追善・一柳慧 山本幡男の句に基づく高橋悠治作曲「黒い河」はやはりよかった
2023年5月19日、銕仙会能楽研修所で「青山実験工房 追善・一柳慧」を聴いた。私の目当ては、恩師・山本顕一先生のご尊父・山本幡男(しばらく前から「ラーゲリより愛を込めて」の主人公として話題になっているシベリアに抑留され、見事な遺書を残した文化人)の俳句8編に高橋悠治が作曲した「黒い河」。現代曲には私はあまりなじんでいないが、もちろん一柳の曲は何度か聴いたことがあるし、映画音楽はずいぶんと聴いた。高橋悠治、高橋アキも50年前から何度か聴いている。これを機会に久しぶりに「現代曲」を聴いてみようと思った。
銕仙会能楽研修所を訪れるのは初めて。話には聞いていたが、ほんとうに椅子がない! 能舞台があり。少しだけ段になった座布団があるだけの桟敷席。腰痛、肩こりに悩む私としては、背もたれのない状態で長時間過ごすのは、かなりつらかった。21時10分終了予定となっていたが、この盛りだくさんのプログラムではもっとかかるのではないかと思っていたが、案の定、終演は21時40分を過ぎていた。
曲目は、前半にバーバラ・モンク=フェルドマン作曲「A Moment, Pines Rustle」(能舞台のための作品、世界初演)。40分ほどかかる大作。清水寛二(能舞)、高橋アキ(ピアノ)、西村高夫(能舞)。能初心者(昔々、一度だけ観て、正直言って、ちんぷんかんぷんで退屈してしまった!)の私には、いったい何が起こっているのかわからず、ただ呆気に取られていた。能の舞はきっと素晴らしいのだと思うが、私にはやはり理解が難しい。周囲にいるのは理解できる人たちだったのだろうか。予習しておく必要があった! ただ音楽はおもしろかった。
後半には、高橋悠治と清水寛二のトークの後、森円花作曲「神話 独奏ヴァイオリンのために」(無伴奏のとてもおもしろい曲だった。甲斐史子のヴァイオリンも見事)、一柳慧作曲「イン・メモリー・オヴ・ジョン・ケージ」(高橋悠治のピアノは相変わらず、開放感にあふれており、洒脱にして鋭い)、ジョン・ケージ「ノクターン ヴァイオリンとピアノのための」(高橋アキのピアノは芯が強くて鋭い。甲斐のヴァイオリンもとてもピアノとあっている!)、一柳慧作曲「月の変容 笙とヴァイオリンのための」(笙とヴァイオリンの音は実は似ていることに初めて気づいた。二つの音が和すのではなく、すれ違う、とでもいうか。不思議な音楽体験だった。笙は石川高、ヴァイオリンは甲斐史子)。
そして、いよいよ、高橋悠治作曲「黒い河」。一昨年だったか、工藤あかねのソプラノ、高橋悠治のピアノで聴いたことがあったが、そのときも魅力的だと思ったが、改めて聴いて、やはりとても感動的な曲だと思う。波多野睦美(どうやら、私の卒業した大分県の高校、大分上野丘高校の後輩らしい)は清澄で明快で知的な声でこの俳句の透明さに迫っている。5・7・5の言葉を時に繰り返すなどしてリズムを作る高橋の作風もおもしろい。やはり私は最後の「ちいさきをば子供と思う軒氷柱」の句にジーンとくる。
ただ、この曲が、今話題の「ラーゲリより愛を込めて」の主人公の句に基づくものであり、これがシベリア抑留の際の句であることを何らかの形で観客に知らせるべきだったと思う。そのようなことなしに聴くと、十分に理解できないのではないかと思った。高橋さんのトークの間に、このことに少し触れてほしかったと思うのだが(私が山本幡男に思い入れがあるせいかもしれないけれど)。
その後、高橋悠治作曲「夢跡一紙(世阿弥による)」(世界初演だという。波多野睦美の歌、清水寛二の朗読、高橋悠治のピアノが入り混じっておもしろかったが、はてさてどう考えればよいか。これも予習していないためによく理解できなかった。残念!)、一柳慧作曲「アプローチ」(図形楽譜だという。高橋アキの語り、ほかの方々の音や声、仕草が加わり、パフォーマンス劇とでもいうもの。高橋悠治の仕草が特におもしろくて笑えたが、それにどのような意図があるのかはわからなかった)。
久しぶりに現代芸術に触れたのだったが、たまに聴くのはおもしろくて刺激的だが、やはり私のような保守的な古典主義者には理解できないなと思ったのだった。
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