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東京二期会「カルメン」 ただつまらなくしただけの演出

 2025224日、東京文化会館で東京二期会公演「カルメン」をみた。指揮は沖澤のどか、演出・衣裳はイリーナ・ブルック。沖澤さんの「カルメン」をぜひ聴いてみたいと思って出かけたのだった。

 まず、演出に少々がっかりした。第1幕、殺風景な場所に塹壕のようなものが中央に見え、横に軍隊の詰め所があり、塹壕のようなところから女たちが登場する。なんだか情景がわからない。そこでドン・ホセはカルメンと出会うが、この設定では、ドン・ホセがカルメンのどこに惹かれたのかさっぱりわからない。カルメンの魅力も伝わらない。子どもたちがなぜいるのかもわからない。意味不明。第2幕もいったいどこかわからない。無機質なので、共感もできないし、そもそもオーケストラの音楽が何を語ろうとしているのかもわからない。第4幕は闘牛場らしいとわかるが、しかし、なぜこの幕だけ具象的なのか理解不能。しかも舞台が意味不明なために、合唱団や歌手陣が踊ったり、手を動かしたりするが、それにどんな意味があるのかもわからない。

 近年の読み替え演出のように何かのメッセージを強く打ち出しているわけでもない。新たな解釈を示しているわけでもない。ただつまらなくしただけの演出だと思った。

 歌手陣については、カルメンの和田朝妃には、かなりの非力さを感じた。ヴィブラートが強く、初めのうち音程も不安定だった。歌にも外見にも「華」がなく、カルメンの存在感がない。声そのものはだんだんと整っていったが、やはり最後まで説得力不足だった。

 ドン・ホセの古橋郷平は声量があり、外見もこの役にふさわしいが、声のコントロールが甘いというのか、音がぴしゃりと決まらないのを感じた。

 もっともよかったのは、ミカエラの七澤結だった。澄んだ音程のいい声でしみじみと歌って、世間知らずの心やさしい女性を好演。エスカミーリョの与那城敬はさすがの貫禄なのだが、役作りなのか、ちょっと無理やり悪役風の声を出そうとしているように思えた。高貴な声を持っているのだから、そのまま歌ってもいいのではないか。そのほかの歌手陣も全体的に好演。とびぬけた存在を感じることはなかったが、安定していた。

 指揮の沖澤については、やはりまだオペラには慣れていない様子を感じた。歌わせようとしているのだと思う。だから、そのような場面ではしっかりと場面が生きる。最終幕はさすがにしっかりと感動的にまとめた。だが、歌わせようとするあまり、ドラマの流れをあまり考えていないのではないかと思われるところがあった。演出が意味不明なために、音楽の意味を私たち聴衆がくみ取れなかったところもあると思うが、それにしても、ドラマ的な盛り上がりがなく、もたついていると思われるところもあった。

 が、ともあれ、さすが「カルメン」。これははっきり言って、かなりレベルの低い演出だと思うが、それにもかかわらず、最後には観客の心を動かす力を持っている。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。いつも楽しく拝見しています。
常々不思議に思っているのですが、演出が意味不明だと仰る方はそもそも演出家のインタビュー記事を読んだりパンフレットをちゃんと買って演出ノートを読まないのでしょうか?
もちろん「予備知識無しでは意味が伝わらないような演出が悪い」という考え方も理解は出来ますが‥。

投稿: NN | 2025年2月24日 (月) 23時23分

NN 様
コメント、ありがとうございます。
私は基本的に演出ノートなどは読まないことにしています。「演出は、言葉の助けなしに成り立つものでなければならない。演出意図を読んだ人にしか理解できないような演出は、好ましい演出とは言えない。舞台装置や登場人物の仕草や表情から、それをわからせなければならない」と考えています(このことを、これまでこのブログに何度か書いてきました)。気に入った演出で、部分的にもっと知りたいと思ったときなどはパンフレットを購入して読みますが、それ以外はほとんど読みません。今回は、朝日新聞の夕刊のインタビュー記事は読みましたが、それ以上の予備知識はあえて持たずに会場に出かけました。
演奏家には自分の演奏意図について口で語るのではなく、演奏によって思いを伝えてほしいのとまったく同じように、演出家には舞台によってすべてを語ってほしいと思っているのです。

投稿: 樋口裕一 | 2025年2月25日 (火) 22時20分

NN 様
付け加えます。
私は、上に書いたように考えていますが、もちろん、演出ノートを読むべきだという考えの方を否定するものではありません。ただ、私は上に書いたように考えて、オペラについての感想を述べております。

投稿: 樋口裕一 | 2025年2月25日 (火) 22時24分

NN 様
(数日前にご返事を書いたのですが、なぜかアップされていないようです。もしかすると重複するかもしれませんが、再アップします)
コメント、ありがとうございます。
私は基本的に演出ノートなどは読まないことにしています。「演出は、言葉の助けなしに成り立つものでなければならない。演出意図を読んだ人にしか理解できないような演出は、好ましい演出とは言えない。舞台装置や登場人物の仕草や表情から、それをわからせなければならない」と考えています(このことを、これまでこのブログに何度か書いてきました)。気に入った演出で、部分的にもっと知りたいと思ったときなどはパンフレットを購入して読みますが、それ以外はほとんど読みません。今回は、朝日新聞の夕刊のインタビュー記事は読みましたが、それ以上の予備知識はあえて持たずに会場に出かけました。
演奏家には自分の演奏意図について口で語るのではなく、演奏によって思いを伝えてほしいのとまったく同じように、演出家には舞台によってすべてを語ってほしいと思っているのです。
NN 様
付け加えます。
私は、上に書いたように考えていますが、もちろん、演出ノートを読むべきだという考えの方を否定するものではありません。ただ、私は上に書いたように考えて、オペラについての感想を述べております。

投稿: 樋口裕一 | 2025年2月27日 (木) 22時54分

樋口様、丁寧な返答をどうもありがとうございます。
敢えてそのようなスタンスにしている、ということなのですね。それであれば理解しました。

投稿: NN | 2025年3月 1日 (土) 21時49分

NN 様
再度のコメント、ありがとうございます。
ひとことで言うと、まったくおっしゃる通りだと思います。
もし、私が評論家であれば、あるいは、公的な場に「批評」を依頼されたのであれば、きっと演出ノートなどを読み、あれこれ調べて書くと思います。しかし、このブログは、まったくの素人であり、しかも、演出について前回書いたような考えを持っている私ができるだけ素直な「感想」を書く場だと、私は考えています。もしかすると、私の「感想」を読んで、「なんだ、こんなことも理解できなかったのか」と呆れられる方も多いと思いますが、これが素直な「感想」なのですから、それはそれで仕方がないと思っています。
私のブログの内容について改めて自覚する機会を与えてくださり、ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2025年3月 2日 (日) 21時14分

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