9月中旬になったのに、連日33℃、34℃。この先も暑さが続く予報だ。私は部屋を涼しくしてマイペースで過ごしている。オペラ映像を3本みたので感想を記す。
モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 2014年8月 ザルツブルク音楽祭
実際に私がザルツブルクで観た年に録画されたものだ。私は8月12日に観たのだったが、この映像が同日のものかどうかはわからない。あれから10年以上たっているので、細かいところまで覚えていない。が、深い感動を覚えたのを思い出した。今、映像でみても本当に素晴らしい。
ドン・ジョヴァンニ役のイルデブランド・ダルカンジェロが太い美声で魅力的な悪漢を見事に演じている。レポレッロのルカ・ピサローニも、知的な風貌で、しかも太い美声なのに見事に軽妙な役を演じている。騎士長のトマス・コニェチュニーも凄味があり、アンドリュー・ステイプルズのドン・オッターヴィオも見事な美声。マゼットのアレッシオ・アルドゥイーニは声は美しいが、おもしろみに欠けるのがちょっと残念。とはいえ、これほどまでにそろった男声陣を聴くことはめったにないだろう。
女声陣はいずれも声も容姿も理想的。なかでもドンナ・エルヴィラを歌うアネット・フリッチュの迫力ある美声が素晴らしい。ドンナ・アンアのレルケ・ルイテンも清純でありながらも芯の通る声で演技力も抜群。ツェリーナは歌も演技も少し弱いが、それでも十分に可憐な役を演じている。
演出はスヴェン=エリック・ベヒトルフ。舞台をホテルに設定し、警察関係者らしい騎士長が売春婦の一斉摘発をしようとしたところ、そこに我が子ドンナ・アンナがいて、混乱の中でドン・ジョヴァンニに殺されてしまうということらしい。貴族階級の人たちはホテルの客で、庶民はホテル従業員。最後、すべてが解決した後、ドン・ジョヴァンニがよみがえって、また女性を追いかける。「どんなに罰せられようと、男はみんなこうしたもの。男のさがは変わらない」ということだろう。
ウィーン・フィルを指揮するのはクリストフ・エッシェンバッハ。実演を聴いた時ほどの衝撃は覚えなかったが、やはり深みのあるどす黒い世界をしっかりと描いて見事。
モーツァルト 「フィガロの結婚」2015年8月9日 ザルツブルク音楽祭
「ドン・ジョヴァンニ」の翌年のザルツブルク音楽祭の上演。かなりの歌手が重なっている。歌手陣は充実。とりわけ伯爵夫妻がとてもいい。伯爵のルカ・ピサローニは、声も素晴らしく、傲慢で横暴な貴族というよりも神経質で陰険な人物像を作り出してとても説得力がある。伯爵夫人のアネット・フリッチュは美しい声で情感豊かに歌う。ハリウッド女優並みの美形であるためにいっそう感情移入してしまう。2010年代に活躍したのち、あまり名前を聞かなくなったようだが、今、どうしているのだろう。2014年に実演を聴いて凄いと思ったが、今回映像を見ても改めて深い感銘を受ける。
スザンナのマルティナ・ヤンコヴァも二人に匹敵する素晴らしさ。自在な歌いっぷりで全体の雰囲気を作り出している。フィガロを歌うのはアダム・プラチェツカ。しっかりした声で健闘しているが、フィガロらしい軽妙さに欠けるのが残念。ケルビーノのマルガリータ・グリシュコヴァは男っぽい太い声。これまで可憐な声で歌われることが多かったが、確かにこのような声のほうがこの役にふさわしい。バルバリーナのクリスティーナ・ガンシュも迫力ある歌いっぷり。マルチェリーナを歌うのはなんとアン・マレー。声は出ないが、さすがの貫禄!
演出はスヴェン=エリック・ベヒトルフ。かなりリアルな造りで、舞台を20世紀前半(電話があり、蓄音機があり、ネクタイにスーツ姿!)に変えて、貴族の館の日常生活の中にこのストーリーを織り込む。いくつもの小さな部屋で仕切られている様子が描かれ、使い込まれて汚れの目立つ壁、作業をしたり、食事をしたりする召使たちがリアリティを作り出す。ただ、歌っていない人も絶えず舞台上で何かをしていることになるので、私は音楽に集中できず、うるささを覚えた。また、痛みや辛さを強調するためか、伯爵夫人が足を引きずっているが、そんなことをする必要があるのか疑問に思う(それとも、フリッチュが怪我をしていたために、仕方なくこのような設定にしたのだろうか?)。バジーリオがどうやらケルビーノに激しく片思いをしている様子。これも余計だろう。
ウィーン・フィルを指揮するのはダン・エッティンガー。悪くはないし、序曲など細かい工夫をあれこれしているのはよくわかるが、推進力が弱く、モーツァルトの音楽の愉悦に浸ることはできなかった。
ヴェルディ 「二人のフォスカリ」 2022年 ハイデンハイム・オペラ・フェスティバル
あまり期待せずに見始めたのだったが、素晴らしかった!
まず驚いたのが、指揮のマルクス・ボッシュ。以前、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の目覚ましい指揮を映像で見た記憶がある(ただ、その時の映像と比べて、同じ指揮者とは思えないほど体型が変化している!)が、その時に匹敵する凄さ。ドラマティックで切れがよく、音楽に推進力がある。オーケストラはカペラ・アクイレイア。この音楽祭のために結成された臨時のオーケストラのようだが、とても精度が高い。
歌手陣も充実している。フランチェスコ・フォスカリのルカ・グラッシはまさに熱演。深い声で悲劇的な役を歌いきる。ヤコポ・フォスカリのエクトル・サンドバルも高貴な美声で不遇の若者を見事に歌う。ルクレツィアのソフィー・ゴルデラッヅェはちょっと線が細いが、これも熱演。必死の状況が伝わって、これはこれで悪くない。
演出はフィリップ・ヴェスターバルカイ(と読むのかな? Philipp Westerbarkei)。簡素な装置だけの舞台で、全員が現代の服装で歌い、ガラの悪い派手な身なりの男女が黙役として登場する。演出意図はよくわからないが、どうやらヴェネツィア総督の地位をめぐっての抗争を現代のギャング(あるいはマフィアというべきか)の抗争と重ね合わせ、金の亡者になる権力者たちを皮肉っているようだ。演出にあまり説得力は感じなかったが、ともあれ、演奏は素晴らしいので、とても満足。
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