« 引っ越しのこと、そして日フィルの健康的すぎる「道化師」 | トップページ | 辻彩奈リサイタル よくも悪くも人間的演奏 »

大雨警報の中の九州行

 2023年7月10日から13日まで、大雨が警戒される中の九州を巡った。

 これまでにもこのブログに何度か書いた記憶があるが、大分市の岩田高校で私が塾長を務める白藍塾が小論文サポートを行っている。その関係で年に一、二回岩田学園を訪れて特別授業などを行っている。今年の夏は、それが7月11日に予定されていたので、10日に大分入りをした。大分市は私が小学5年生から高校3年生まで過ごした土地なので、もちろんなじみがある。

 今回は、大分で仕事をした後、生まれ故郷であり、何人ものいとこが暮らしている同じ大分県の日田市に足を伸ばして、妻の葬儀の際にお気遣いいただいたお礼をしたいと思って、12日に昼に会食を行う予定でいた。ところが、出発前から九州北部に線状降水帯がかかって、豪雨が続いていることは報道されていた。すでに冠水、がけ崩れが起こり、その後も警報などが出されていた。しかも、先月の豪雨でJR久大線の一部が不通になっており、大分から日田まで列車で移動することができなくなっていた。仕方がないので、もう一つの移動手段である高速バス(日田での停留所の場所があまりに不便なので、できれば避けたい!)を使う予定にしていた。

 羽田を出発するとき、「大分空港付近で雷が予想されている。場合によっては引き返すことがあるので了承してほしい」とのアナウンス。が、10分ほど遅れただけで、揺れることもなく到着。不穏な雰囲気ながら、何とか乗り切れそうとの感触を持った。

 10日の午後に大分市に移動。午前中、一時的に豪雨だったというが、私が着いた時には晴れて、気持ちのよい青空が広がっていた。雨のせいか、30℃は越しているが、それほど暑くない。高校時代からの友人とフグを食べた。

 日田までの高速バスについて調べてみたところ、なんと豪雨のために高速道路で何か起こっているようで、運休とのこと。しかも、翌日、私は会食後、日田から福岡にバスで移動して福岡空港から羽田に戻る予定でいたが、そのバスも止まっている。どうやら、大分市が晴れている間も、久留米、朝倉、東峰村、日田付近で大雨が続いているようだ。いわば、この地域はどうやら孤立状態になっている。2017年に大被害を受けたのだったが、その再現とでもいうべき状況らしい。

 11日は予定通り、岩田学園で高校生に小論文の特別授業をした。とても優秀な生徒さんたちに対して、気持ちよく話をすることができた。

 仕事を済ませた後、確認してみたが、やはり久大線、大分→日田、日田→福岡の高速バスともに運休は解除されていない。日田行きはほぼ絶望的と思ったが、ともあれ日田のホテルはキャンセルして、新たに福岡空港付近のホテルを予約して、急遽、特急ソニック号で博多に向かった。12日に万一、日田と福岡の間で交通が確保できたら、予定通りに日田に行こうと思った。

 福岡空港付近のホテル(「空港すぐ近く」とネットで見て予約したのだったが、確かに直線距離は大したことはなかったが、ぐるっと回っていかなければならず、タクシーで990円、歩いて10分以上かかった! しかも、周囲においしそうな店はなく、いったんホテルに入った後、博多駅付近まで夕食を食べに出かけた! こんなことなら福岡駅付近のホテルを取ればよかった!)で夜のテレビニュースをみていると、まさに日田周辺は洪水! あちこちで冠水し、川は氾濫したり、氾濫寸前だったりしている。がけ崩れが起こり、高速道路はトンネルが土砂で埋まっているという。高速バスが動かないわけだ! 行方不明者、死者も出ている模様だ。のんびり日田に行っている場合ではない。日田行きはほぼ諦めて、12日は夕方の羽田行きの便までどうやって過ごそうかと考えていた。

 

 12日朝、5時ころに目が覚めて、ネットを調べてみると、なんと福岡から日田に向かうバスが開通している。これは行くしかない。日田で連絡を取りあっていたいとこたちにも知らせて、日田に行く用意を整えた。外は小雨だった。日田行きの始発は10時過ぎだとのことで、空港内でコーヒーを飲むなどして過ごしてから日田に向かうことにした。

 バスで出発。さすがに客はまばら。基山インターを通る前後、バスは豪雨に出会った。これはまずい、この様子だと日田に行ったがいいが、帰ってこれなくなるかもしれない、いっそのこと、ここで降りようかとも思った。が、降りたら降りたで、いっそう厄介なことになる恐れがある。腹を決めて日田に向かうことにした。豪雨になったり、小雨になったり。

 田主丸、朝倉、杷木など、大雨について報道されていた土地を通る。途中、川が氾濫して、護岸がえぐれている箇所が目に入った。茶色く濁った道がある。被害を受けた人も多いのだろう。ただ、数年前に大洪水の直後に訪れた時に比べれば、それほど大きな傷跡は見えなかった。川も確かに激しく流れているが、あふれ出しそうというほどではない。ただ、恐ろしいのは、まだ大雨が終わったわけではなく、これからも続くかもしれないと予報官が語っていたことだ。

 高速道路(大分道)はまだ閉鎖されているので、バスは途中で一般道におりて、30分ほど遅れて日田に着いた。その時はまさに豪雨。いとこが車で迎えに来てくれており、レストラン秋子荘(ときこそう)に向かったが、市街地の道路でも少し前が見えない。ただ、レストランに到着し、いとことその配偶者を含めて7人(もちろん全員がかなり高齢)で会食しているうちに雨は上がった。ただ、会食中、お店にいた客全員の携帯から突然、避難指示の警報が鳴りだした。どうやら、このところ慣れっこらしく、だれも驚く様子はない。その地域は避難地域に含まれていなかったので、安心して食事をつづけた。

 食事は、繊細な和食・フレンチ・イタリアンを取り入れたもので、とてもおいしかった。なお、秋子荘というのは、日田の偉人・広瀬淡窓の妹、広瀬秋子(ひろせ・ときこ)にちなむとのこと。日田にはおいしいものが多いが、これは格別だった。楽しい時間を過ごすことができた。

 ゆっくりしていられないので、食事後、すぐに日田のバスセンターから福岡空港に行くバスに乗った。さすがにこのような危険な天候では客は少なく、日田から空港まで全線で私を入れて4人が乗り込んだだけだった。途中、小雨になることはあったが、基本的には薄曇りの天気で空港に到着。帰りも一般道を通るので、30分ほど遅れた。あまり時間的余裕がなく、あわてて搭乗口に行った。30分ほどの遅れで羽田到着。無事に帰りついた。

 ともあれ、私は何とか豪雨をかき分けて、大分市の岩田高校での仕事、日田市でのいとこたちとの会食という今回の九州行きの目的を果たすことができた。それにしても、毎年のように九州は大雨に襲われ、数年おきに大きな被害が出るようになった。過疎化し、高齢化した地域に災害が襲うという悲劇が繰り返されている。私は通りすがりだったが、深刻な状況を改めて知ることになったのだった。

|

« 引っ越しのこと、そして日フィルの健康的すぎる「道化師」 | トップページ | 辻彩奈リサイタル よくも悪くも人間的演奏 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 引っ越しのこと、そして日フィルの健康的すぎる「道化師」 | トップページ | 辻彩奈リサイタル よくも悪くも人間的演奏 »