小泉&都響のブラームス 円熟の極み!
2024年8月1日、ミューザ川崎シンフォニーホールで東京都交響楽団の演奏会を聴いた。指揮は小泉和弘。曲目は前半にモーツァルトの交響曲第40番、後半にブラームスの交響曲第1番。素晴らしい演奏だった。
まさに円熟。何もひけらかさない。なにも誇張しない。無理やりのところはまったくない。基本的にいつものスタイルで前かがみになって両手を動かすだけ。その動きによってオーケストラの音楽に勢いが生まれ、歌が生まれ、高揚が生まれる。タメを作って大きく鳴らすところはあるが、それもきわめて自然。それなのに、ぐいぐいとオーケストラを引っ張り、観客を感動させる。
モーツァルトのほうは、私はもう少しだけ「悲しみ」を強調してもよいのではないかと思って聴いていた。かなり抑え気味の演奏だった。もちろん、音楽に勢いがあり、音色は美しく、音の絡まリは素晴らしい。都響サウンド言うべき、しなやかで潤いのある音の重なり。構成感もしっかりしていて、きわめて理にかなった音楽の展開。ただ、あまりに自然すぎ、あまりに理にかないすぎていると思った。が、終楽章でまさに小林秀雄が言うような「悲しみの疾走」になった。なるほど、このような展開にしたかったのか!と思った。抑え気味にして、最後にひそかに悲しみが疾走していく。
ブラームスの方は最初からティンパニが大きく鳴り、悲劇的な要素を前面に押し出す。しかし、これもまったく誇張はない。なるほど、ブラームスはこう書いているのだろう。いかにもブラームスらしい重心の低い安定した演奏。木管は美しく、金管はどっしりし、弦楽器は抑制しながらのロマンティックな思いを語る。そして、それらのバランスがとてもいい。まさにいぶし銀の世界。すべての音が安定し、安定した中で高揚し、情熱が静かに高まっていく。そして、大きく爆発していく。それが唐突感なく、作り上げられていく。
久しぶりにオーソドックスな小泉のモーツァルトとブラームスの超名曲を聴きたいと思って足を運んだのだったが、いやいや、期待以上に素晴らしかった。もちろん以前から素晴らしい指揮者だとは思っていたが、この円熟はただごとではない。大指揮者にこのようなことを言うのはあまりに失礼だとは承知しているが、なんだかもう一段高いレベルに到達したように思った。まさに巨匠だと思った。
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