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クリスティ&レザール・フロリサンの「ヨハネ受難曲」 若々しいバッハを堪能した

 20231126日、東京オペラシティコンサートホールで、ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサンによるバッハの「ヨハネ受難曲」を聴いた。素晴らしい演奏だった。堪能した。

 彼らの実演を聴いたのはこれが初めて。CDでは聴いたことがあり、しなやかでじっくりと深みのある演奏だと思っていた。もちろん、その通りなのだが、実演を聴くと、激しい思いがこもっていることがよくわかる。ゴルゴタに向かう部分の音楽など、悲嘆、そして憤りにあふれている。しかし、それをロマン主義の時代の音楽のように表に出すのではなく、あくまでも音楽内の出来事として表現する。それが素晴らしい。音楽は緊張感にあふれ、まったく無駄がなく、音楽そのものがぐいぐいと迫ってくる。

 オーケストラの音が美しい。表面だけの音ではなく、中身の詰まった音がする。生きた音と言い換えてもいい。音全体が生きている。生きた音がしなやかに、そして深い思いを含みながら重なり、動いていく。しかもきわめて色彩的で無駄がない。

 歌手陣もそろっている。エヴァンゲリストのバスティアン・ライモンディは格調高くしなやかで、しかも輝かしい声。イエスのアレックス・ローゼンも高貴で落ち着いた声。二人とも音程がよく、聖書の世界を着実に描いていく。ソプラノのレイチェル・レドモンドも清澄な美声。アルトのヘレン・チャールストンはちょっと男性的な声。最初、もしかしてカウンターテナーかな?と思ったほどだった。ピラトなどを歌うテノールのモーリッツ・カレンベルクも折り目正しく格調高い歌いまわし。もう一人のバスのマチュー・ワレンジクもしっかりしている。そして、合唱団も文句なし。

 まさにレザール・フロリサン(les arts florissants)花咲く芸術! しかつめらしく謹厳実直なバッハというよりも、若々しくて色気のあるバッハ。そうでありながら、緊張感にあふれている。凄い。

「ヨハネ受難曲」は、「マタイ受難曲」ほどの極め付きの名アリアや名合唱曲はないが、最初と最後の合唱やソプラノのアリアは「マタイ」に引けを取らない。短い(とはいっても2時間ほどだが!)ので、私のような特にバッハマニアではない人間でも集中力が切れない。いやあ、これも素晴らしい名曲だなあ、と改めて思った。

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ネルソンス&ゲヴァントハウスのワーグナーとブルックナーに興奮!

 20231122日、サントリーホールでライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏を聴いた。指揮はアンドリス・ネルソンス。曲目は、前半にワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死、後半にブルックナーの交響曲第9番。素晴らしかった。興奮した。

 静寂の中からかすかに、そしてゆっくりと音楽が立ち現れる。それが形をとって繊細に、そして豊かにうねり始める。徐々に官能性を帯び、悲劇性を帯びていく。だが、あくまでもとうとうとしてゆったり。そんな「トリスタンとイゾルデ」の前奏曲だった。ゲヴァントハウスの音は相変わらず美しい。深く心をえぐる音。ネルソンスは、間をゆっくりとって豊饒に、しかし緊張感をもって音楽を進めていく。「愛の死」の部分は、大きなうねりが作り出され、静かに死を歌う。私は、「愛の死」を、トリスタンとイゾルデという二人の個体が死んで、生命体を帯びた大自然の中に解消されていく情景を描く音楽だと思っているが、まさにそのような情景が音楽によって再現された。感動! 私の魂までも、オーケストラの音とともに宇宙の中に融けゆくような気になった。

 ブルックナーの第9番も、前半以上に素晴らしかった。音は明るめで、あまり宗教的ではないが、かなり伝統的な音楽の運びだと思う。近年のブルックナー演奏(インバルやゲルギエフやネゼ=セガンやミンコフスキやヤングなどの!)とは違って、クナッパーツブッシュやヨッフムやハイティンクやヴァントになじんだ私にまったく違和感のない演奏。休止をゆったり目にとって、振幅大きく豊かに演奏する。

 小細工なく、ある意味で「ガラ」の大きな演奏だと思う。だが、細部がしっかりしているので、振幅の大きさや大きなうねりに説得力がある。切れの良さはないが、きっとネルソンスはそのようなものを求めていないのだろう。オーケストラの団員たちの美しい音を存分に引き出している。それぞれのメンバーの聞かせ場もうまく作っているように思う。第2楽章のスケルツォの躍動も素晴らしい。第3楽章に悲痛な音も素晴らしい。私は何度も感動に身を震わせた。

