2025年になった。昨年2024年は、世界では様々なことが起こったが、我が家では、それまでの数年に比べれば、ともあれ平穏だった。今年も我が家は平穏であってほしい。そして、国際社会に大事件が起こらないでほしい。起こりそうで怖い!
昨年の秋から、本2冊分の原稿を書いていたため、時間に追われ、自宅でゆっくりとオペラ映像をみる時間も精神的余裕もなかった。20年ほど前には、必死になれば本1冊を1週間ほどで書いていた(まあ、大した内容ではないのだけど)が、今はその何倍もかかるようになっている。とりわけ今回は何度も壁にぶつかって時間がかかった。年が明けて、やっと少し落ち着いたので、購入済みのBD、録画したままになっていたNHKBSで放送されたオペラ番組をみた。簡単な感想を書く。
モーツァルト 「フィガロの結婚」2023年7月(ザルツブルク音楽祭)モーツァルト劇場
演出のマルティン・クシェイは現代を舞台にしている。そのため、建物の調度品などが無機的。第1幕のケルビーノが隠れる「椅子」は登場せず、カーテン越しの別室。第2幕の伯爵夫人の部屋はまるで浴室。第3幕はホテルのバーのような場所。第4幕は草ぼうぼうの野原の雰囲気。あえて洗練された貴族の館という雰囲気を消している。
歌手陣は高いレベルで充実している。さすがザルツブルク音楽祭! なかでもスザンナ役のサビーヌ・ドゥヴィエルが声のコントロールといい美声といい、まさに申し分ない。ただ、伯爵夫人役のアドリアナ・ゴンザレスは声は素晴らしいけれどもちょっと庶民的な風貌なので、スザンナのドゥヴィエルのほうが伯爵夫人のように見える。ちょっと違和感を覚える。
アンドレ・シュエンのアルマヴィーヴァ伯爵は若々しくてとてもいい。フィガロを歌うクシシュトフ・ボンチクは悪くないのだが、あまりに大柄で、機敏で機転の利くフィガロといった雰囲気がない。ケルビーノのレア・デサンドレは、悪くはないのだが、私には声の面でも演技の面でもあまり魅力を感じなかった。そのほか歌手陣はまったく穴がなく、みんなが実に見事に役を歌っていると思った。
ウィーン・フィルを指揮するのは、ラファエル・ピション。引き締まった高貴な音でまとまりがとてもいい。無理なく音楽を推進していく。素晴らしい演奏だと思った。
ポンキエッリ 「ジョコンダ」 2024年4月10・16日 サン・カルロ劇場 (NHK・BSで放送)
ジョコンダをアンナ・ネトレプコが歌う。確かに素晴らしいが、ひと昔前のネトレプコと比べると、かなり声が重くなって、かつての澄んだ強靭な声が少し影を潜めた感じ。その分、低音の凄みが増していればよいのだが、それほどの迫力ではない気がする。とびぬけた歌唱を期待していたのだが、少しだけ期待外れ。
エンツォを歌うのはヨナス・カウフマン。こちらも素晴らしいが、これまたイタリア・オペラを歌うには少し声がくぐもっている。バルナバのリュドヴィク・テジエ、バドエーロのアレクサンデル・クペツィは悪役が魅力的。ラウラのエヴ・モー・ユボーは声はきれいだが、歌が少し一本調子。
指揮はピンカス・スタインバーグ。なつかしい名前! ちゃんと活躍していたんだ。ただ、手堅いとは言えるのかもしれないが、いかにも地味で、しかもちょっとオーケストラを把握しきれていないところがあるような気がするのだが。演出はロマン・ジルベール。かなり伝統的な演出だが、きれいでわかりやすい。
ウェーバー「魔弾の射手」 2024年7月12・17・19日 ボーデン湖上ステージ ブレゲンツ音楽祭2024(NHKBS)
そもそも音楽環境の良くない野外で、しかも湖畔。水を効果的に使う。この音楽祭でまともな演奏を期待する方が無理なので、まあエンターテインメントとしてみるしかなかろうと思っていた。思った通りの上演。ただ、そのわりに楽しめた。
