« 2023年6月 | トップページ | 2023年8月 »

映画「サントメール ある被告」 見えない差別がアイデンティティを崩壊させる!

 フランス映画「サントメール ある被告」を見た。セネガル系フランス人アリス・ディオップの監督作品。素晴らしかった。大いに感動した。

 実話に基づくらしい。あるセネガル系の女子学生ロランスはずっと年上の白人男性と恋に落ちて子どもを産むが、生後15か月ほどで殺害する。その裁判を、同じように年の差のある白人との間の子どもをはらんでいる新進作家のアフリカ系女性ラマが傍聴する。その様子を克明に描く。サントメールというのは裁判の行われた土地の名前らしい。セリフの多くは裁判記録に基づくという。

 白人世界の中では、アフリカ系女性は激しい差別に出会う。完璧なフランス語を話し、大学でヴィトゲンシュタインを研究したいと意欲を燃やしても、白人教授はそれを真摯な学究意欲と思わず、歪んだ欲望やウソの欲求だとみなす。アフリカ女性が子どもを産んでも、黒人の血を引く子供を白人は恥に思う。白人たちは、自分たちでは善意と思いながらも見えない差別を繰り返す。では、ロランス自身は親たちと同じようにアフリカ人としてのアイデンティティを持っているかというと、まったくそうではなく、西洋の精神を持ち、親たちと距離を持っている。そして、親たちも差別の中で自分たちのアイデンティティを保てずにいる。そのような引き裂かれた状況が裁判の中で明らかになる。

 その中で、女性裁判長は真摯に真実を求め、女性弁護士はロランスの心を受け止めようとする。傍聴するラマは、白人のあまりの無理解のために、自分も子供を産むのをためらい苦しむ。だが、おぼろげながらロランスの苦しみが弁護士の言葉によって明らかになり、傍聴席にも伝わったとき、ラマも子供を産む決意をする。

 私はかつてはフランス文学の研究者を目指していた。だが、熱心な研究者ではなかった。「日本人がフランス人に混じってプルーストを研究して何の意味があるんだ。日本人がフランス人のマネをするなんて滑稽ではないか」と強く感じ、熱心に学ぶ気持ちになれなかった。日本人はアフリカ系の人ほどの差別は受けなかったと思うが、根底には、それと同じようなものをこの映画のテーマに感じた。もちろん、フランスの移民たちは、不勉強な私などよりももっとずっとのっぴきならない、文化的ねじれの中にいる。西洋の学問や文化に関心を持ったアフリカ系の人間のアイデンティティはどうあるべきか。ヨーロッパ文化の中で生きる人間は子供をどう育てればいいのか。

 映画の冒頭、アフリカ系のラマはマルグリット・デュラスのシナリオ「ヒロシマ・モナムール」(「二十四時間の情事」というあまりに愚かしい日本語題名がついている!)を題材に、ドイツ兵と情を交わした女性への集団的リンチの状況をリセ?の授業で生徒に説明する場面がある。アフリカ系の教員が、西洋文化を講義するなど現在ではありふれた情景だろうし、あるべき姿でもあるだろう。しかし、語る主体の問題意識として考えた場合、それほど簡単には割り切れない問題をはらむ。おそらく、これはヨーロッパの移民の多くが心の奥に抱える問題だろう。

 子殺しについてラマが検索している中で、パゾリーニの映画「王女メディア」の、メディアを演じたマリア・カラスが子殺しを決意する場面が映し出される。この映画は、すべての映画の中で私が最も愛する映画だ。メディアも、低い文化の地コルキスで育ったメディアが、先進の地であるコリントスで差別されて、アイデンティティを失い、その復習として子殺しを決意するという背景を持っている。

 このようなことは、これから先、世界中で起こってくるだろう。移民社会における文化的アイデンティティというのはきわめて重要な問題だと思う。

| | コメント (0)

前田妃奈のヴィエニアフスキ 若々しく健康な気品

 2023727日、紀尾井ホールで前田妃奈 ヴィエニアフスキ 国際ヴァイオリンコンクール 優勝記念リサイタルを聴いた。ピアノ伴奏はグレッグ・スクロビンスキ。コロナに感染してしばらく外出自粛していたので、久しぶりのコンサート。病院からも問題なしと言われて出かけた。ただ、久しぶりの外出なので、猛暑のせいもあって、四谷駅から歩いて会場に到着したときにはへたり込みそうそうなほどに疲れた!

