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新国立劇場「セビリアの理髪師」 堪能した!

 2025530日、新国立劇場でロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」をみた。細かい不満はあるが、全体的にはとてもよかった。堪能した。

 先に不満を言うと、コッラード・ロヴァーリスの指揮について、ちょっとばたつき気味だと思った。かなりの速度で音楽を進めるのはよいのだが、序曲の初めの方で典型的なように、時々テンポを落とす。おそらく、それが歌心なのだと思う。が、私にはそれがどうもわざとらしくて、せっかくのロッシーニの躍動感を殺いでいるように聞こえる。東京フィルも、そのような指揮のために、少しばたばたしているように思えた。もっともっと躍動感のあふれる演奏を私は期待していた。

 演出はヨーゼフ・E.ケップリンガー。私はこの演出はこれまで何度か見ている。これも全体的には納得できるし、ロラン・ペリー演出のような軽妙な動きもとても魅力的なのだが、娼婦の館がバルトロの家の前にあって、ベルタがどうやらその娼婦の館のオーナーであるという設定に納得できない。確かに、このオペラでのベルタの位置づけはどうにもわかりにくいが、そのような突飛な設定にする必要はなかろう。

 最後、独裁者らしい軍人の写真が引きずり落とされることから考えて、この演出は、管理された世界からの解放を語っており、その一つの表現として娼婦たちの自由な性、子どもたちの奔放な動きなどが描かれているのだろう。だが、それにしても、娼婦の館は不自然だろう。

 歌手陣についてはほぼ満足だった。とりわけ、バルトロのジュリオ・マストロトータロが素晴らしい。声量といい、アジリータといい、躍動感といい、感服するしかなかった。フィガロのロベルト・デ・カンディアも豊かな声量で、この役にふさわしい軽妙さで、観客を沸かせていた。

 ロジーナの脇園彩も躍動感ある歌で、おきゃんで勝気なロジーナを見事に演じていた。ベルタの加納悦子も、先ほど述べた通り、娼婦の館のオーナーという設定には納得できないものの、この不思議な魅力の歌を不思議な魅力で歌って、私は大いに納得した。

 アルマヴィーヴァ伯爵のローレンス・ブラウンリーは声はとてもきれいなのだが、第1幕で言葉の切れが悪く、「もしかして、この人、イタリア語が苦手なのでは?」と思ったのだった。ただ、第2幕ではそのようなことはなく、しっかり歌っているように思えたが、最後の場面で声の疲れを感じた。大喝采が起こったので、確かに十分に健闘しているのだが、この役には、合唱の中で突き抜けて聴こえてくるような強い声がほしい。かなり小柄な人(ロジーナの脇園さんよりもだいぶ背が低かった)なので、ここまでに頑張って疲れてきたのではないか。ドン・バジリオの妻屋秀和、フィオレッロの高橋正尚、水戸博之の合唱指揮による新国立劇場合唱団も健闘。

 これまで触れてきた世界最高レベルの「セビリアの理髪師」には及ばないと思ったが、十分に堪能できる上演だった。やはりこのオペラは素晴らしい。楽しい。おもしろい。

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ウズベキスタン・タジキスタンの旅  サマルカンドに魅了された!

 2025521日から27日にかけて、ウズベキスタン・タジキスタンの旅に出かけた。

 実はウズベキスタンについてほとんど何も知らなかった。元ソ連領内のイスラム教の国で、政治的に安定しているといったくらいの知識しかなかった。このところ、イスラム圏に魅力を覚え、これまでサウジアラビア、パキスタン、バングラデシュ、ブルネイなどを訪れたので、今度はウズベキスタンに行ってみるかと思ったに過ぎない。ついでに、隣の国タジキスタンをみられるツアーがあったので、それに申し込んだ。

 これまで何度か利用している旅行会社のガイドさんのついた個人ツアーだ。頭の中では、これまでに行ったことのあるパキスタンのようなところを思い浮かべていた。実際に足を運んで、驚いた。私の無知を恥じた。まったく予想と違っていた。

 例によって、写真をこのブログにアップさせる技術を持たないので、写真なしで旅の印象を記すことにする。

 

