オペラ映像「ルサルカ」「当惑した家庭教師」「女の手管」「ロンドンのイタリア女」
オペラ映像を数本見たので、感想を記す。
ドヴォルザーク 「ルサルカ」2023年3月2,7日 英国ロイヤル・オペラ・ハウス
これは超名演! グリゴリアンのルサルカを目当てに購入したのだったが、まずオーケストラの最初の数小節の音に圧倒された。なんと精緻でぴたりと決まった音だろう! リズムに揺るぎがない。腰のすわった静謐な音。そこからひたひたと感動を盛り上げていく。近年のセミョン・ビシュコフの驚くべき魔法のタクト! すごい指揮者になったものだ!
歌手陣も最高度に充実。なんといってもルサルカのアスミク・グリゴリアンがあまりに素晴らしい。魂が震える! この上なく美しくコントロールされた声。ひたむきさ、そして悲嘆が伝わってくる。容姿についてもこの役にぴったり。王子のデイヴィッド・バット・フィリップも実に美しい声。演技は、あまりに一本調子なので何とかしてほしいが、ともかく歌は素晴らしい。水の精のマシュー・ローズ、外国の公女のエマ・ベル、イェジババのサラ・コノリー、そして、皿洗いのホンニー・ウー(アジア系の女性)も文句なし。
演出はアン・イー&ナタリー・アブラハミ。ルサルカは人間に生まれ変わる際、背中のヒレ(?)を切り取られて、大きな傷が残る。その痛々しさを心の傷として具象的に描く。とても説得力がある。それ以外はかなり原作に即したわかりやすい演出。
全体的に本当に素晴らしい上演だが、やはり何といってもグリゴリアンとビシュコフがすごい! 感動した。
ドニゼッティ 「当惑した家庭教師」 2022年11月17,20,26日 ベルガモ、ドニゼッティ音楽祭ソチャーレ劇場
ドニゼッティの初期のオペラ。厳しい父親に育てられたエンリーコは秘密の結婚をしているが父には内緒でいる。エンリーコに相談を持ち掛けられた家庭教師の活躍を描く他愛のないオペラ。しかし、音楽的にはとても楽しい。オペラ・ブッファとしてよくできている。
ドン・ジューリオのアレッサンドロ・コルベッリと家庭教師グレゴーリオのアレックス・エスポージトの二人が圧倒的。新旧のオペラ・ブッファのビッグ・ネームの共演というべきだろう。コルベッリは声こそ輝きを失っているが、巧みな歌いまわしは見事。エスポージトは今が最も声の出る時期なのだろう。素晴らしい声。この二人に関しては言うことなし。
それ以外の歌手陣は、ドニゼッティ劇場財団が運営するマスタークラスの研修生から抜擢されたということで、将来活躍する人たちだろうが、今のところはまだかなり弱い。エンリーコのフランチェスコ・ルチイは輝かしい声だが、音程がかなりふらついている。ジルダのマリレーナ・ルータもレオナルダのカテリーナ・デッラエレも歌が堅い。とはいえ、若々しくてとても好感が持てる。
ヴィンチェンツォ・ミッレタリの指揮するドニゼッティ歌劇場管弦楽団は健闘している。演出はフレンチェスコ・ミケーリ。時代を未来にとって、登場人物は宇宙服のようなものを着ている。イタリアらしい斬新な色使いで、まさに超時代的に描く。飽きずに見ることができる。
チマローザ 「女の手管」 2022年10月6,8,9日 フラーヴィオ・ヴェスパジアーノ劇場(レアーテ音楽祭ライヴ)
チマローザの珍しいオペラ。アレッサンドロ・デ・マルキ指揮によるテレージア管弦楽団という古楽器のオーケストラの演奏。歌手陣はみんな若い。チェーザレ・スカルトンは、めったに上演されないオペラにふさわしく、簡素でありながら、おそらく台本にかなり忠実。きびきびしていてとても好感の持てる演奏と演出だ。
女性陣、すなわちベッリーナのエレオノーラ・ベロッチ、エルシーリアのマルティーナ・リカリ、レオノーラのアンジェラ・スキザーノがとてもいい。男性ではドン・ジャンパオロのロッコ・カヴァルッツィとドン・ロムアルドのマッテーオ・ロイ(個性派俳優の滝藤賢一にとても似ているように私には見える)がとぼけた面白い味を出している。ただ、主役格のフィランドロを歌うヴァレンティーノ・ブッツァが私には音程が不確かに思えた。
チマローザのオペラとしてはあまり傑作ではないと思う。ストーリーは、高額な遺産の条件に見知らぬ男と結婚することを強いられた女性が計略によって愛する男性と結婚するまでの混乱を描くもので、なかなか面白い。音楽も流麗で自然で、とても美しい。ただ、それだけで終わっている感がある。モーツァルトのオペラから、ぞっとするような美しいところをカットして、何でもないところをつなげたような感じとでもいうか。それなりには楽しめるが、「チマローザは素晴らしい」という気持ちにはならなかった。
チマローザ 「ロンドンのイタリア女」 2021年10月30日、11月5日 フランクルト歌劇場
もう一本、チマローザのオペラをみた。こちらは文句なしに楽しめた。まず、レオ・フセイン指揮のフランクフルト歌劇場管弦楽団のしなやかで生き生きとした音楽に惹かれる。モーツァルトに引けを取らない躍動感と美しさ。わくわくしてくる。R.B.シュラザーによる演出もシンプルだが、とてもおもしろい。舞台を現代(と言っても、20世紀末の雰囲気)にとって、ほとんど道具立てもないが、人物の動きと斬新なデザインだけで楽しませてくれる。
歌手陣も素晴らしい。アレスピンのユーリ・サモイロフは伸びのある自然なバリトンの声がほれぼれするほど。ブリランテ夫人のビアンカ・トニョッキはまさに芸達者で、声も張りがあってとてもいい。スメルスのテオ・レボウ、ドン・ポリドーロのゴードン・ビントナーも軽妙な演技としっかりした声で文句なし。ヒロインのリヴィアを歌うアンジェラ・ヴァローネは、容姿はハリウッド女優並みの美しさだが、歌の方はほかの歌手陣よりも少し劣る気がする。ちょっと歌が堅い。だが、音程の良い清楚な声はとてもこの役にふさわしい。まだ若いので、きっとこれからぐんぐんと力をつけてくるのだろう思う。
このオペラはなかなかの傑作だと思う。「チマローザのオペラはおもしろい」と心底思った。
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