「影のない女」ではなかった! 単なる悪ふざけだった!
2024年10月24日、東京文化会館で、リヒャルト・シュトラウス作曲、ホフマンスタール台本の「影のない女」が上演されるということで期待して出かけたのだったが、これは「影のない女」ではなかった。
プログラムの中でドラマトゥルクのベッティーナ・バルツという人物がわざわざ「あらすじ」を書いているが、これはまったくホフマンスタールの「影のない女」ではない。マフィアの争い、遺伝子操作研究所、心理療法の治療室での話だとされ、音楽も順番が違っていたり、あるべき場面がなかったり。バラクと皇后がセックスしたり、バラクが妻をピストルで殺したり。舞台上で人物が何やらしているが、「あらすじ」を読んでいても、いったい何が起こっているのやらさっぱりわからない。聞こえてくる音楽や語られるセリフと舞台上の動きがまったく異なる。
このオペラは確かに、子どもを産めない女性を題材にしており、その意味で現代では物議をかもすテーマではある。だが、大作家ホフマンスタールを見くびっていけない。そんなに単純に子供を産めない女性を蔑視しているわけではない。それを理由に、こんな意味不明の演出を横行させてはならない。悪ふざけもいい加減にしてほしい。
これは演出のペーター・コンヴィチュニーが勝手に切り貼りした偽物の「影のない女」。いつから演出家は作曲家や台本作家よりも偉くなったんだろう!
演奏家たちがかわいそうだと思った。客も四分の一程度しか入っていなかったのではないか。終わった後、日本では珍しい大ブーイング。
指揮はアレホ・ペレス。東京交響楽団はきれいな音を出していた。が、演出がこうでは、何が起こっているのかわからないので、音楽の表情もさっぱりわからず。
歌手陣は皇后の冨平安希子、乳母の藤井麻美、バラクの大沼徹はとてもよかった。皇帝の伊藤達人、バラクの妻の板波利加もよかった。ひと昔前からは考えられない声の充実だと思う。
繰り返すが、それにしても、このような演出家の悪ふざけを許していいのだろうか。
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コメント
樋口先生、いつもポストありがとうございます。
毎回、楽しみに拝読しております。今回も貴重な情報、重ねてありがとうございます。
二期会ホームページに当公演のチラシがあります。
(☞https://nikikai.jp/lineup/die_frau_ohne_schatten2024/)
この裏面にSTORYが記載されていますが、これとプログラムの「あらすじ」及び実際の公演内容に著しい乖離があると問題だと思います。
観客は、シュトラウスとホフマンスタールの「影のない女」を期待してチケットを購入しているわけで、そこからかけ離れた演出や演奏のカット・組み替えをするなら、事前に周知徹底するべきで、当然チラシでもその旨、しっかり記載するべきです。
もしチラシには通常の「影のない女」のSTORYが書かれていて、蓋を開けたら、全くの別物って、そりゃないよーというか、場合によっては法律的にも不味いんじゃないでしょうか。
事前に周知徹底した上なら、チケットを買うか否かは自己責任です。読みかえ演出やカット、組み換えを好む人もいると思いますし。コンヴィチュニーがやらかすのを期待する人もいると思うからです。
しかし、周知徹底しないなら、主催者側の問題だと思います。少なくてもチラシには載せるべきでしょう。
「鬼才コンヴィチュニー、大胆不敵な読みかえ!」とか「シュトラウスの、ではなくコンヴィチュニーの、というべき、衝撃の影の女」とか大きな文字で明記して、演奏時間や主なカット、組み換えた箇所を明示して、STORYには読みかえた「あらすじ」を記載するべきだと思います。
もしそうした周知徹底をやらないなら、読みかえ・カット・組み換えなんか、やめたほうがいいとさえ思います。
なお、私自身は演奏カットと読みかえ肯定派ですが、新国のカタリーナワーグナーのフィデリオなんかレビューを読んでゾッとしたし(行かなくてよかったとも)、逆に日本のプロダクションでヘンデルのGチェザーレを大胆カットして2時間台にしたというレビューを読んで賛同しましたし、偏愛するドン・カルロスが破茶滅茶な読みかえ、別の作曲家の曲を組み込んだと聞き、逆に行けばよかったと思いました。
「ネタバレ」などとしょーもないことを恐れずに、公正命題というか、正々堂々というか、事前に全てあからさまにすればいいんだと思います。
投稿: BRIO | 2024年10月25日 (金) 18時45分
BRIO 様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通り、今回の「影のない女」は、「詐欺だ、金返せ」という主張が成り立つレベルの改変だったと思います。そもそもドゥラマトゥルクが原作と異なる「あらすじ」を示すこと自体、これがホフマンスタールに基づかない作品であることを認識していたはずです。ただ、東京二期会もコンヴィチュニーに依頼した手前、今更「手加減してくれ」ともいえず、困ってしまったとは思うのですが。
いずれにせよ、今後、コンヴィチュニー演出のオペラのチケットは一切買わないことにします。
なお、私は基本的に読み替え否定論者ですが、カタリーナとはどうも気が合うようで、「マイスタージンガー」も「フィデリオ」も大いに感動したのでした。また、バロックオペラに思い入れがないせいかもしれませんが、ヘンデルのオペラを大胆にカットするのには大賛成です。
投稿: 樋口裕一 | 2024年10月26日 (土) 21時36分