日程

 521日早朝に家を出て、アシアナ航空で成田を出発。仁川を経由して夜にウズベキスタンの首都タシケント到着、22日にタシケントはほとんど見ないまま車で隣の国タジキスタンの国境の街ホジャンドへ。23日、ホジャンドからタシケントに戻って、24日にウズベキスタンの古都サマルカンドに列車で移動、25日もサマルカンドで過ごし、26日タシケントに戻って、夜、空港を出発、仁川経由で、27日夕方成田着という日程。

 

タシケント

 私が到着したときは、夕方だったが、30℃くらい。翌日は最高気温38℃くらいになった。夜は20℃くらいになる。砂漠に近い環境なので乾燥していると聞いていたが、蒸し暑い日もあったし、一度はかなり本格的な雨にあった。ただ1時間もしないうちに青空が広がった。平均的には、毎日30℃前後だった。

 タシケントの街は思っていたよりもずっと西欧風だった。フランスやイタリアの地方都市と雰囲気は変わらない。中央アジアの国、中東に近い国といった感じはしない。歩く女性にスカーフを巻いている人が西欧よりも多いのはすぐに気づくが、スカーフをしていない女性のほうがずっと多い。ざっと見たところ、スカーフをしているのは四分の一くらいではないか。ガイドさんに尋ねると、もちろん国民ほとんどがイスラム教徒だが、スカーフをしない女性も多く、それによって非難されることはないという。

  中央アジアの国だけあって、様々な顔立ちの人がいる。多くの人が、私たちが中東の人としてイメージするような顔の人だが、チベットやモンゴルとして認識しているような顔立ちの人も多い。西洋人のような顔立ちもいる。中に日本の人にみえるような現地の人もいる.そのような人たちが違和感なく、ふつうに同じところを歩き、同じ店で働いている。

 市街地の道路は整備され、建物も近代的で清潔。それほど高い建物はないが、もちろん、10階建て、20階建てのビルはあちこちに見える。中東で見かける露店もほとんどない。通っている車も新しい車が多い。日本の道路とほとんど雰囲気は変わらない。信号が少ないが、歩道や並木や緑地帯など、むしろ日本よりも整備されているのではないか。

 日本車はほとんど見かけない。ざっと見たところ、金色の太い十字のエンブレムの車が圧倒的に多い。8割以上ではないか。知らない車なのでスマホで検索してみたら、シボレーのようだ。ウズベキスタンに工場があるらしい。私の乗っている車もシボレー。きわめて快適。トランプ大統領が日本にアメリカ車が入らないのを不満に思っているというが、少なくとも後部座席に座っている限りでは、なるほどこの車だったら日本でも十分に売れてしかるべきだとは思う。ほかは韓国車、中国車、まれにドイツ車や日本車。

 交通ルールはみんなきちんと守る。私の乗る車の運転手さんは少し強引な運転をするが、横断歩道ではほとんどの車が歩行者を優先する。

 タジキスタンへ行く道はほとんどが片側2車線だったと思う。周囲には麦、サクランボやリンゴなどの畑が広がっている。牧草地もあり、牛や羊も見える。これも、ちょっと生えている木などが違うだけで、ノルマンディーやブルターニュの牧草地と雰囲気は変わらない。

 タシケントは1950年代に大地震があって、市の多くの建物が崩壊したという。そのために歴史的建造物は残されておらず、町全体が新しい。西欧に近い雰囲気があるのもそのせいだろう。1991年、ソ連崩壊によって独立したが、地下資源にも恵まれていることもあり、またカリモフ大統領の経済政策も成功したようで、経済的に安定しているようだ。現在は2代目のミルジヨエフ大統領が民主化を進めているという。

 治安は悪くない。西欧よりも平和で安全だということのようだ。危険そうな地域もなく、危なっかしい人物に出会うこともない。

 最終日には、ナヴォイ劇場を訪れた。太平洋戦争後、この地に抑留されていた日本人が建設にあたったために大地震でも倒れなかったといわれている。しばらく改修のために閉鎖されていたというが、再開されていたようだ。「トスカ」「エフゲニ・オネーギン」「仮面舞踏会」「椿姫」などのオペラ、「シェエラザード」などのコンサートの案内が出ていた(出演者は不明)。

 地下鉄にも乗った。5分間隔くらいで走っている。これもパリのメトロとさほど雰囲気は変わらない。かなり混んでいた。私が乗り込むと、座っていた客が何人も立ち上がって、私に譲ってくれようとした。きっと私は間違いなくその周辺の最高齢者なのだろう。ヨーロッパでも中国でも競って席を譲ろうとしてくれる。知らんぷりされるのは日本だけ! 私よりもずっと年上の高齢者でも日本では席を譲られない。

