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オペラ映像「トリスタンとイゾルデ」「ギリシャ受難劇」

 9月から、後期だけ週に1日、大学で教えている。それ以外は、家でごろごろして原稿を書いたり、小論文指導の仕事をしたり、本を読んだり、テレビをみたり、孫の面倒をみたり。歌劇・楽劇の映像をみたので簡単に感想を記す。

 

ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」 2024年7月25日 バイロイト祝祭劇場(NHKBS

 NHK/BSのプレミアムシアターで放送された。

 指揮はセミョーン・ビシュコフ。私の大好きな指揮者だ。2008年にこの人の指揮するパリ・オペラ座の来日公演の「トリスタンとイゾルデ」をみて大いに感動したのを覚えている。今回は、もっと進化したというべきか。ぴたりとリズムの決まった静謐な音。そこから精妙な音が立ち上がって徐々に徐々に感情が高まり、ドラマが大きく動いて陶酔に導く。第2幕はことのほか素晴らしい。

 ただ私はこの「トリスタンとイゾルデ」を「揺らぎ」の音楽だと思っている。もしかしたら、高校生のころからフルトヴェングラー指揮のレコードを繰り返し聴いて刷り込まれたのかもしれないが、海の揺れ、心の揺れ、血潮の揺らぎが「トリスタンとイゾルデ」の本質だと思う。その点では、ちょっと私の理想とは違っていた。が、ともかく言葉をなくす素晴らしさであることは間違いない。

 歌手陣も最高。トリスタンのアンドレアス・シャーガーも見事にこの役を歌いきる。第3幕で少し声がかすれるが、むしろそのほうが瀕死のトリスタンにふさわしい。先日、ブルーレイでジークフリートを歌うシャーガーを聴いたばかりだが、あまり英雄的な声ではないので、トリスタンのほうが声質にあっていると思う。

 イゾルデのカミッラ・ニールントは20年以上前、武蔵野市民文化会館でリサイタルを聴いて以来の私のひいきの歌手なのだが、これまでのすべての役にまして今回は素晴らしい。清楚で高貴で、しかも強靭な声。イゾルデにぴったり。

 マルケ王のギュンター・グロイスベックは深い声で口をゆがめて怒りを表現。クルヴェナールのオウラヴル・シーグルザルソン、ブランゲーネのクリスタ・マイヤー、メロートのビルガー・ラデ、ともに申し分ない。

 演出はソルレイフル・オーン・アルナルソン。第1幕、イゾルデは筆記文字がびっしり書かれた衣装を身に着けている。イゾルデの肉体には「思い」がこもっているということだろうか。ブランゲーネが用意した媚薬を二人は飲まない。イゾルデがはねのける。飲まないまま二人は愛に溺れる。

 第2幕は雑多なものの置かれた船底で展開される。「夜」を称える場面では、むしろ赤い光(人工の光ということだろう)がむしろ強まる。最後、トリスタンはメロートに切られるのではなく、そこで媚薬の瓶を取って飲む。が、これは毒薬ということらしい。

 第3幕、ここも船底。ただし、第二幕と雰囲気は異なる。今度はトリスタンが文字に覆われた服を着ている。イゾルデは愛の死の前に毒薬を飲む。

 つまり、二人は媚薬のおかげで愛し合うわけではない。二人の愛は必然だったとみなされ、トリスタンが瀕死状態になるのも、イゾルデが死に至るのも毒薬を飲んだためとされている。媚薬だの、前兆もなく突然死ぬなどのワーグナーの台本の前近代的な部分をうまくかわして、台本の本質をあらわにしたといってよいかもしれない。全幕が船の中で展開されるというイメージも、全体を「揺らぎ」だと考える私にはかなり説得力が感じられる。演奏がもっと揺らぐものだったら、もっとこの演出にあっていたかもしれない。バイロイト音楽祭の演出としては、とても納得できる演出だった。演出陣がカーテンコールでさかんにブーイングを浴びせられていたが、それがなぜなのか私には納得できない。ともあれ満足の行く「トリスタンとイゾルデ」だった。

 

マルチヌー 「ギリシャ受難劇」(1961年版)20238月ザルツブルク音楽祭、フェルゼンライトシューレ

 昨年だったか、このオペラのDVDを見て、実はあまり深い感銘を受けなかった。が、今回みて、強く惹かれた。現代的な音がして、鋭く、しかも深みがある。ストーリーもとてもおもしろい。

 村で催される受難劇で心ならずもイエス・キリストの役を与えられたマノリオスが、ギリシャからやってきた難民を救おうとし、村の司祭フォティスに破門され、現代のキリストのように殺される物語。ただ、英語歌唱なのがちょっと残念。

 モノリウスのゼバスティアン・コールヘップが気品ある声と演技。マグダラのマリア役のカテリーナを歌うサラ・ヤクビアク、グリゴリス司祭のガボール・ブレッツ、フォティス司祭のルカーシュ・ゴリンスキー、レニオのクリスティーナ・ガンシュなど、すべての役が実に適役。

 マキシム・パスカルの指揮するウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ももちろん精妙な音でとてもダイナミックに演奏。演出はサイモン・ストーン。登場人物は現代の服装。ほとんど装置のない空間で展開される。現代の難民問題と重ね合わせ、難民排斥に走る保守的な民衆を批判している。リアルな空間ではないだけに、いっそう現代性を持っている。とてもいいオペラだと思った。

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