オペラ映像を2本みた。簡単に感想を記す。
リヒャルト・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」2022年6月27-29日 フィレンツェ、ペルゴラ劇場
大好きなオペラなので期待してみたのだが、あまりおもしろくなかった。ダニエーレ・ガッティ指揮のフィレンツェ五月祭管弦楽団がかなりちぐはぐ。びしりと決まらない。リハーサル不足だろうか。ガッティの指揮も、なんだかもたもたしている。かなりローテンポでしっとり歌おうとするのだが、そのため音楽に推進力が生まれない。プロローグとオペラの音楽的な差もあまり感じず、かなり平板に感じた。
歌手陣も、大物たちが出演している割にぱっとしないのを感じた。作曲家のソフィー・コッシュもアリアドネのクラッシミラ・ストヤノヴァも、名歌手なのに、妙に重い。指揮者の指示なのだろうか。
とりわけ問題を感じたのは、ツェルビネッタのジェシカ・プラット。好きな歌手のひとりなのだが、どうもツェルビネッタらしくない。プラットが大柄だということもあるし、歌ももったりしている。
マティアス・ハルトマンの演出は、ナクソス島を南のリゾート島に見立てたもので、派手な装飾、派手に衣装の人々が出入りする。テーマである「孤独」、「動きと停滞の対比」がまったく消えてしまっている。なぜ、リゾート地にしたのか、私は理解に苦しむ。
ロッシーニ 「イタリアのトルコ人」2016年8月 ペーザロ、ロッシーニ劇場
2016年の収録だが、発売になったばかり。素晴らしい。このオペラは、バルトーリの歌う映像をみたことがあったが、今回の映像ははるかにそれをしのぐ。
歌手陣はみんなが最高レベル。まずフィオリッラを歌うオルガ・ペレチャツコが本当に見事な歌。高音の美しさはもちろん、色気があって、しかも清潔な歌いまわしもとてもいい。バルトーリほどの躍動感はないが、この役はこのくらいしっとりしている方がいい。まさに浮気っぽくて色気のある女性。容姿の面でも、これ以上は考えられない。
セリム役のアーウィン・シュロットもさすがの勢いのある歌。ジェローニオのニコラ・アライモもシュロットに負けないほどの声量で、しかもこの人の芸達者ぶりはさすがとしか言いようがない。シュロットとアライモの二重唱はあっと驚くほどに楽しい。ナルチーゾのルネ・バルベラも張りのあるテノール。詩人プロスドチモを歌うピエトロ・スパニョーリもほかの名歌手たちにまったく負けていない。ザイダのセシリア・モリナーリも深みのあるアルトでとてもいい。これまた容姿的にも満足。
フィラルモニカ・ジョアキーノ・ロッシーニを指揮するのは、スペランツァ・スカプッチという女性指揮者。躍動感にあふれており、一瞬のゆるみもなく、溌剌とした音楽を作り出す。これもとてもいい。ずっと同じように躍動感があるのだが、私が指揮者だったら、ちょっと躍動感のない部分を入れたりして雰囲気を変えると思うのだが、この人はずっと同じように突っ走る。これはこれで一つの考え方だろう。
演出はダヴィデ・リヴェルモレ。たぶん、これは映画監督のフェデリコ・フェリーニへのオマージュだろう。オペラが始まる前に、映画のオーディションのような情景が舞台上で展開する。そして、バスローブっぽい恰好で帽子をかぶって構想を練る詩人が現れ、詩人の創作なのか、それとも目の前で繰り広げられる現実なのか曖昧なストーリーが展開する。バスローブっぽい恰好で帽子をかぶって構想を練る、というのは、フェリーニの名画「8 1/2」で映画監督(フェリーニ自身をモデルにしている)を演じたマルチェロ・マストロヤンニの格好を思い出させる。この映画はまさに、このオペラと同じように、狂言回しのような映画監督の頭の中の構想と目の前の現実が入り混じって起こる情景を描いたものだった。
しかも、フェリーニの映画にしばしば登場したサーカスの人々や野性的な大柄な女性が現れる。最後は、「8 1/2」と同じようなどんちゃん騒ぎ。
演出家は、このオペラの構造が、フェリーニの名画「8 1/2」と似ていることに着目して、フェリーニ仕立てにしたのだろう。そして、確かにこうすることによって、ストーリーの不自然さを緩和でき、観客をフェリーニの映画を見ているようなうきうきした気分にできる。
ただ、私はフェリーニの映画を感動してみた人間であり、その世代の人間なので、演出意図に気づくが、イタリアでもみんなが気付くわけではなかろう。少なくとも日本人でそれに気づくのは一部の人だろうと思う。
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