 モノの値段は日本よりも少し安い程度。チェリーなどの果物は圧倒的に安い。ただ、食事をして20万スム、博物館入場料が5万スムとか言われると、その桁の多さにびっくりする! 紙幣も0が多くついているので、初めのうちは紙幣価値がすぐに頭に入らない。

 

国境

 522日、タシケントの都心から車で2時間ほどかけてタジキスタンとの国境にむかった。村があり、その外れに鉄の門を備えた施設があり、警官らしい人や係官らしい人が数人いた。雰囲気としては、人がめったに訪れない村はずれの広大な公園といった雰囲気。門の前には客待ちのタクシーや乗用車が何台も駐車しているが、運転手はどこかにいるようで姿は見えない。施設の中には、建物がいくつか見える。

 車を降りて、ガイドさんと門を過ぎて、最初の建物に入った。外はがらんとしていたのに、中に入ると、中国人のグループや欧米人の観光客、仕事で行き来しているらしい現地の人が20~30人、私の前で行列を作っていた。そこで出国手続き。その後、手続きの終わった順に建物を出てスーツケースをごろごろ引きながら野外を歩いて次の建物に行く。そこでまた何やらして、次の建物に行く。そのたびにパスポートを見せる。そうこうするうちタジキスタン領内に入り、入国手続き、そして荷物検査。

 初めに旅行会社から提示された予定では、ガイドさんとわかれて一人で国境を越えて、タジキスタンで別のガイドさん(しかも、英語ガイドだということで、私は大いに恐れていた!)と合流することになっていたが、幸い、私についてくれたガイドさんはタジキスタン語もできる人で、ずっと付き添ってくれた。ありがたい。荷物検査が厳しく、ところどころでどこに行けばよいのか迷うことがあったので、ガイドさんがいてくれたのはありがたかった。ひとりだと途方に暮れただろう。

 建物を出て数分歩いたら、そこにはタクシーやバスが待っており、運転手に「タクシー?」などと声をかけられる。それを通り抜けてツアーの運転手さんと合流。国境を超えるのに合計30分ほどかかったと思う。

 

タジキスタンの国境の都市ホジャンド

 ウズベキスタンとタジキスタンでは、外の風景ががらりと変わる。ウズベキスタンでは周囲に畑があり、緑が多かったが、タジキスタンに入ると、ほとんど荒野としか言えないような土地が広がる。はげ山が近くに迫っている。山にもほとんど緑は見えないし、道路わきにも畑は見えない。1時間ほど車で走って、ホジェンド(KHUJANDという綴りで、クジェンド、フジェンド、ホジャンドなどという表記もある)の市内に入った。

 こちらでは、日本車を多く見かけた。だが、いかにも中古車の雰囲気がある。タシケントというウズベキスタンの首都と、ホジェンドというタジキスタンの地方都市という違いもあるのかもしれないが、かなりの経済的な差を感じる。タジキスタンは、私が思い浮かべる旧ソ連のイスラムの国そのもの。看板はキリル文字。スカーフをかぶる女性がこちらの国のほうがずっと多い。

 この都市はシルクロードの要衝として栄えたという。また、かつてアレクサンダー大王の領内になった最果ての地でもあるとのこと。砦の跡、博物館などを見学。太古から近年までの様々な器具が展示されていた。歴史のある都市であることがよくわかる。実際にとても落ち着いた美しい街だと思った。私の知る中ではザルツブルクのような雰囲気がある。

 大きな市場へ行った。屋外に売り子の女性がチェリーや杏、桑の実、キイチゴなどの果物、トマト、スイカなどの野菜を大きなたらいのようなものに入れて大量に並べていた。屋内では、肉や穀類や衣料品が売られていた。これまで見たことのある東南アジアやインド付近と同じような雰囲気だが、それよりも清潔で整然としている。ハエがたかるようなことはないし、盗難にあいそうだというような雰囲気もない。ただ、センスの良い建物の中で整然と市場が備えられているタシケントとはかなり雰囲気が異なる。どうも、ウズベキスタンよりもかなり物価は安いようだ。

