ジュルネ東京が始まった。4年ぶりの開催。私は2005年の初回開催時、たまたま拙著がベストセラーになっており、クラシック音楽初心者向けの本も書いたという経緯があってアンバサダーの一人に任命されて、このイベントを日本に定着させるためのあれこれ活動に参加した。ラ・フォル・ジュルネ関連の書物も何冊か書いた。そのためもあって、ラ・フォル・ジュルネ発祥の地であるナントを二度訪れ、東京だけでなく、ラ・フォル・ジュルネが開かれている金沢、びわ湖、鳥栖にも出向いて、これまで有料講演だけで508のコンサートを聴いてきた。

 新型コロナウイルスで中止された3年間は実に残念だった。そして、久しぶりの開催。しかも、初回と同じで、私の大好きなベートーヴェンが特集!

 ただ、今年は、様々な事情があって、あまりたくさんのコンサートを聴くことができない。今日5月4日は2つの公演だけを聴いた。簡単に感想を書く。

 

・トリオ・アーノルドによるベートーヴェンの弦楽三重奏曲全曲演奏の第1回。ホール・D7

 トリオ・アーノルドは2018年に結成された若手演奏家(たぶん、日本とフランスと韓国を出自とする3人の男性)によるグループ。曲目は、弦楽三重奏曲第2番、弦楽三重奏のためのセレナーデ ニ長調 op.8、弦楽三重奏曲第3番。

 明快でくっきりしたとてもよい演奏。ベートーヴェン初期のモーツァルトやハイドンを思わせるような曲想をみごとに浮かび上がらせている。ういういしくてしなやか。ベートーヴェンらしいスケールの大きさはない。だが、なんと美しい旋律。ベートーヴェンにこんなにチャーミングで初々しい一面があったことに改めて驚く。

 ベートーヴェンの弦楽三重奏曲はめったに演奏されない。弦楽四重奏曲を作曲する前の若いころに作曲しただけなので、やむを得ないが、それにしても、これらの若いころの魅力あふれる曲が知られないのは惜しい。トリオ・アーノルドはそれを見事に聴かせてくれた。

 

 

・ベートーヴェン 三重協奏曲など Aホール

 初めに、谷口知聡のピアノ、松本宗利音の指揮による東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏で、ベートーヴェンのピアノと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 WoO6(ピアノ協奏曲第2番の第3楽章として構想されたもの)、そのあと、ピアノ・ヴァイオリン・チェロのための三重協奏曲。

 ロンドについては、すっきりまとまっていたとはいえ、何事もなくあっさりと終ってしまったという印象だった。ピアノについてもオーケストラについても同じように思った。もう少し自己主張してほしいと思った。

 三重協奏曲についても同じような印象を持った。この曲については、私はずっと「駄作」だと思っていたのだが、2011年の鳥栖のラ・フォル・ジュルネで、ミシェル・ダルベルト、テディ・パパヴラミ、タチアナ・ヴァシリエヴァがソリストを務め、ゲオルグ・チチナゼがシンフォニア・ヴァルソヴィアを指揮をした演奏を聴いて驚嘆。なかなかの名曲だと思ったのだった。今回は、辻彩奈 (ヴァイオリン)、伊東裕 (チェロ)、レミ・ジュニエ (ピアノ)という若いソリストたち。指揮も松本宗利音も30歳になるかならないかの若さ。鳥栖で聴いた以上の名演を期待したのだった。

 しかし、「やはりこの曲は駄作かも」と思えるような演奏だった。ソリストたちはとても良かった。辻も伊藤もジュリエもクリアで切れのある音。だが、まとまりがない。オーケストラの音はあまりに無表情。平板で盛り上がらず、弛緩ぎみ。指揮の松本はきっとものすごい才能の持ち主なのだと思うが、オケのメンバーだけでなく、ソリストたちをコントロールしていくのは荷が重すぎたのではないかと思った。結局、みんながばらばらに演奏し、指揮者はそれをまとめきれずに中途半端で終わった感じ。結局、盛り上がらず、何を言いたいのかわからずだった。この曲は、そのような意味で演奏の難しい曲なのだと改めて痛感。

 

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オペラ映像「ラクメ」「ボリス・ゴドノフ」「リゴレット」

 2023年も5月に入った。すでにゴールデンウイークに突入している。明後日からは、4年ぶりのラ・フォル・ジュルネが始まる。今年はベートーヴェン特集。規模が縮小されているが、楽しみな演目も多い。

 数本オペラ映像をみたので、簡単に感想を書く。

 

ドリーブ 「ラクメ」 202210月4,6日 パリ、オペラ・コミック 

 NHKBSプレミアムでみた。「ラクメ」を放送してくれるのはありがたいことだが、いったいどうしてこんな珍しいオペラをやってくれるんだろうと思ってみたのだった。しかし、ラクメを歌うサビーヌ・ドゥヴィエルの声を聴いてすぐに納得した。このレベルの上演だったら、モーツァルトにもワーグナーにもシュトラウスにも負けない。圧倒的な感銘度だと思う。