 うーん、やっぱり本場のオーケストラは凄い! ネルソンスも巨匠だと思った。

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新国立「シモン・ボッカネグラ」 良かったが、感動にまでは至らなかった

 20231121日、新国立劇場でヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」をみた。

 指揮は大野和士、東京フィルハーモニー交響楽団、演出はピエール・オーディ。フィンランド国立歌劇場、テアトロ・レアルとの共同制作。

 今回が3回目の公演だと思うが、まだオーケストラが歌手とぴったりと合っていない感じがした。幕が上がってすぐのオーケストラは精緻でしなやかで実に素晴らしかったので、期待したのだが、第一幕のシモンとアメーリアの二重唱の部分など、オケがふらふら。いつもだと1、2回目はぎくしゃくしていても、3回目ころからはぴたりとしてくるのだが、今回はてこずっているのだろうか。その後も何度かそのような部分があった。

 歌手陣はかなりレベルが高い。シモン・ボッカネグラのロベルト・フロンターリはさすがの歌唱。第2幕以降、ぐんぐんよくなって張りのある美声で歌った。私は実演でも映像でもこの人の歌はかなり聴いているが、とても安定している。フィエスコのリッカルド・ザネッラートも素晴らしかった。二人の二重唱は聴きごたえがあった。パオロのシモーネ・アルベルギーニは、悪役にしては端正でしっかりした歌だったが、それは演出にもよるのだろう。

 アメーリアのイリーナ・ルングはやや非力。力をセーブしていたのか、前半は特に声が出ていなかった。アドルノのルチアーノ・ガンチは素晴らしい美声で声量豊かなのだが、音程が怪しくなる。とはいえ、世界に名のしれた歌手たちで、これくらい歌ってくれればまったくもって不満はない。

 演出については、意外とオーソドックスだったと思う。全体的に具象性のない、抽象化された舞台で、対立する人物が現れる時、噴火する火山がひっくり返ったような形のものが何度か上から降りてきた。なんだか、葛藤を示しているだけのように思えて、陳腐な感じがしたのだが、どういう意味があったのだろう。また、パオロは現代のスーツとネクタイ姿で登場、最後の場面ではアドルノも同じような現代の服装だったが、その意味もよくわからなかった。そうしたことを除けば、特に新たな解釈があるようには思えなかった。

 全体として、とても高レベルの上演だったと思うが、期待したほどの感動は得られなかった。

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オペラ映像「オルフェオ」「ウリッセの帰還」「ポッペアの戴冠」「ヴォツェック」

 先週、原稿を編集者に送ったので、その後、中間テストが終わった後の高校生のようにごろごろして余暇を楽しんでいる。次の仕事にかかる前にもう少しゆっくりしたいと思っている。ニュースを見ると、イスラエルのガザ侵攻やらウクライナ情勢やら腹の立つことばかりだが、ともあれオペラ映像を数本見たので、簡単な感想を記す。

 

モンテヴェルディ 「オルフェオ」2017619日 ヴェネツィア、フェニーチェ歌劇場

 私はバロック・オペラにはあまりなじんでいないのだが、しばらく前にガーディナー指揮のモンテヴェルディの3枚組BDが安売りされていたので購入した。なかなか機会作れなかったが、やっと少し暇になったので、観てみた。

「オルフェオ」は以前、アーノンクール指揮のDVDでみたことがあるが、それ以来。とてもおもしろかった。

 音楽史的にどのような意味なのかはよくわからないが、簡易な舞台でオーケストラの周囲で歌手たちが歌う。その歌手たちのレベルがとても高くて、引き込まれる。オルフェオのクリスティアン・アダムもいいし、エウリディーチェのハナ・ブラシコヴァもいい。ふたりともバロック・オペラにふさわしい明瞭で音程のいい歌唱。使者のリュシール・リシャルドは凄味がある。その他の歌手たちも素晴らしい。

 エウリディーチェの死が伝えられる場面、そしてオルフェが振り向いてしまう場面は、緊迫感にあふれている。

 

モンテヴェルディ 「ウリッセの帰還」2017620日ヴェネツィア、フェニーチェ歌劇場

「オルフェオ」同様にほんとうにレベルの高い演奏。ほとんどすべての歌手たちが舌を巻くほどにうまい。声も美しく音程もよく声のコントロールも見事。その中でも、ウリッセのフリオ・ザナージの軽やかで高貴な声での自在な歌に圧倒された。そのほか、ペネーロペのリュシール・リシャルド、テレーマコのクリスティアン・アダム、メラントのアンナ・デニスがとてもいい。カウンターテナーのミハウ・チェルニアフスキも見事。