 あちこちにラフモン大統領の写真が飾られている。ウズベキスタンでは大統領の写真をみることはなかったが、タジキスタンでは、街の中、建物の中に大統領の大きな写真がある。ガイドさんに尋ねたところ、個人崇拝による独裁というほどのことはなさそうだが、様々な禁止事項があって、あまり自由な国ではないようだ。

 要塞や神学校などをみた。豪華絢爛な要塞や博物館があった。そんなところにも大統領の写真がある。何かしら、大統領の威光を示す意図がありそうな気がしてくる。

 夜のホジャンドはあちこちに電飾が施されている。なかなか立派な建物がある。ただ気のせいか、1990年代に訪れたピョンヤンを思い出した。ピョンヤンも建物に電飾がなされており、外見的には立派、古びていたり貧相だったりする建物を立派に見せているようだった。そこと同じような雰囲気を感じた。

 街の背後に緑のない、「はげ山」というのがふさわしい土色の山並みが見える。日本にも山を背景に持つ都市はたくさんあるが、緑のないはげ山があるのは初めて見た気がする。砂漠気候ということだろうか。そうか、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」の「はげ山」とはこういう山のことなのかとひそかに納得した。

 

ガイドさん、運転手さん

 ガイドさんとはとても親しくなった。40歳くらいで真面目で社交的。日本語の発音は日本人とほとんど変わらない。日本に留学してITの勉強をしたとのこと。ただ、ガイドとしてはちゃんと仕事をしていないとは言えるかもしれない。まさに友だちとして案内してくれている感じ。ガイドだったら、街の案内、注意点などを話してくれるはずなのだが、必要不可欠な情報もあまり言ってくれない。時間にも少々ルーズ。しかも、信心深いためにお祈りを欠かさない。ガイドさんがお祈りをしている間、私は運転手さんと二人きり、あるいは一人きりでレストランや公園で待つこともあった。

 だが、私にはそれはむしろありがたかった。暑いので、私としてもハードな観光はつらい。あまりに細かくガイドしてくれるのも鬱陶しい。このガイドさんのように、尋ねたことにはきちんと答えてくれて、様々なことに融通が利き、友だちのように接してくれる方がありがたかった。

 タシケント、ホジャンド、サマルカンドで3人の運転手さんのお世話になった。タシケントとサマルカンドの運転手さんはガイドさんとおなじみらしく、ずっとおしゃべりしていた。40代の気のいい男といった人たち。タジキスタンのホジャンドの運転手さんとは初めて顔を合わせるようだった。

 ホジャンドの運転手さんはおそらく30歳そこそこの若い人。もしかしたら20代かもしれない。こちらの人はみんなが時間にルーズだったが、この人はとりわけひどかった。30分くらい遅れてやってきたこともあった。しかも、自分の好きなポップな音楽をかけて運転。車はBYDの中国製電気自動車(初めて電気自動車に乗った!)。一緒に市場を歩いたが、どうやらほしいと思っていた服があったらしくて、ガイドさんと私を待たせて服選びを始めた。時間がかかるので、別のところで待ち合わせて、ガイドさんにつれられて市場見物をつづけたが、運転手さんは待ち合わせ時間にいつまでも現れない。30分以上待ってやっと現れたが、どうやらいったん自宅に買い物したものを置いてきた様子。ついでにいうと、ガイドさんも数日後に同じようなことをしていた。

 それも含めて、私は国民性なのか、個人のキャラクターなのかわからないが、なかなかおもしろい思ってみていた。私は特に寛大な人間ではないが、友だちのような関係ができているので、お互い、少々のわがままは許容する雰囲気があって、私としては快適だった。

 

ホテル

 タシケント、ホジャンド、サマルカンドの3つのホテルに泊まった。以前、私の利用する旅行会社のツアーでホテルに困ったことがあったので、スタンダードよりも1ランク上のホテルをお願いしたためか、タシケントとサマルカンドについては快適だった。

 ホジャンドのホテルは、机はあるのに、室内に椅子が一つもなかったので困った。チェアもソファもない。冷蔵庫もない。ツインの部屋を一人で使う形だったが、ベッドとベッドの間に台があって、その下に二つの引き出しが備えられていた。ところが、その引き出しが開きっぱなしになっていた。いくら閉めてもすぐにすーっと出てくる。ガイドさんにお願いして椅子と冷蔵庫は入れてもらった。引き出しは直らなかったので、自分で紙きれを詰めて引き出しを固定した。

