読響&ヴァイグレ「ヴォツェック」(演奏会形式) バランスの取れた素晴らしい演奏!
2025年3月12日、サントリーホールで読売日本交響楽団定期演奏会を聴いた。曲目はベルクの歌劇「ヴォツェック」(演奏会形式)。オーケストラも歌手陣も合唱も素晴らしかった。名演奏だと思った。
まず、セバスティアン・ヴァイグレの指揮がとてもいい。この指揮者らしい、柔らかみのあるしなやかな音。もう少し鋭角的というか、表現主義的というか、狂気を前面に出した強烈な演奏のほうがこのオペラにふさわしいと私は思うのだが、ヴァイグレはそうはしない。むしろ、豊穣にロマンティックに演奏。だが、もちろんヴォツェックの孤独な心、救いのない狂気の世界を抒情を交えてドラマティックに描く。とてもバランスがいい。こういう「ヴォツェック」もあっていいだろう。
読響も指揮にこたえて、しなやかな中にも色彩的で豊かでドラマティックな音を出す。
歌手陣は世界最高レベルといって間違いないだろう。やはり、ヴォツェックのサイモン・キーンリーサイドは圧倒的。少しだけ演技を加えているが、もともと演技力のあるこの人の動作を見ていると、今回、舞台がないのを残念に感じる。声の伸び、おどおどした人物像がとてもいい。知的でありすぎたり、立派でありすぎたりするとヴォツェックでなくなってしまうが、しっかりとおどおどして、孤独で絶望的なヴォツェックを歌っている! マリーのアリソン・オークスも素晴らしかった。ただ、これについては素晴らしすぎて、うらぶれたマリーの枠をはみ出していた、まるでジークリンデ! だが、張りのある最高に美しい声。聴き惚れた。
医者はファルク・シュトルックマン。私は実演や映像で、この人のオランダ人やザックスやアンフォルタスを見た記憶がある。かつての輝きは失われているが、さすがの声と存在感。大尉のイェルク・シュナイダーもシュトルックマンに匹敵する声の威力。鼓手長のベンヤミン・ブルンスは知的で真面目そうな顔つきで、この役には合わない感じがしたが、歌い出すと見事に横柄で傲慢な人物を作り出した。アンドレスの伊藤達人もほかの外国人勢に少しも引けを取らずに主要な役を歌った。マルグレートの杉山由紀、第一の徒弟職人の加藤宏隆、第二の徒弟職人の萩原潤、白痴の大槻孝志、(テノール)、新国立劇場合唱団、TOKYO FM 少年合唱団もみごと。
全体的にバランスの良い、素晴らしい演奏。もう少し突き抜けたものがほしいというのは、ないものねだりだろう。十分に素晴らしい。
3幕連続で、休憩なしの演奏だったが、居眠りしている客が目立ち、幕の間、あるいは演奏中の退席者も何人かいた。体調を崩してやむを得ず退席した方もいただろうが、ふだんよりも多い気がした。それに、私の前にいた客は、ストーリーがつかめないらしく、途中でさかんにプログラムのあらすじのページを読んでいた。確かにこのオペラに初めて接した人は、字幕でセリフだけ読んでも、いったい何が起こっているのか、どういう場面なのかも理解できないだろう。もう少し、ストーリーを説明するようなガイドがあるほうが親切だっただろうと思った。
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コメント
樋口さんの《ヴォツェック》評を拝読しました。コメントをひとつだけ。「… 3幕連続で、休憩なしの演奏だったが、居眠りしている客が目立ち、幕の間、あるいは演奏中の退席者も何人かいた。私の前にいた客は、ストーリーがつかめないらしく…」と書いておられます。実は私は2幕終了後「退席」しました。樋口さんはその様子をご覧になっていたのかもしれません。体調が悪く、要するにトイレに行かねばならないという「火急の用事」があったため退席せざるを得なかったのです。私は現在71歳です。「年齢」を感じました。退席するともはやホールの中には戻ることができず、ロビーのモニターで舞台の様子を見ていました。残念無念でした。私の世代は、《ヴォツェック》といえば、1989年秋のアバド/ドレ―ゼンの凄まじい上演に震撼させられた世代です。今回も十分に「予習」をして上演に臨んだのですが… まぁ、世の中にはこのような「不条理(不都合)」なことはよく起こるものです。
投稿: Chibun | 2025年3月13日 (木) 01時37分
Chibun 様
大変失礼しました。私自身、かなり前のことになりますが、「さまよえるオランダ人」で同じようなことがありました。ですから、もちろん、途中退席をしたかたを見て、「体調を崩されたのかな」とは思ったのですが、つい文章の流れから、決めつけた書き方をしてしまいました。さきほど、「体調を崩して…」の一文を書き加えました。私の配慮不足でした。お詫び申し上げます。ただ、このオペラ、字幕だけですと、理解できない人が多いだろうなとは、改めて認識したのでした。
投稿: | 2025年3月13日 (木) 07時53分