今年は遅い花見。東京春音楽祭のついでに上野公園を歩いたり、現在の仮住まいから行きやすい川べりを散歩したりして、少しだけ桜を見た。
オペラ映像を数本見たので、簡単に感想を記す。
ロッシーニ 「セヴィリャの理髪師」2021年9月 ウィーン国立歌劇場
全体的に大変レベルの高い上演。すべてがそろっている。素晴らしいと言っていいだろう。ただ実は私としてはちょっとだけ不満。なぜかというと、アルマヴィーヴァ伯爵のフアン・ディエゴ・フローレスがやや不調。第一幕は本当に彼らしくない。第二幕になってだいぶ持ち直すが、それでもこの人特有の輝かしい声は出てこない。ふつうの「上手な歌手」のレベルにとどまっている。
ロジーナのヴァシリサ・ベルジャンスカヤはとても魅力的な声と容姿と演技で、十分に楽しめるのだが、ちょっとだけ声をコントロールできていないところがある。第一幕にアリアの後半、少し声が伸びない。
フィガロのエティエンヌ・デュピュイとバルトロのパオロ・ボルドーニャはともに素晴らしい。豊かで生き生きとした声、軽妙な演技、いずれも大満足。ドン・バジーリオを歌うのはイルダール・アブドラザコフではないか。愛嬌のある笑顔のバジーリオは珍しいが、これはこれで不気味な味を出している。この三人は言うことなし。
ベルタは私の好きな役なのだが、オーロラ・マルテンスはこの不思議な役を自分のものにしているとは思えない。
指揮はミケーレ・マリオッティ。この人らしい生き生きとしてリズムにあふれた演奏。ヘルベルト・フリッチュの演出は、ほとんど舞台装置をなくし、色彩的な垂れ幕と華美な衣装と頭の上に高々と盛り上がった髪(バルトロの髪は顔の2倍くらいある。ロジーナは顔と同じくらいの髪!)、大袈裟な漫画的な演技でおもしろく見せようとしている。一つのやり方だと思うが、第二幕になったら、あまりの大袈裟な動きをうるさく感じ始めた。
ドニゼッティ 「キアラとセラフィーナ」2022年12月4日 ベルガモ、ドニゼッティ音楽祭
ドニゼッティの初期のオペラ。このなかなかおもしろいオペラを知ることができた点では、とてもありがたいし、もちろん十分に楽しめるのだが、あまり良い演奏とは言えないと思う。歌手陣では、キアラのグレタ・ドヴェーリはとても素晴らしい。張りのある美しい声で自在に歌い、外見的にもこの役にふさわしくとてもチャーミング。ドン・メスキーノのピエトロ・スパニョーリはしっかりした歌だった。
だが、セラフィーナのファン・ジョウは高音はとてもきれいだが、全体的にコントロールが甘い。ドン・ラミーロのヒョンソ・ダヴィデ・パクもピカロのンファン・ダミエン・パクも声が伸びず、音程もしっかりしていない。演出意図がよくわからなかったが、キアラのグレタ・ドヴェーリ以外はまるで道化師のように真っ白の化粧をして顎を突き出すような扮装をしている。
セスト・クアトリーニ指揮のオーケストラ・リ・オリジナーリも、私にはかなりもたついている気がする。古楽器のオーケストラのせいもあるのだろうが、もう少しドニゼッティらしく生き生き溌剌としてほしいが、こもった感じがする。
それにしても、アジア系(しかも、どうやら韓国系?)の人が主要な役に3名を占め、合唱団の中にもアジア系の顔の人が大勢いる。何か事情があるのだろうか。それとも今どきのイタリアのオペラの合唱団はどこもこのような状態なのだろうか。日本人としては、わが同国人はどうしたのか!と言いたくなる。
ドヴォルザーク 「ルサルカ」 2022年10月14・16日 トゥールーズ・キャピトル劇場(NHKにて放送)
NHK・BSで放送されたもの。ステファノ・ポーダの演出については見どころはあるのだろうが、演奏面では、私はあまり納得できない。いや、演出も、ここまでやらなくていいのでは?と思う。
水の精の話なので水が出てくるのはよいとしても、それにしてもほぼ全幕、プールというか温泉の浴場というか、そんな場所に設定して、歌手たちが水につかったり、時には水の中にもぐったりして歌う必要が果たしてあるのか。みんなが水浸しになっている。湯気が出ていないところを見ると、かなり温度は低そう。みんな寒くてガタガタ震えているのではないか。そのせいかもしれないが、全員あまり声が出ておらず、なんだか銭湯の中で歌っているように音がこもっている。見た目には、水が美しく、それ以外の場面も視覚的には満足できるが、間違いなく音楽を犠牲にしている。
ルサルカのアニタ・ハルティクは、声はきれいだと思うが、私には音程が不安定としか思えない。声も出ていない。王子のピョートル・ブシェフスキも声はきれいなのだが、オーケストラと音の合わないところが多いような気がする。外国の王女のベアトリス・ユリア=モンゾンはまったく色気も愛嬌もない仏頂面の中年女性として描かれているが、演出家の指示なのだろうか。ヴォドニクのアレクセイ・イサエフとイェジババのクレア・バーネット=ジョーンズはこの中では声が出ていると思う。
ランク・ベアマンの指揮するトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団も、私にはあまり魅力的に聞こえなかった。あちこちに負担をかける演出のために音楽がすんなりと流れていかないのを感じた。スローテンポでしみじみと歌わせようとしていることはよくわかるが、むしろ苦しそうに思えた。
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