 

宗教

 モスクをいくつも訪れた。金曜日のお祈りの日、ガイドさんがお祈りをする機会に、すぐ近くから見ることができた。モスク周辺では車は大渋滞。バスでも徒歩でも、男たちがやってくる。数百人がモスク内に入っていく。日本人からするとガタイがよく、怖そうな顔をした男たちが次から次と押しかけてくる。そして、洗い場で手足を洗って、祈りの場向かう。中に入りきれなかった人たちは、建物の外でもスピーカーから響くコーランに合わせて祈りをささげる。決まりがあるのだろうが、何度となくじゅうたんに頭をこすりつけて祈りをささげる。まさに厳粛な時間。

 女性は祈りの場に入れないとのことで、別の場所にいるようだったが、私のいるところからは見えなかった。

 女性がこの宗教をどう思っているのか、男性の私にはわからない。ただ、少なくともこの国では女性もふつうに働いているし、自由に買い物をしている。高い地位に就く女性もいるようだ。内情については、数日間観光をするだけではまったくわからない。

 ただもちろん、信仰あつい人とそうでない人がいるようで、タジキスタンの若い運転手さんは、イスラム教徒には違いなかったが、祈りに参加しなかった。ガイドさんはそれを非難している様子もなかった。

 

料理

 プロフという、肉と野菜入りのピラフのような料理が、このあたりの名物料理のようだった。3回、この料理が出てきた。ガイドさんの好みなのかもしれないが、これとサラダと羊肉や牛肉の串焼きといった料理がほとんど毎回出てきた。いずれもおいしかったが、ほぼ毎回同じようなものが出てくるので、4日目ころから私としては少々つらくなった。

 ボルシチのようなスープも何度か食べた。一度はほとんどボルシチそのもの、もう一度は中にお米が入っていた。

 緑茶を飲む習慣があるようだった。味は日本の緑茶とほとんど変わらない。紅茶もあるようだったが、緑茶の方が一般的のようだ。日本と同じように、食事の時にお茶を注文し、日本人と同じような飲み方をする。

 3回は夕食がツアーに含まれておらず、自分で食べるしかなかった。タシケントのホテルの近くには一人で入りやすい店がなかったので、ホテルのレストランで食事をした。メニュをみて、チェリー・ジュースとサラダと牛肉のチーズ包みとスープを注文した。

 まずジュースが出てきたところで嫌な予感がした。1リットルのパック入りのジュースだった! サラダもスープも肉も大量! 3人前はありそう! なかなかおいしかったので、必死の思いで半分ほど食べたが、どうにも食べきれずに残した。

 きっとこれは一人前ではなく、数人で食べる分量だったのだろうと思っていたのだが、翌朝、朝食のためにレストランに行くと、前日給仕してくれたウェイターがなんだか深刻な表情で近づいてきた。「昨晩、かなり残していたようだけど、料理がまずかったのか」と英語で言っているようだった。「おいしかったけど、大量すぎて食べきれなかった」と答えた(実際には、あまりに恥ずかしい幼稚な語彙を使ったのだったが)。ウェイターはやっと安心したようで、にっこり笑った。どうやら、現地の人はこれを一人で食べるようだ!

 言われてみれば、この土地の多くの人が屈強な体格をしている。身長はそれほど高くないが、体格はプロレスラーかラグビー選手のよう。腹の出ている人も多い。間違いなく、私の2倍か3倍は食べていると思った。

 

列車

 タシケントとサマルカンドの間を列車で移動した。2時間と少しかかった。どういう事情かは尋ねなかったが、サマルカンドに向かう時は自由席、タシケントに向かう時は指定席だったようだ。窓はかなり汚れていて、少々古ぼけているが、日本やヨーロッパの列車とほとんど変わりはない。それほど高速ではないが、途中、3つくらいの駅しか止まらなかった。

 牧草地や畑、そして地方都市、山が窓の外に広がった。馬や牛や羊も見えた。高いところも通るが、思うにトンネルはまったくなかった。なだらかな高原を越していく。

 タシケントに向かう時はほぼ満席だった。日本人観光客も見かけた。帰りは前方に中国人の10人ほどのグループ、そしてスマホで大きな音でドラマや歌やニュースを流す現地の老人、そして何人もの幼児がいて、とても賑やかだった。

 