 曲目は前半にモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第21番とリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ変ホ長調、後半にバッハのシャコンヌ、マスネーの「タイスの瞑想曲」、ヴィエニアフスキのグノーの「ファウスト」の主題による華麗なる幻想曲Op.20

 前田のヴァイオリンは透明で清潔な音色でとてもキレがよい。リズム感があり、とりわけ高音が美しい。ただ若いせいか、「まだ勉強中」というような謙虚さが表に出ているのを感じる。グレッグ・スクロビンスキは完成されたピアニストだと思う。表現の幅が大きく、音の粒立ちが美しい。

 モーツァルトは素晴らしく抒情的なのだが、もっと強調してほしい。シュトラウスは、もっと官能的かもっと豪華絢爛かもっと健康的か、この曲のどの面を強調するのかを聴かせてほしいが、それが中途半端。バッハもマスネーもとてもいいのだけど、これまで私の聴いてきた超一流の演奏家に比べるとあと少しのアクの強さを感じない。

 と思って聴き進めていたが、ヴィエニアフスキの曲はとても良かった。「内容」よりも技術を存分に聴かせるタイプの曲なので、思い切り演奏できるのかもしれない。のびのびとして音が美しくてキレがよくて、テクニックが冴えてほんとうに見事。テクニックを前面に出すのでなく、美しい音で清楚に若々しく演奏するので、清潔な品格が漂う。

 アンコールはヴィエニアフスキの「2つのマズルカ」作品19より「オベルタス」とのこと。これも素晴らしかった。

 病み上がりだったが、だいぶ元気が出てきた。

| | コメント (0)

やっとコロナから回復!

 今月(2023年7月)のはじめに都内の仮住まいに引っ越し、その直後に九州、関西に所要があって出かけていたため、疲れが出たのかもしれない。18日から喉の痛みを感じ、熱を感じていたが、19日に熱が上がって、夜についに39.5度になった。あわてて夜間診療の病院で診てもらって新型コロナウイルスに感染していることが判明。友人、知人がコロナに次々と感染していることは知っていたが、ついに私にもそれがやってきた! それからしばらく自宅マンションに閉じこもっていた。当然のことながら、予定していたコンサートにも行けなかった。

 病院で診てもらう前、念のために以前ネットで購入した抗原検査キットで陰性だったし、もちろん以前よく言われた「三密」にもなっていないので、きっと風邪かインフルエンザだろうと思っていたのだが、なんとコロナ。ネット購入のキットはあてにならない!

 とはいえ、もちろんワクチンは6回摂取している。重症化の恐れはあまりなさそう。お医者さんもそれほど心配している様子はなく、とくに感染者の私に対して警戒している様子もなく、薬を処方してくれた。

 初日は39.5度の熱に苦しみ、翌日は39度前後になり、3日目には38度前後になり、4日目に37度前半になって、今ではほぼ平熱に戻った。のどの痛みもほとんど消えた。食べ物を口に入れても以前と同じ味を感じるので、味覚障害もなさそう。ただ、昨日まではエアコンの設定を28度にしていると寒くて仕方がなく、29度でも時に寒さを感じていたが、今はこれも正常に戻った気がする。

 コロナ判明前に、家族や友人にも会ったので感染させてしまったのではないかと心配して、あれこれ連絡を取ったが、今のところ誰にも感染させていない模様。ともあれよかった。その関係もあって、家族、友人とも連絡を取り合ったが、会うことはできないとはいえ大きな支えになった。

 幸か不幸か現在、独り暮らしなので、家庭内感染の心配はしなくて済む。食料の買い置きもあるので食べ物についてはしのぐことができた。39度を超してはいても、それなりには活動できたので、通常通りに飲み食いはしていた。3日目からは本を読んだり、テレビを見たりもしていた。ただし、そのころには、まだ音楽は聴けず(音楽を聴くのもエネルギーが必要!)、読む本は読みやすいミステリーばかり(このところ、東野圭吾を読み続けている。50冊くらい読んだと思う。今更ながら、この人、大天才!)。きのうからやっとモーツァルトを聴き(ただし、仮住まいなので実に貧弱な音で我慢している!)、読みなおそうとして置いていたドストエフスキーを読んでいる。

 私の計算によれば、発症日をゼロとして、昨日が5日目。本日から外出自粛期間を終えて、晴れて外に出られる。念のため、昼過ぎまで自宅で過ごし、その後、しっかりマスクをして外に出ようと思っている。できるだけ人には接触せずに過ごすが、ともあれ外に出られるのはうれしい。買い物もしたい。