 バロック・オペラはほとんど聞かないので、詳しいことはわからないが、ガーディナーの指揮もイングリッシュ・バロック・ソロイスツのメンバーも見事というしかない。

 現代のラフな服装をした歌手たちが少しだけ振りをつけて歌うだけで、舞台設定など何もないが、十分にオペラ的幻想を抱くことができる。

 

モンテヴェルディ 「ポッペアの戴冠」2017625日 ヴェネツィア、フェニーチェ歌劇場

 これまたとても良い演奏。ポッペアのハナ・ブラシコヴァをはじめ、ほかの二つのオペラの主要な役を演じていた歌手陣はもちろん素晴らしい。「ウリッセの帰還」では少し不調で声が出ていなかったジャンルカ・ブラットもここではしっかり歌っている。そして、ネローネのカンミン・ジャスティン・キムに驚いた、韓国生まれのカウンタテナーだとのこと。バロック・オペラに疎い私はこれまでこの歌手を知らなかったが、それにしても韓国のオペラ歌手の活躍はすさまじい。

 ガーディナーの功績なのか、ほかに優れた手腕の人物がいるのか、これほどまでによい演奏家を集める、あるいは育てるのは並大抵のことではないと思うのだが、いったい、どうなっているのだろう。3本のオペラを見て、モンテヴェルディのオペラの楽しさと同じほどに演奏人の充実に驚いたのだった。

 

ベルク「ヴォツェック」 エクサン・プロバンス音楽祭2023年(NHKプレミアムにて放送)

 NHKプレミアムで放送されたものを録画して鑑賞。一言で言って、とてもいい演奏! さすがサイモン・ラトルの指揮だけあって緻密で緊張感にあふれており、また官能的でもある。歌手陣もヴォツェックのクリスティアン・ゲルハーヘルは、これはほとんど持ち役といえるようなものなので、見事というしかない。マリーのマリン・ビストレム、鼓手長のトーマス・ブロンデレ、大尉と愚者の二つの役を歌っているピーター・ホーア、医者のブリンドリー・シェラット、アンドレスのロバート・ルイスもいうことなし。

 と言いながら、実は私は期待していたほどの衝撃は受けなかった。もしかしたら、今、仮住まいにいてひどい再生装置で聴いているせいもあるのかもしれないが、鮮烈さを感じなかった。ラトルの指揮も、グルハーヘルの歌唱もどうしても「手慣れた」という感じがしてしまう。それに、やはりいくらオペラだといっても、そしていかにゲルハーヘルが名人だからといっても、シリアスなこのオペラで現在の年齢でヴォツェックの役を演じるのは無理がある。失礼ながらゲルハーヘルの容貌は知的で温和な高齢者に見えてしまう。

 サイモン・マクバーニーの演出は映像を多用したもので、このオペラのモザイク的で錯乱的な雰囲気を描き出していた。いくつかの場面で、医者の格好をした少年が黙役で登場した。医師の幻影(ドッペルゲンガー)ということだろうか。それにしても、この少年の動きが実に様になっている! 面白い演出だと思った。

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メネセスの無伴奏チェロ とても良かったが、ちょっと退屈した

 20231115日、トッパンホールでアントニオ・メネセス無伴奏チェロ リサイタルを聴いた。曲目は、現代作曲家のバッハのオマージュのような無伴奏チェロ曲の後に、そのままバッハの無伴奏組曲が演奏される形で進んだ。

 最初にロナウド・ミランダの「エティウス・メロス(バッハへのオマージュ)」、それに続いてバッハの無伴奏チェロ組曲第1番。アルメイダ・プラドの「プレアンブルム」、それに続いてバッハの無伴奏チェロ組曲第3番。後半には、マルコ・パディーリャの「インヴォカシオ第1番」につづいて、バッハの無伴奏チェロ組曲第6番。

 メネセスは、その昔、カラヤン指揮の「ドン・キホーテ」のレコードを聴いたころから気になるチェリストだった。当時は若手だったが、もちろん今は大ベテラン。あまり注目を浴びないが、とても良いチェリストだと思う。

 今回の演奏も、とてもよかった。ふくよかでのびのびとして自然体。嫌味なところがなく、わざとらしさがまったくない。バッハの音楽はこんなに自然なのだとつくづく思う。とりわけ、バッハの組曲第6番はおおらかでスケールが大きくて、わくわくするところがあった。

