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オペラ映像「フィガロの結婚」「ロメオとジュリエット」「パルシファル」

 9月になっても真夏の暑さが続いている。幸い、まだ大学の後期授業は始まっていないので、週に一、二回、所要があって出かける以外は、自室でのんびりと過ごしている。新発売のブルーレイなどを購入して、いくつかのオペラ映像をみたので、簡単な感想を記す。

 

モーツァルト 「フィガロの結婚」 2022111,22日 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス

 とびぬけた歌手はいないが、さすが英国ロイヤル・オペラ・ハウスだけあって堅実でアンサンブルのしっかりした上演。ほとんどの歌手が第一幕ではちょっと不安定だが、だんだん調子が上がってくる。フィガロのリッカルド・ファッシ、スザンナのジュリア・セメンツァート、伯爵夫人のフェデリーカ・ロンバルディはとてもよかった。伯爵のジェルマン・E・アルカンタラとケルビーノのハンナ・ヒップは、音楽的に少し魅力に欠けるが、もちろん十分に楽しめる。ほかの役の歌手たちもとても堅実。

 デイヴィッド・マクヴィカーの演出はきわめてオーソドックス。第4幕が室内にされているのを除けば、ほぼ台本に基づいている。しっかりと観客の笑いを誘い、音と仕草がぴたりと合って、なかなかいい。パッパーノの指揮はメリハリのきいた生き生きとした音楽を作り出す。

 

グノー 「ロメオとジュリエット」  20182月 バルセロナ、リセウ大劇場

 ジュリエットを歌うアイーダ・ガリフッリーナが素晴らしい。ちょっと特異な声で、なんとなく異世界の存在を思わせるところがある(だから、リムスキー=コルサコフの「雪娘」「金鶏」などがぴったり!)ので、ジュリエット役にはちょっと違和感があったが、後半、ぐんぐんと声が伸びてまったく不自然でなくなる。容姿も含めて、若々しくて可憐。この役にふさわしい。ロメオのサイミール・ピルグも強くて高貴な美声。とてもいい。そのほか、ティバルトのダビド・アレグレトがこの役にふさわしくないと感じるほどの端正で美しい声。ステファノのタラ・エロート、ローラン神父のニコラ・ウリヴィエリもしっかり歌っている。

 スティーヴン・ローレスの演出は、服装はグノーの時代に変更されているようだが、きわめてオーソドックス。ただ、第一幕から舞台奥に墓石が重ねられている。死を前にしても愛の燃焼ということが強調されている。ジュゼップ・ポンスの指揮はややおとなしめな気がする。じっくりとロマンティックではあるが、もっと燃焼がほしいと思った。

 きっとコロナ禍やウクライナ問題がなければ、アイーダ・ガリフッリーナはかつてのネトレプコのようにこの後、世界中で引っ張りだこになっていただろう。この人の歌をもっと聴きたいのだが、残念。

 

ワーグナー 「パルシファル」2023年7月25日 バイロイト祝祭劇場 (NHKプレミアム放送)

 

 マサチューセッツ工科大学教授ジェイ・シャイブによる、観客が3D眼鏡をつけて拡張現実を体現する演出だというが、テレビで放送された映像にはそれは反映されていないとのこと。第一幕が終わったとたんに激しいブーイングが聞こえるが、放送された映像ではそれほど演出は過激でなく、演奏は素晴らしいので、きっと拡張現実に対するブーなのだろう。

 なんとクンドリを歌うのはエリーナ・ガランチャ! 最後のカーテンコールでも、慣例に反してタイトルロールのアンドレアス・シャーガーではなく、ガランチャがトリとして登場する。確かに、ハリウッド映画に美人役として出演してもまったく遜色のない、しかも最高の歌を聴かせるガランチャのクンドリを見ると、なるほどクンドリはこんな役だったんだ!と心から納得する。妖艶にして高貴、孤高とさえ言える雰囲気を醸し出す。

 グルネマンツのゲオルク・ツェッペンフェルトも素晴らしい。この人の歌を聴くごとに、あんなに細身でよくもまあこんな深々としたバスの声が出せるものだと驚嘆する。細身なだけに演技も小回りが利いてとてもいい。

 パルシファルのシャーガーももちろん素晴らしいし、クリングゾルのジョーダン・シャハナン、アンフォルタスのデレク・ウェルトンもこの役を最高度に再現している。

 パブロ・エラス・カサドの指揮も文句なし。この舞台神聖祝典劇にふさわしい精妙さとワーグナーらしい強さが見事に演奏されている。無駄がなく、ドラマがぐんぐんと進んでいき、実にドラマティック。クナッパーツブッシュの指揮した昔の演奏のような厳粛さはあまりないが、それを求めても仕方がなかろう。

 演出についても私は大いに納得できた。冒頭、グルネマンツと黙役の女性が愛の行為を交わしている。また、パルジファルとクンドリの愛もほのめかされる。元の台本では、肉欲は悪とされ禁欲が称揚されるように読み取れるが、今回の演出では、最後、槍によってアンフォルタスの傷が癒やした後、パルシファルはその槍を打ち壊して、性愛を解放する。そして、パルジファルとクンドリ、グルネマンツと黙役の女性の二つの愛が成就する。

 私は演出によって本来の作品にないものをでっちあげることには我慢ならないが、魂と肉の葛藤、その合一というテーマは明らかにこの作品の中に要素としてあると思う。それを演出上の解釈として示すのは、演出の役割だと思う。

 指揮、歌手陣、演出、すべてに納得のゆく名演だと思った。昨年、NHKで放送された2022年のバイロイト音楽祭の「神々の黄昏」(このほどブルーレイも販売された)の噴飯もののひどい演出と大違い。「リング」もこのくらいの演出で上演されるのなら、なんとしてでもバイロイトにまた行きたいという気持ちになる。

  

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