 教訓1,今では、三密などとは関係なく、誰でもコロナに感染する! 教訓2、ワクチンを6回摂取していれば、ほとんどの人はそれほど重症化しない。 教訓3、ネット販売の抗原検査キットはあてにならない。 教訓4,今では多くの人が無防備になっているが、新型コロナウイルスは間違いなく大流行している。

| | コメント (2)

辻彩奈リサイタル よくも悪くも人間的演奏

 2023715日、リリア音楽ホールで辻彩奈のヴァイオリン・リサイタルを聞いた。ピアノ伴奏は佐藤卓史。曲目は前半にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10 とブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1 、後半にプロコフィエフのバイオリン、ソナタ第2番。

 よくも悪くも辻さんは大人になったなぁと言う印象を抱いた。辻さん自身が最初の曲の後にお話しした通り、ベートーベンのソナタ第10番をクロイツェルのような壮大でダイナミックなベートーヴェン作品とは異なる、達観した境地の曲として演奏しているようだ。もちろん、それはそれで、肩の力が抜け、のびのびとして温かい人間性を感じさせるもので、見事ではある。ただ、後期のベートーヴェンの弦楽四重奏曲やピアノソナタのような、突き抜けた境地は感じることができなかった。むしろ、極めて成熟した人間の心を描いているとでも言うか。しかし、私は成熟した人間ではなく、もっと通常の人間から離れた境地を聴きたかった。

  ブラームスの曲についても同じように感じた。こちらの曲は若い情熱がほとばしり出る。ブラームスらしい抑制した情熱。徐々に盛り上がっていく。ただこれも、佐藤のピアノ伴奏によるのかもしれないが、とても繊細で柔和。均整が取れていて、とても説得力があるが、もう少し規格をはみ出しても良いのではないか。

 プロコフィエフについてもいっそう強く感じた。プロコフィエフのこの曲は、いってみれば、グロテスクな曲芸のようなものだと私は思っている。超絶技巧とこけおどしの起伏の大きなメロディー。それが次々と展開されていく。ところが辻と佐藤の演奏は、そのような曲芸的なものではなく、とても人間的。プロコフィエフのグロテスクさはなく、真摯に心の動きを描くような音楽になっている。もちろん、それはそれで見事なのだが、私としては物足りなさを感じる。

 アンコールは、プロコフィエフのろ「3つのオレンジへの恋」の行進曲、これも見事な演奏だが、やはり、これは本来グロテスクでブラックユーモアに溢れた曲だと思う。そのような要素が薄れて、真面目な曲になっている。

 数年前までの辻さんの演奏は、もう少し思い切りが良く、規格を外れるところがあったように思う。現在、成長の過程にあるのだと思うが、また突き抜けた演奏を聴きたいと思った

| | コメント (0)

大雨警報の中の九州行

 2023年7月10日から13日まで、大雨が警戒される中の九州を巡った。

 これまでにもこのブログに何度か書いた記憶があるが、大分市の岩田高校で私が塾長を務める白藍塾が小論文サポートを行っている。その関係で年に一、二回岩田学園を訪れて特別授業などを行っている。今年の夏は、それが7月11日に予定されていたので、10日に大分入りをした。大分市は私が小学5年生から高校3年生まで過ごした土地なので、もちろんなじみがある。

 今回は、大分で仕事をした後、生まれ故郷であり、何人ものいとこが暮らしている同じ大分県の日田市に足を伸ばして、妻の葬儀の際にお気遣いいただいたお礼をしたいと思って、12日に昼に会食を行う予定でいた。ところが、出発前から九州北部に線状降水帯がかかって、豪雨が続いていることは報道されていた。すでに冠水、がけ崩れが起こり、その後も警報などが出されていた。しかも、先月の豪雨でJR久大線の一部が不通になっており、大分から日田まで列車で移動することができなくなっていた。仕方がないので、もう一つの移動手段である高速バス(日田での停留所の場所があまりに不便なので、できれば避けたい!)を使う予定にしていた。

 羽田を出発するとき、「大分空港付近で雷が予想されている。場合によっては引き返すことがあるので了承してほしい」とのアナウンス。が、10分ほど遅れただけで、揺れることもなく到着。不穏な雰囲気ながら、何とか乗り切れそうとの感触を持った。