 ただ、実はちょっと物足りないとは思った。とてもいい演奏なのだが、あまり個性的でないので、私のような俗物根性の強い人間は聴いているうちにちょっと飽きてくる。私の修行が足りないと言えばその通りなのだが、もうちょっと何とかしてくれないかなと思ってしまう。きっとメネセスは育ちのよい、善良で健康な人なのだろう。が、もう少し我の強い、ちょっと狂気じみたところのある演奏のほうが、やはり面白さを感じる。

 そんなわけで、「いいなあ」と思いながら、あまり感動しないまま終わったのだった。

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読響アンサンブル ホルン三重奏曲を楽しんだが、レーガーはちょっと退屈

 2023118日、トッパンホールで読響アンサンブル・シリーズを聴いた。コンサートマスター林悠介をリーダーとした読響メンバーにピアノの佐藤卓史。曲目は、前半に林と佐藤とホルンの日橋辰朗によってブラームスのホルン三重奏曲、後半に弦楽器のメンバーによるレーガーの弦楽六重奏曲ヘ長調(ヴァイオリン=林悠介、對馬哲男、ヴィオラ=鈴木康浩、柳瀬省太、チェロ=遠藤真理、富岡廉太郎)

 ブラームスのホルン三重奏曲はあまり演奏機会は多くないが、私はブラームスの室内楽の名曲の一つだと思っている。今回の演奏もなかなかよかった。それぞれの楽器は素晴らしい。林のヴァイオリンのしなやかな音色にうっとりし、ホルンの生き生きとした、しかしやわらかい音にもわくわくし、ピアノのこれまたしなやかで、しかもクリアな響きにも感嘆。が、初めのうちは三つの楽器がうまく溶け合わないのを感じた。やはりホルンが入ると音量の調節が難しい! 音の強さにデコボコができてしまう。第2楽章あたりから溶け合うようになって、ブラームスの世界を堪能できた。

 レーガーについては、日常的に音を合わせているメンバーだけあって、演奏は素晴らしかった。同質な弦の音が見事に重なり合っていた。ただ、この曲、初めて聴いたが、ちょっと退屈だった。第1楽章を聴いた時点では、とてもいいと思ったのだが、その後もずっと同じような雰囲気が続く。しかも、最初から最後まですべての楽器が同じようにずっと演奏。ほとんどすべての楽器で和音を作り出しているだけの感じ。ベートーヴェンやブラームスのように楽器と楽器が有機的につながったり、メロディを受け継いだりしない。こう言っては何だが、レーガーとブラームスの作曲家としての力量の違いは明らかだと思った。

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オペラ映像「烙印を押された人々」「ボリス・ゴドゥノフ」「二人のフォスカリ」「エルナーニ」

 1冊分の原稿をほぼ書き終えて編集者に送ったので、昨日の夕方からゆっくりしている。ガザ地区の悲惨な状況に憤りを感じるし、アメリカと日本の政府の姿勢にも怒りを覚えるが、私が怒っても仕方がない。オペラ映像を数本見たので簡単に感想を記す。

 

シュレーカー 「烙印を押された人々」20057月、8月 ザルツブルク、フェルゼンライトシューレ

 

 先日、「宝を探す男」を観て、シュレーカーのオペラはなかなかおもしろいと知って、このDVDを購入。ザルツブルク音楽祭の上演。このオペラもとてもおもしろい。官能的で蠱惑的で世紀末的。シュトラウスのオペラからインパクトをなくした雰囲気の音楽で、見終わった後にメロディが頭に残らない感じがするが、オペラをみている間は十分に楽しめる。ストーリーもこの時代の作品らしくて雰囲気がある。

 この上演について音楽的には不満はない。主役のアルヴィアーノのロバート・ブルベイカーはこの役にふさわしい歌と演技。作家の志茂田景樹さんのような恰好で登場。原作とは異なるのかもしれないが、舞台化としてはこれも一つの方法だろう。カルロッタはアンネ・シュヴァネヴィルムス、アドルノ公爵に先ごろ亡くなった名歌手ロバート・ヘイル、タマーレ伯爵役にミヒャエル・フォレ。さすがの名歌手たちだけあって、いずれも素晴らしい。初めてこのオペラを知るものとしてはまったく文句ない。ケント・ナガノ指揮のベルリン・ドイツ交響楽団も蠱惑的で精緻な音を出して、これも素晴らしい。

 ただこれまたニコラウス・レーンホフの演出がわかりにくい。巨大な神の彫像が倒れた中で話が展開するのは、この作品の雰囲気に合っていてよいのだが、時代を現代にとっており、登場人物のキャラクターなどがはっきりしない。そのため、カルロッタの位置づけがよくわからない。めったに上演されないオペラにまで新解釈を施さないでほしいのだが、目立ってこそ評価が高まる演出家にそれを言っても耳を貸さないのだろう。