演出・美術・照明はフィリップ・シュテルツル。ストーリーはかなり改変。原作にはないプロローグがついており、そこではマックスが絞殺刑に処せられることになっている。ザミエルが語り手として、たびたび登場して話を進めていくが、そこでもストーリーはかなり原作と異なる。聞き覚えのある音楽がなかったりする。時間も2時間程度なので、かなり短縮されている。最後、実際にマックスは処刑されそうになるが、隠者が現れて、台本が書きかえられる、という趣向。
先日のコンヴィチュニーの「影のない女」と同じような意味で、これもウェーバーのオペラというよりは、演出家シュツルテルの「魔弾の射手」。ただ、偉大なホフマンスタールの台本を改変されると激怒するしかないが、「魔弾の射手」の台本は、そもそも支離滅裂なので、このように整理して見せてくれるのはむしろありがたいと思うべきだろう。(逆に言うと、コンヴィチュニーさんは、ホフマンスタールの原作の深みをまったく理解できず、「影のない女」を「魔弾の射手」と同程度の台本としかとらえられなかったということだろう)。
演出は水をふんだんに使ったもので、歌手陣は川に飛び込んだり凝ったり、大変そう!
歌手陣は悪くないが、録音(全員がマイクをつけている)のせいなのか平板な歌いっぷりで、まるでミュージカルのように聴こえる。
アガーテのニコラ・ヒレブラントは伸びのある美声、容姿はまるで天海祐希! エンヒェンはカタリーナ・ルックガーバー。この二人はとてもよかった。カスパールのクリストフ・フィシェッサーもしっかりした声。マックスのマウロ・ペーターは演出のせいなのかちょっと生ぬるい歌い方だが、なかなかの美声。
菅弦楽はウィーン交響楽団、指揮はエンリケ・マッツォーラ。演奏環境の悪い中で健闘していると思うが、それほど大きな感銘は受けなかった。
プロコフィエフ 「賭博者」2024年8月12・17日 ザルツブルク フェルゼンライトシューレ (NHK/BSにて放送)
演出はピーター・セラーズ。ロシア・アヴァンギャルド演劇ふう演出(私は大学時代、ロシア演劇の講座でメイエルホリドの演出についてかなり教えられた!)。これまでこのオペラの映像を2本ほど見たが、どうもしっくりこなかった。今回見て納得。このオペラはこのような演出によってこそ本来の力を持つ。なるほど、プロコフィエフはこのような舞台を想定したのだろう。けばけばしい色彩の舞台の中で、論理的な脈絡を飛躍した不気味で激情的な演技によってストーリーが展開する。
原作はドストエフスキーだが、結末は少し違う。が、ドストエフスキーの世界を壊していない。男声陣がみんな汗だく。もしかして、エアコンが切れていた? いや、もしかすると、ドストエフスキー的な激情を持ち、ルーレットに取りつかれた登場人物を表現するための手法なのか。
歌手陣は最高度に充実している。アレクセイのショーン・パニカーはこの役にふさわしい熱演。声も美しい。そして、ポリーナのアスミク・グリゴリアンはもはや別格。こんな歌もこんなのものすごく歌えるのか!と改めて驚嘆。ドストエフスキーの登場人物(グルーシェンカやナスターシャ・フィリッポヴナ)にふさわしい女性を演じる。将軍のチェン・ペイシンも堂々たる深い声で賭博に取りつかれた廃人を歌う。おばあさまを歌うのはヴィオレタ・ウルマナ。これまたさすがの歌と演技。
ウィーン・フィルを指揮するのは、ティムール・ザンギエフ。聞いたことのない指揮者だが、プロコフィエフの才能の爆発したようなこの曲を見事にコントロールし、色鮮やかに爆発させるところは本当に見事。
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