新国立劇場「トリスタンとイゾルデ」 感動に打ち震えた
2024年3月20日、新国立劇場で「トリスタンとイゾルデ」をみた。素晴らしかった。私は、すべての歌劇・楽劇の中でこの「トリスタとイゾルデ」が最も好きなので、東京で生活するようになった1970年以来、これまで東京近辺で上演されたすべての「トリスタンとイゾルデ」の上演をみてきたし、バイロイトやベルリンでも何度かみてきたが、その中でもトップレベルの上演だったと思う。
まず大野和士指揮の東京都交響楽団が素晴らしい。冒頭の音からして実に精妙。官能的でしなやかで魂の震えを音に移し替えたかのよう。私は前奏曲だけで十分に感動した。これほどまでに神経の行き届いた緊張感あふれる前奏曲を日本のオーケストラで聴けるとは思っていなかった。見事!
歌手陣も全員がとてもよかった。前奏曲が終わって村上公太の水夫の歌声で始まったが、このゆっくりした声が楽劇全体の方向性を決めたかのような気がした。音程がよく、精妙で心を揺さぶるような声だった。
トリスタンのゾルターン・ニャリはとても自然な発声。無理なくきれいな声を出す。ヘルデンテノールとは言い難いやさしい声だが、トリスタンにはこのような声の方がふさわしい。第3幕での力演でもまったく声が崩れなかった。イゾルデのリエネ・キンチャも威力のある美声。第2幕は抑え気味だったが、「愛の死」はまさに絶唱。細かいところまでコントロールされた声で歌い切った。クルヴェナールのエギルス・シリンスも威力のある声。この役にしては立派すぎるほどの声だが、昔気質の堂々たる従者といった感じ。ブランゲーネの藤村実穂子も全盛期とまったく変わらぬ張りのある声。マルケ王のヴィルヘルム・シュヴィングハマーも、この役にしては声も外見も若すぎるが、堂々たる貫禄のある声。
デイヴィッド・マクヴィカーの演出はかなりオーソドックスと言えるのではないか。前奏曲が演奏されている間に大きな月が出る。それがそのまま全幕を通して背景に見える。第3幕の後半、月は赤く色を変えるが、きっとこれは太陽ではなく、月のままなのだろう。つまり、3つの幕を通して、ずっと夜という設定。台本では、第2幕は夜だが、第1幕と第3幕は昼間のはずなので、これは演出上の意図ということになる。「夜」ということを強調したかったのだろう。
ただ、水夫やマルケ王の家来をダンスの人たちが演じていたが、果たして意味があったのだろうか。私には余計にしか思えなかった。
改めて、この楽劇を奇跡の作品だと思った。台本も文学作品として非の打ち所がないと思う。整合性にも問題がないし、披瀝される思想もきわめて説得力がある。私は一つ一つのセリフに心打たれる。音楽については、これはもうずっと陶酔しっぱなしというしかない。それを大野は本当に見事に音にしていた。感動した。何度魂が感動にうち震えたことか!
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コメント
私も同じ日に観ました。とても良かったですね。一音一音を聴き逃すまいと全神経を集中しました。最後の「愛の死」は歌手と指揮者の呼吸がぴたりと合った名唱になったと思います。
大野和士さんは新国立劇場の任期が延長されたそうですね。思い切って多彩な演目をやってほしいと思います。
私はだいぶ疲れてきましたが、今回のようなトリスタンが聴けるなら、もう少し頑張りたいと思います。
投稿: Eno | 2024年3月22日 (金) 08時57分
Eno 様
コメント、ありがとうございます。そうですね、すべてがよかったのですが、やはり何といっても大野さんの指揮による都響の音に最も感動しました。
ブログを楽しく拝見しています。私と比べてなんと間口の広い、なんと様々な領域の芸術をしっかりと味わえる方なのだろう!と常に感嘆しております。「トリスタン」についての感想もとても興味深く読みました。
私も年相応に身体、精神ともにくたびれてきたのを感じますが、もっともっと喜びや感動を味わいたいという思いだけは持っています。「トリスタン」はそういう思いを強めてくれました。
投稿: 樋口裕一 | 2024年3月23日 (土) 12時47分