 

 

ムソルグスキー「ボリス・ゴドゥノフ」1869年原典版 2016321日 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス(

 

 かなり前のライブ映像だが、このソフトの存在を知らなかった。たまたま見つけて購入。

 歌手陣が充実している。ボリス・ゴドゥノフのブリン・ターフェルはさすがの歌唱。まったく息切れせず深いバスの声でじっくりと歌う。シュイスキー公のジョン・グラハム=ホールは悪賢いこの役を見事に造形している。グリゴリーのデイヴィッド・バット・フィリップはこの役にしてはきれいで高貴な声。演出上の意図なのだろうか。修道僧はアイン・アンガー、ヴァルラームはジョン・トムリンソンという充実ぶり。

 ただ、全体を通してあまり感動はしなかった。リチャード・ジョーンズの演出は比較的オーソドックスで色彩的にも美しいので、これは音楽の側の問題かもしれない。どうもムソルグスキーのあの凄味がない。まるで普通のイタリア・オペラのような雰囲気になっている。横溝正史の怪奇的でおどろおどろしい探偵小説が、最近のテレビドラマではなんだか普通のサスペンス・ドラマのようになっているのと同じ感じがする。このオペラの持つ得体のしれない凄味、人間の奥にある残酷さや欲望や悲しみが伝わってこない。パッパーノの明快でドラマティックな指揮のせいかもしれない。また声の薄い合唱団のせいかもしれない。全幕が終わって、ずしんと心の奥に残るものがなかった。

 

ヴェルディ 「二人のフォスカリ」 20159月 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス

 これもパッパーノの指揮。パッパーノはやっぱりイタリア・オペラのほうがずっといい。生き生きとしてドラマティック。このような指揮だとヴェルディの初期作品にぴったり。

 なんといっても、フランチェスコ・フォスカリ役のプラシド・ドミンゴがすごい。ドミンゴが登場すると、途端に舞台がしまる。重唱もぐっとよくなる。もちろん一人で歌っても素晴らしい。ヤコポ・フォスカリのフランチェスコ・メーリはきれいな声で格調高くていいのだが、超一流の一歩手前で足踏みしている感がある。声のコントロール、声の威力ともにとてもいいのだが、圧倒的ではない。ルクレツィアのマリア・アグレスタはとてもきれいな容姿でこの役にぴったりなのだが、声のコントロールが甘い。

 演出はタデウス・シュトラスベルガー。比較的オーソドックスだが、政敵との抗争が強調され、拷問、殺害などが描かれる。どうも幕切れでフォスカリの子どもたちも殺されたということのようだ。二人のフォスカリはしばしば傾いた段の上で歌う。不安定な状況を示しているのだろう。シンプルな仕掛けだが、わかりやすくていい。ただ、映像が映し出されて、昔のハリウッドの歴史映画などでよく行われるように、最初に字幕で背景説明がある。確かに、このオペラ、起こっていることはわかりやすいが、なぜそうなっているのか納得できないところがある。それを解消するために工夫だと思うが、そんな必要はないのではないか。

 ヴェルディのオペラの中ではあまり人気がないが、私は音楽的にも演劇的にもとても充実したオペラだと思う。

 

ヴェルディ 「エルナーニ」 202211月 フィレンツェ五月祭 (NHKで放送)

 NHKで放送されたものをみた。何度みても、このオペラはなんだかわけがわからない。3人の主要な登場人物が、何度も突然考えを変えるが、なぜそうなのか、それぞれなぜそのような行動をとるのかまったく納得がいかない。だから感情移入できないし、私のような文学系出身の人間には、頭の中が「?」だらけになって、音楽を聴くどころではなくなってしまう。「イル・トロヴァトーレ」(これはもっと支離滅裂!)とともに私の苦手なオペラだ。

 エルナーニのフランチェスコ・メーリとシルヴァのヴィタリー・コワリョフとエルヴィーラのマリア・ホセ・シーリはいい。ただ、圧倒的というほどではない。ドン・カルロのロベルト・フロンターリは声はきれいなのだが、十分にコントロールしきれておらず、音楽に乗っていないように聞こえるところがある。指揮はジェイムズ・コンロン。やや推進力に欠ける気がするのだが、それは私が単にオペラのストーリーについていけなかったせいかもしれない。演出はレオ・ムスカート。台本の弱さを緩和するどころか、いっそう観客に話の矛盾を感じさせるような演出に思えた。

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