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英国ロイヤル・オペラ・ハウス 「フィデリオ」 充実した演奏、挑発的な演出

 イギリス、アイルランド旅行から帰って5日がたつ。通常の仕事のほか、10日間留守にしたためにたまった仕事があって、毎日、それなりに忙しい。しかも、時差ぼけがまだ完全には解消していない。遅くなったが、旅行中の20241016日にコヴェントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスでみた「フィデリオ」の感想を記す。

 指揮はアレキサンダー・ソディ、演出はトビアス・クラッツァー。このプロダクションは数年前、NHKで放映されたことがある。ただ演出は少し異なっていたような気がする。とても良い上演だった。

 席に着くと、舞台上に観客席が映し出されている。次々と席についた客たちがそれに気づいて反応している。舞台上には、またフランス語で「自由・平等・友愛」の文字。

 序曲の始まりとともに舞台が開く。牢獄にフランス国旗がかかっている。革命後の混乱期らしい。貧しい市民がやってきて食料を奪い合っている。殺伐とした雰囲気。

 そうした中で、「フィデリオ」が始まる。

 歌手陣はきわめて高いレベルでそろっている。レオノーレのジェニファー・デイヴィスは強靭で美しい声。ただ少し抑え気味なのかも。第2幕になってから声が出てきた。マルツェリーネのクリスチーナ・ガンシュはまっすぐなよく伸びる声でとてもいい。ヤッキーノのミヒャエル・ギブソンもしっかりした声。ロッコのペーター・ローズも堂々たる声で深みがある。ドン・ピツァロのヨッヘン・シュメッケンベッヒャーは、ちょっと無理をしている感もあるが、悪漢らしいどすの効いた声を出す。フロレスタンのエリック・カトラーはとてもきれいな声でコントロールもしっかりしているが、ちょっとベルカント風でこの役にはふさわしくない気がした。しかしとても良い歌手だと思う。抜きんでた歌手はいないが、アンサンブルが良く、いずれもしっかりと役柄をこなして実に見事。

 ソディは来日もしているようだが、私はこの人の指揮を初めて聴いた。第一幕は快速の演奏ではあるが、丁寧な音作りで音楽を進めていき、第二幕になって躍動的になってきた。前半は堅実に演奏し、後半盛り上げていったといえるだろう。その作りは成功していると思う。

 やはり問題なのは演出だろう。どうやら、状況からすると、ドン・ピツァロは革命派の人物らしい。フランス革命のテロルの時代、権力争いの中で、マラー、ダントンら革命派の人々が次々と失脚していくが、ピツァロもその一人ということになりそうだ。

 NHKでみたときに驚いたが、なんと第一幕の段階で、レオノーレが女であることにマルツェリーネが気づく。そして、第二幕は、舞台の前方に牢獄の地下の場面が作られ、現代の服を着た聴衆がそれをとり囲んで眺めている中で展開される。初め、聴衆はものを食べたりあくびをしたりしながら無関心にフロレスタンの状況を眺めている。が、徐々に、フロレスタンに同情し、心を動かされるような態度を示し始める。そして山場に差し掛かり、牢獄では、フロレスタンを殺そうとするピツァロにレオノーレは自分の正体を明かして救い出そうとする。と、そのとき、レオノーレの意図を知っていたマルツェリーネがピストルでピツァロを撃って二人を助ける。同時に、現代の服を着た聴衆がなだれ撃つように立ち上がってピツァロに詰め寄り、一緒になってフロレスタンを解放する。その後、レオノーレ第三番なしに終盤に入る。囚人たちの解放は描かれず、現代の服を着た聴衆が厳しい表情で、挑むように舞台の前面に出てくる。

 ウクライナで、ガザで多くの人々が苦難にあっている。今の次々と無垢の人々が殺され、理不尽な暴虐にあっている。それなのに世論はのんきに構えている。フロレスタンの解放を手伝った聴衆は、私たちにこのままのんきな気持ちでいいのか、立ち上がらなくていいのかと訴えかける。私たち聴衆が自分たちを反省するのを促すために、オペラが始まる前から、私たちの映像が舞台に映し出されていたのだった。

 見直してはいないのだが、この最後の部分は、NHKの放映の上演ではなかったような気がする。確か、聴衆は最後まで暢気に構えていたと思う。ウクライナやガザの状況に憤ったクラツァーが手を加えたのだろうか。

 私は基本的には読み替え演出反対派なのだが、この演出はベートーヴェンの精神に即していると思う。大変説得力のある演出だった。

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