 10日の午後に大分市に移動。午前中、一時的に豪雨だったというが、私が着いた時には晴れて、気持ちのよい青空が広がっていた。雨のせいか、30℃は越しているが、それほど暑くない。高校時代からの友人とフグを食べた。

 日田までの高速バスについて調べてみたところ、なんと豪雨のために高速道路で何か起こっているようで、運休とのこと。しかも、翌日、私は会食後、日田から福岡にバスで移動して福岡空港から羽田に戻る予定でいたが、そのバスも止まっている。どうやら、大分市が晴れている間も、久留米、朝倉、東峰村、日田付近で大雨が続いているようだ。いわば、この地域はどうやら孤立状態になっている。2017年に大被害を受けたのだったが、その再現とでもいうべき状況らしい。

 11日は予定通り、岩田学園で高校生に小論文の特別授業をした。とても優秀な生徒さんたちに対して、気持ちよく話をすることができた。

 仕事を済ませた後、確認してみたが、やはり久大線、大分→日田、日田→福岡の高速バスともに運休は解除されていない。日田行きはほぼ絶望的と思ったが、ともあれ日田のホテルはキャンセルして、新たに福岡空港付近のホテルを予約して、急遽、特急ソニック号で博多に向かった。12日に万一、日田と福岡の間で交通が確保できたら、予定通りに日田に行こうと思った。

 福岡空港付近のホテル(「空港すぐ近く」とネットで見て予約したのだったが、確かに直線距離は大したことはなかったが、ぐるっと回っていかなければならず、タクシーで990円、歩いて10分以上かかった! しかも、周囲においしそうな店はなく、いったんホテルに入った後、博多駅付近まで夕食を食べに出かけた! こんなことなら福岡駅付近のホテルを取ればよかった!)で夜のテレビニュースをみていると、まさに日田周辺は洪水! あちこちで冠水し、川は氾濫したり、氾濫寸前だったりしている。がけ崩れが起こり、高速道路はトンネルが土砂で埋まっているという。高速バスが動かないわけだ! 行方不明者、死者も出ている模様だ。のんびり日田に行っている場合ではない。日田行きはほぼ諦めて、12日は夕方の羽田行きの便までどうやって過ごそうかと考えていた。

 

 12日朝、5時ころに目が覚めて、ネットを調べてみると、なんと福岡から日田に向かうバスが開通している。これは行くしかない。日田で連絡を取りあっていたいとこたちにも知らせて、日田に行く用意を整えた。外は小雨だった。日田行きの始発は10時過ぎだとのことで、空港内でコーヒーを飲むなどして過ごしてから日田に向かうことにした。

 バスで出発。さすがに客はまばら。基山インターを通る前後、バスは豪雨に出会った。これはまずい、この様子だと日田に行ったがいいが、帰ってこれなくなるかもしれない、いっそのこと、ここで降りようかとも思った。が、降りたら降りたで、いっそう厄介なことになる恐れがある。腹を決めて日田に向かうことにした。豪雨になったり、小雨になったり。

 田主丸、朝倉、杷木など、大雨について報道されていた土地を通る。途中、川が氾濫して、護岸がえぐれている箇所が目に入った。茶色く濁った道がある。被害を受けた人も多いのだろう。ただ、数年前に大洪水の直後に訪れた時に比べれば、それほど大きな傷跡は見えなかった。川も確かに激しく流れているが、あふれ出しそうというほどではない。ただ、恐ろしいのは、まだ大雨が終わったわけではなく、これからも続くかもしれないと予報官が語っていたことだ。

 高速道路(大分道)はまだ閉鎖されているので、バスは途中で一般道におりて、30分ほど遅れて日田に着いた。その時はまさに豪雨。いとこが車で迎えに来てくれており、レストラン秋子荘(ときこそう)に向かったが、市街地の道路でも少し前が見えない。ただ、レストランに到着し、いとことその配偶者を含めて7人(もちろん全員がかなり高齢)で会食しているうちに雨は上がった。ただ、会食中、お店にいた客全員の携帯から突然、避難指示の警報が鳴りだした。どうやら、このところ慣れっこらしく、だれも驚く様子はない。その地域は避難地域に含まれていなかったので、安心して食事をつづけた。

 食事は、繊細な和食・フレンチ・イタリアンを取り入れたもので、とてもおいしかった。なお、秋子荘というのは、日田の偉人・広瀬淡窓の妹、広瀬秋子(ひろせ・ときこ)にちなむとのこと。日田にはおいしいものが多いが、これは格別だった。楽しい時間を過ごすことができた。