 何はともあれ、ドゥヴィエルの声の美しさに圧倒される。コロラトゥーラ・ソプラノの声というと、古いところでは、リタ・シュトライヒやジョーン・サザーランドの録音、グルベローヴァやデセイの実演に私は心を奪われてきたが、それとは一味違う声質だと思う。透明で純粋。この世のものとも思えない美しさ。しかも完璧に声がコントロールされている。ヒンドゥー教の神の子とみなされているこの役にまさにぴったりといえるだろう。

 ラクメの父親ニラカンタを歌うステファヌ・ドゥグーもそれに劣らぬ凄さ。迫力ある美声だが、完璧にコントロールされている。ラクメに恋をするジェラルドのフレデリック・アントゥンもとてもいい。

 ラファエル・ピションの指揮(調べてみたら、私はナントの2011年のラ・フォル・ジュルネでこの人の演奏を感動して聴いたことがあるようだ)もとても情感にあふれていていい。

 演出はロラン・ペリー。この人らしいとてもセンスのいい演出だと思う。登場人物がリズミカルに動き、軽やかに舞台が進む。だが、いつもの軽妙さ、コミックさではなく、不思議な神秘性が含まれている。時代は現代に移されているが、新解釈はないと思うし、もちろん読み替えもないと思う。それでも、とても新鮮。演出はこうであってほしい。

 ただ、ピエール・ロティ原作のインドを舞台にした物語なのに、インド人たちがみんなむしろ白を基調としていることに違和感を覚えずにはいられない。黒塗りが差別の当たると考えてこのようになっているのではないか。ラクメはたぶん白髪に近い金髪で顔も実際のドゥヴィエル以上に白く化粧されていると思う。ペリーは黒塗りにできないのを逆手にとって、神秘性を強調するためにあえてそうしたのだと思うが、やはりこの物語には、「イギリスという先進国の士官と、旧弊な宗教を守る野蛮な有色のインド人の対立」という前提がある。インド人性を排除するということは、そのような根底にあるものを見ぬふりをすることだと思う。もちろん、これはペリーの責任ではないが、疑問を覚えてしまう。

 それにしても、「ラクメ」はなかなかの傑作だと思う。私に言わせれば、これは「カルメン」以上の傑作だと思う(逆に言うと、私は「カルメン」をそんな傑作だと思わない!)。美しい歌にあふれているし、薄っぺらなエキゾチズムだとはいえ、ストーリーも魅力的。もっと上演してほしい。いや、それ以上にドゥヴィエルをナマで聴きたいものだ。

 

ムソルグスキー 「ボリス・ゴドノフ」202212月7日 ミラノ・スカラ座(NHKプレミアムで放送)

 これも、NHKプレミアムで放送されたもの。指揮はリッカルド・シャイー、演出はカスパー・ホルテン。

 とても良い上演だと思う。シャイーの指揮は研ぎ澄まされてドラマティック。繊細でメリハリがあり、知的なアプローチ。ぐいぐいとドラマを推進してゆく。演出については、登場人物は現代の服を着ており、このドラマが現代に通じることを明確にしている。殺された皇子の亡霊がずっと舞台上に現れ、ボリスの子どもたちの幻想の亡霊も登場する。最後、ボリスは刺殺される。陳腐で見え見えの演出に思える。

 歌手陣はそろっている。とりわけボリス・ゴドノフを歌うイルダール・アブドラザコフの声の威力と歌の演技力に圧倒される。この歌手については、何度か映像でみて、そのすごさは知っていたが、それにしても余裕のある声で苦悩のボリスを掘り深く歌って素晴らしい。

 ただ、このような演奏と演出では、このオペラの魅力である、得体のしれない巨大さがなくなる。ドストエフスキーやゴンチャロフやブルガーコフにもつながるような不気味さが薄れてしまう。ソルグスキーの不器用さもこのような雰囲気を作り出しているのだが、この上演では、全体的にスマートで、まったく不器用な雰囲気がない。こじんまりとしてしまう。きっとシャイーは意図的に従来の演奏を嫌い、彼らしい現代的で知的な演奏をしたのだろうが、やはり私としては物足りなく思ってしまう。

 

ヴェルディ 「リゴレット」 197711月 メトロポリタン歌劇場

 伝説の名演ということになるだろう。以前からのこのDVDが存在することはよく知っていたが、格安で売られていたので、購入。「リゴレット」は数本のソフトを見ているが、これは初めて。確かに素晴らしい。

 やはり圧倒的なのは、マントヴァ公爵を歌うプラシド・ドミンゴ。声の威力もすさまじいが、演技も見事。声だけではパヴァロッティの美声にはほんの少し負けるかもしれないが、外見も含めると、やはりドミンゴがこの役に最もふさわしいと思う。リゴレットのコーネル・マックニールという歌手には私はあまりなじみがないのだが、なかなかの歌唱だと思う。ちょっとコントロールしきれていない個所を感じるが、全体的にはこの役を見事に演じている。そして、ジルダのイレアナ・コトルバスもとてもいい。この人が歌うと、しとやかで健気でおとなしいジルダになるが、確かにその方がこの役にふさわしい。

 そのほか、さすがメトロポリタンというべきか、外見的にもこの役にふさわしい歌手ばかりで、映像としても楽しめる。

 指揮は、若き日のジェイムズ・レヴァイン。思い切りがよくて、ドラマティックで、これも素晴らしい。演出はジョン・デクスター。かつてのスタンダードだと思う。違和感はない。

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