山本顕一先生の講演 私は言葉の力に感銘を受けた
2023年10月7日、立教大学にて、山本顕一先生を講師とする公開講演会「極北の収容所ラーゲリより来た遺書を胸に—今を生きる人たちへ伝えたいこと—」を聴いた。コーディネーターは立教大学キリスト教教育研究所(JICE)所員で名誉教授の前田一男氏。
山本先生は、このブログにも何度か書いてきたが、辺見じゅんの名著であるノンフィクション「収容所から来た遺書」で世に知られ、先日公開された映画「ラーゲリより愛を込めて」に主人公として描かれている山本幡男氏の長男にあたる方。中世文学を研究する立教大学名誉教授だ。私は大学院時代、山本先生に教わり(と言っても、就職できなかったために仕方なしに大学院に行ったにすぎないため、まったくもって劣等生だった!)、その後も共通の趣味である音楽を通して、お世話になってきた。
山本先生は、シベリアに抑留され、その地で亡くなったお父様のこと、そしてお父様へのご自分の気持ちを率直に話された。お父様である山本幡男はハバロフスクに抑留され、そこで文化活動を行い、様々な功績を残しながら喉頭がんに冒されて死去した。遺書を残したが、シベリアでは紙の持ち出しが禁じられていたため、山本を慕う戦友たちが長文の遺書を分担して暗記し、それを帰国後に山本の家族に伝えた。私は辺見じゅんのノンフィクションも読んで感動し、山本先生の書かれた『寒い国のラーゲリで父は死んだ』(バジリコ)も読み、そのあたりの事情はよく知っていたが、誠実な山本先生の生の声で聴くと、改めて感動する。
辺見じゅんのノンフィクションも映画も戦友たちが暗記して伝えたことによって家族が遺書の内容を知ったことになっているが、実はその前に、シベリアのラーゲリを訪れた社会党の議員が抑留者にこっそりと原本の遺書を渡されて、すでに家族はその内容を読んでいたこと、そして、山本幡男は家庭では怒りっぽくて理不尽に厳しい父親であって、長男である山本顕一先生は父を嫌っていたこと、あまりにりっぱな遺書をもらって、内心、重荷だったこと、しかし、後に届けられた幡男の描いた絵画によって、その初々しい感受性を知って父親の気持ちを理解できるようになったこと。とても感銘を受けた。
講演の後、98歳のシベリア抑留経験のある西倉さんという方が発言して、当時の苦労を話された。98歳とは思えない元気な声に驚いた。抑留についての語り部をなさっているという。シベリアからの引揚船を受け入れた舞鶴市の引揚記念館に東京から出向いてボランティアの語り部をしている学生さん、舞鶴市在住の語り部の中学生もその活動について語った。舞鶴市の市長さんが市の取り組みを語られた。すべての人の発言に一貫しているテーマは平和の大切さだ。抑留者はまさに理不尽な戦争の犠牲者にほかならない。
質問者の中に、今年の1月に亡くなった詩人・天澤退二郎氏(通夜には私も列席させていただいた)の夫人である天澤衆子さんがいた。退二郎氏のお父上がシベリア抑留者であること、そして衆子さんのお父様が舞鶴の出身であることが明かされ、そのことが天澤家に大きな力を及ぼしていたことが語られた。私は大学院生のころ、衆子さんとは親しくしていた。どんどんと話題がずれ、いったい何を話しているのかわからなくなる独特の話し方(この方、昔からこんな話し方をしていたが、今は、ますますその傾向が強まっている!)。が、絶妙なところでなんとなく話がまとまる。さすが大詩人の奥様!
私は、講演を聞きながら、「言葉の大事さ」を改めて感じていた。幡男はロシア語の達人であるためにロシア人との通訳をし、同時にシベリアに抑留されていても日本語を忘れず、日本に誇りを持つために、アムール句会を作り、日本語の壁新聞を書き、文芸活動をする。戦友たちはその幡男の遺書を暗記して、その言葉を家族に伝えようとする。辺見じゅんはそのエピソードを知ってノンフィクションを書き、それを世間に知らせ、多くの人を感動させる。そして、長男の山本先生はフランス文学の権威であり、今講演で感動的な話をしている。多くの人が語り部となって言葉によって抑留の悲惨、戦争の悲惨を語っている。詩人の奥様が独特の言葉によって気持ちを伝える。まさに言葉の力の連鎖! 言葉こそが平和を作り出す!というのが、講演を聞いた私の感想だ。
天澤夫人と池袋駅までご一緒して帰宅した。
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