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侯孝賢(ホウ・シャオシエン)の「好男好女」「憂鬱な楽園」「フラワーズ・オブ・シャンハイ」「珈琲時光」

 映画館で「少年」をみて以来、台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシエン)監督に惹かれて、DVDをみつづけている。4本セットを購入。簡単な感想を記す。

 

「好男好女」 1995

 実は、私にはよく理解できなかった。1995年、まだ難解な映画がもてはやされていた時代だったといってよいのかもしれない。

 現代(1990年代)と二つの過去(1940年と1950年)が交錯して語られる。女優の梁静は映画に出演して、蒋碧玉という過酷な運命をたどった高齢の実在の女性の役を演じることになる。そこで、蒋碧玉(梁静と同じ女優が演じる)の人生が入り混じっていく。現在の女優は恋人に死なれて絶望の中にいて、無言電話に悩まされている。過去の蒋碧玉は、1940年に抗日活動に参加しようとして、仲間たちと中国が大陸に向かうが、逆に日本のスパイと疑われ拘束される。何とか誤解は解けるが、台湾に戻ってからは、1950年ころになって、今度は白色テロによって拘束され、夫を銃殺される。

 以上のようなストーリーはたどることができるのだが、過去と現在がどうかみ合っているのか、女優が何に悩んでいるのか、無言電話はいったい何なのか、いやそもそも今回もまた、ずっと暗い中で話が進むので、顔の識別が難しく、いったい誰が何で争っているのかもわからない。台湾の歴史を私が理解していないせいもあるのかもしれないが、それにしても・・・。ネットでレビューを読んでみたが、多くの人が理解できなかったと書いているので、これは私だけのことではなさそう。

 これを名画とみなすべきではないと思う。

 

「憂鬱な楽園」 1996年 

 チンピラのガオ(カオ・ジエ)は怪しい儲け話にのって、弟分のピィエン(リン・チャン)、その恋人のマーホァ(伊能静)とともにバイクで南の方へ出かける。ロード・ムービーのタイプに属すだろう。時代的にはかなり遅れてはいるが、1970年代アメリカの「イージー・ライダー」のような趣きがある。ジャームッシュも思い出す。長まわしのカメラ、演出臭さのない俳優たちの動き。筋書きのない物語とでもいうか。結局、ピィエンの親戚との騒動に巻き込まれ、車の事故を起こす。

 それにしても、これもまた誰が誰やらさっぱりわからない。映画の中盤になってやっとガオとピィエンの顔を認識できるようになった。台湾映画の特徴なのか、この監督の特徴なのか。クローズアップが少なく、画面が暗く、真正面からのショットが少ないので、登場人物の顔がはっきり映らない。家庭のテレビで見ると、どうもよく見えない!

 70歳を過ぎた今の私が見ても、この映画にはあまり共感しない。映画が作られたころ、リアルタイムにみていたら、もっと共感できたかもしれない。

 

「フラワーズ・オブ・シャンハイ」 1998

 香港映画、台湾映画に詳しくない私は、またも人物の顔の識別に苦労した。とりわけ遊女たちが果たして同一なのかどうか、常に不安に思いながらみた。だが、とても良い映画だった。

 上海の高級遊郭での物語。上海の役人である王(トニー・レオン)となじみの遊女、小紅(羽田美智子)のいざこざから別れまでの話を中心に、遊郭にやってくる客たちと遊女たちの人間模様を描く。

 遊郭内部の出来事だけが語られ、カメラは一度も外に出ていかない。租界となっている上海での出来事なのだから、遊郭の外では様々な政治的な事件が起こり、清国は滅亡に向かっているのだろうが、箱庭のような閉ざされた遊郭の中では、そんなことはおかまいなしに恋の遊戯がなされる。着飾った遊女たちの偽りの愛、心から愛が入り混じった架空の恋物語。それが美術品のような美しい映像で語られる。

 

「珈琲時光」 2004

 侯孝賢監督が小津安二郎生誕100年を記念して、「東京物語」のオマージュとして日本を舞台に日本の俳優たちを使って作った映画。

 フリーライターの陽子(一青窈)は台湾で長期滞在した後、東京に戻って、男友達である肇(浅野忠信)に協力してもらって台湾出身で戦中、戦後、日本で学んだ作曲家・江文也(こう・ぶんや)を取材している。陽子は実家に帰って、母(余貴美子)に台湾で出会った男性の子どもを孕んでいることを告白する。だが、母も父も特に口出しすることなく、日常を重ねていく。両親が東京の陽子の家を訪れるが、そこでも妊娠について特に何も言わない。古本屋の主人である肇といたわりながら生活していく。

 それだけの物語。小津の映画と同じようにローアングルのカメラワークで、笠智衆とおなじように父親役の小林稔侍は実に寡黙。陽子と肇の日常を淡々と描いていく。

 とてもいい映画だと思った。感動した。一青窈(名前だけは知っていたが、はやり歌を聴かない私は、遅ればせに今回初めてお顔を知った)と肇のあまりの自然な演技に惹かれる。日常生活の立ち居振る舞いそのままのような動き。そうであるがゆえに、とても美しい。まったく演技をしていない感じ。実際、撮影時、アドリブのように進められたらしいことが、監督インタビューで伝えられている。

 山手線、総武線、中央線、都電荒川線が繰り返し映し出される。電車の音も印象に残る。日常の中で移動しながら、自分らしさを求めている人たち。市井で生きる人たちが浮き彫りになる。陽子の母親は継母だということも後に明かされる。どうやら、陽子はかなり過酷な人生を歩んだようだが、さりげなく語られるだけで、社会の一コマとして通り過ぎていく。そうしたことが素晴らしい。しかも幸い、日本人の役者たちだから、さすがに私も顔の識別に困らない。江文也という作曲家、初めて知った。ピアノ曲がかかるが、魅力的な曲だと思った。

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