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辻彩奈リサイタル よくも悪くも人間的演奏

 2023715日、リリア音楽ホールで辻彩奈のヴァイオリン・リサイタルを聞いた。ピアノ伴奏は佐藤卓史。曲目は前半にベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第10 とブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1 、後半にプロコフィエフのバイオリン、ソナタ第2番。

 よくも悪くも辻さんは大人になったなぁと言う印象を抱いた。辻さん自身が最初の曲の後にお話しした通り、ベートーベンのソナタ第10番をクロイツェルのような壮大でダイナミックなベートーヴェン作品とは異なる、達観した境地の曲として演奏しているようだ。もちろん、それはそれで、肩の力が抜け、のびのびとして温かい人間性を感じさせるもので、見事ではある。ただ、後期のベートーヴェンの弦楽四重奏曲やピアノソナタのような、突き抜けた境地は感じることができなかった。むしろ、極めて成熟した人間の心を描いているとでも言うか。しかし、私は成熟した人間ではなく、もっと通常の人間から離れた境地を聴きたかった。

  ブラームスの曲についても同じように感じた。こちらの曲は若い情熱がほとばしり出る。ブラームスらしい抑制した情熱。徐々に盛り上がっていく。ただこれも、佐藤のピアノ伴奏によるのかもしれないが、とても繊細で柔和。均整が取れていて、とても説得力があるが、もう少し規格をはみ出しても良いのではないか。

 プロコフィエフについてもいっそう強く感じた。プロコフィエフのこの曲は、いってみれば、グロテスクな曲芸のようなものだと私は思っている。超絶技巧とこけおどしの起伏の大きなメロディー。それが次々と展開されていく。ところが辻と佐藤の演奏は、そのような曲芸的なものではなく、とても人間的。プロコフィエフのグロテスクさはなく、真摯に心の動きを描くような音楽になっている。もちろん、それはそれで見事なのだが、私としては物足りなさを感じる。

 アンコールは、プロコフィエフのろ「3つのオレンジへの恋」の行進曲、これも見事な演奏だが、やはり、これは本来グロテスクでブラックユーモアに溢れた曲だと思う。そのような要素が薄れて、真面目な曲になっている。

 数年前までの辻さんの演奏は、もう少し思い切りが良く、規格を外れるところがあったように思う。現在、成長の過程にあるのだと思うが、また突き抜けた演奏を聴きたいと思った

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