 ゆっくりしていられないので、食事後、すぐに日田のバスセンターから福岡空港に行くバスに乗った。さすがにこのような危険な天候では客は少なく、日田から空港まで全線で私を入れて4人が乗り込んだだけだった。途中、小雨になることはあったが、基本的には薄曇りの天気で空港に到着。帰りも一般道を通るので、30分ほど遅れた。あまり時間的余裕がなく、あわてて搭乗口に行った。30分ほどの遅れで羽田到着。無事に帰りついた。

 ともあれ、私は何とか豪雨をかき分けて、大分市の岩田高校での仕事、日田市でのいとこたちとの会食という今回の九州行きの目的を果たすことができた。それにしても、毎年のように九州は大雨に襲われ、数年おきに大きな被害が出るようになった。過疎化し、高齢化した地域に災害が襲うという悲劇が繰り返されている。私は通りすがりだったが、深刻な状況を改めて知ることになったのだった。

| | コメント (0)

引っ越しのこと、そして日フィルの健康的すぎる「道化師」

 6日かけて、引っ越しをしていた。妻を亡くしたことで、子どもたちが老父(つまり私!)の心配をしてくれて、今の家を取り壊して二世帯住宅に建て替えることにした。我が家には一般家庭では珍しい可動式の書架があり、そこに大量の本と音楽ソフトが積まれているので、それを運ぶのに、これだけの労力と時間がかかった(必然的に費用もかかった!)。

 その間、家の荷物のほとんどはレンタルルームに保管し、私はこれまで仕事場として使っていたマンションで暮らすことになる。自宅は多摩地区のはずれにあったが、マンションは山手線の駅からすぐ近く。狭いが、かなり便利にはなる。

 マンション暮らしを始めた初日である202377日、サントリーホールで、日本フィルハーモニー交響楽団定期演奏会、レオンカヴァッロの歌劇「道化師」(演奏会形式)を聴いた。指揮は広上淳一。

 歌手陣は、それぞれの役の最高の布陣といってもよいのではないか。やはり、カニオの笛田博昭が圧倒的な声量で輝かしくも強靭に歌う。「衣装をつけろ」も圧巻。ネッダの竹多倫子も笛木に負けない声量で見事に歌う。トニオの上江隼人も前口上も含めて、複雑な役をしっかりとした解釈で立派な声で歌う。ベッペの小堀勇介も、この役がこれほど重要だったかと再認識させるような輝かしい声。シルヴィオの池内響もまじめな優男を造形している。合唱は東京音楽大学、児童合唱は杉並児童合唱団。これもとてもよかった。

 ただ、実をいうと、私はこの音楽にあまり乗り切れなかった。簡単に言うと、「音が健康的すぎる」とでも表現するか。

 このオペラには善人は出てこない。みんなが利己的で差別的で心に闇を抱いている。そんな人物たちのやりきれない愛のもつれがドラマティックに、しかもリアルに描かれるのがこのオペラだ。だが、歌手陣はみんなが見事な大声で歌う。広上の指揮も、スケール大きく音楽を作る。だが、そうすると、人間のどす黒い欲望、やりきれない感情、内にこもってふつふつとわいてくる屈折した思いが表現されない。かなり健康的な音になってしまう。そして、ずっと劇的に、ずっと大きな音で演奏されると、それはそれでちょっと一本調子に感じてしまう。

 とはいえ、日本人のオペラがこれだけのレベルになったことには、改めて驚くしかない。今日の出演者たちは、全員が極めて音程が正確で声が出ており、申し分なかった。十分に世界に通じる歌手陣と言えるのではないか。

 ところで、どういうわけか、今日の私の席に周辺に、演奏中、プログラムをパラパラめくり続ける人が目立った。私の周囲だけで5人いた! たまたまかもしれないが、全員が女性だった。ふだんのコンサートでもそのような人がいて、音の面でも視覚の面でも気になるが、今日は演目が演奏会形式のオペラなのであらすじを確認しているのか、いっそう目立った。それにしても、長い間、かなりの音を立ててめくり続けていた。オペラのあらすじくらい、前もって確認しておいて、演奏中は音楽に集中するのが、演奏家に対しての、そして音楽そのものに対しての礼儀だと思うのだが。

| | コメント (4)

« 2023年6月 | トップページ | 2023年8月 »