サマルカンド

 サマルカンドという土地にそれほどのなじみはなかった。なんとなく聞き覚えがある土地という程度だ。日本人のほとんどがそんなものだと思う。だが、行ってみて驚いた。これは素晴らしい都市だった。フィレンツェや京都やチェンマイに匹敵する古都だと思った。

 サマルカンドはティムール朝の祖であるティムールの活躍の場だった。そして、この地に一族とともに葬られている。

 ティムール朝、ティムール帝国! うーん、そういえば高校時代(私にとって暗黒の時代!)、世界史の時間にそのようなことを学んだ記憶があるが、50年以上前のことなのですっかり忘れてしまった! ガイドさんの説明を聞き、ガイドブックを読んで久しぶりに思い出した。このサマルカンドは13世紀の初めにチンギス・ハンによって徹底的に破壊され、その150年ほど後にティムールによって栄えた土地だった。

 最初に案内されたアミール・ティムール廟にまず圧倒された。何はともあれ美しい!青色の目立つ壮大な門、そして青色のドーム。サマルカンド全体が「青の都」と呼ばれているというが、青空の下に見える青を基調にした建物群には圧倒されるしかない。室内にティムールをはじめとする一族の墓が並べられている。

 ティムールの妃であったビビハニムを記念するビヒハニム・モスクも美しかった。今ではモスクとしては使われていないが、かつては巨大モスクだったという。修復されてかつての美しさを取り戻している。これも青を基調にした幾何学模様のタイルが敷き詰められた巨大なアーチがある。

 外だけでなく、内部も壮麗にして気品にあふれている。息をのむ。私はデザインだの美術などについて形容する語彙を持たないので、ただただ圧倒されるばかり。

 そして、それよりももっと圧倒されたのがシャヒジンダ廟群だった。石段を上ると、狭い通路の両側にティムールゆかりの人々の廟がいくつも立ち並んでいる。いずれも青を基調にした幾何学模様のタイルがびっしりと敷き詰められている。それが青空の下に続く。それぞれの建物の中も壮麗。

 ウルグベク天文台跡にも行った。ウルグベクというのはティムールの孫であり、ティムール朝の第四代君主にして天文学者。天文台で観測して1年の長さを割り出したが、なんとそれは現代の精密機械で測った時間と1分の差もないという。

 そして、私が何より気に入ったのは、街の中央にある市民の憩いの場であるレギスタン広場だった。これまた壮麗なアーチと青いドームに囲まれた石畳の広場だ。遠くから見れば薄茶色の建物だが、それもびっしりと青や金色の幾何学模様で覆われている。昼間の青空の下のたたずまいも壮麗だが、ライトアップされた夜も壮麗。広場の周囲には広い公園があって、木々があり、ベンチが置かれ、芝生が敷かれて市民が楽しんでいる。子どもたちが遊び、観光客が家族づれ、カップルが歩いている。ハンバーガーショップなどの店もいくつかある。

 暗くなると大音響の音楽がかかり、ライトショーが始まった。赤い光や青い光が建物を照らす。

 ただ実を言うと、毎晩、19時からForklore Theaterが行われるという表示があったので、1850分頃から広場全体が見渡せるテラスに陣取って何十人もの観光客とともに待っていたのだが、中止になったのか、いつまでたっても始まらず、2010分を過ぎてやっとライトアップショーが始まったのだった。しかも、クラシック音楽好きの私からすると、スピーカーからの割れた轟音は拷問に近い。10分ほどで退散した。

 

帰国

 526日、サマルカンドからタシケントに列車で戻り、タシケント見物をした後、空港に向かって、2140分出発の仁川経由のアシアナ航空便で、待ち時間も入れて合計18時間近くかけて成田に着いた(仁川で8時間ほど過ごした。マッサージを受けたり本を読んだりして、さほど退屈はしなかった)。

 私の中では、サマルカンドの美しさへの感動が大きい。外国から帰ってきたときに「また行きたい」と思うことは多いが、ほとんど数年たつと忘れてしまう。が、サマルカンドにはきっとまた行くだろう、という気がしている。

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ウルバンスキ&都響のショスタコーヴィチ こんなすごいショスタコ5番を聴いたことがない!

 2025年5月16日、サントリーホールで東京都交響楽団定期演奏を聴いた。指揮はクシシュトフ・ウルバンスキ。曲目は、前半にペンデレツキの「広島の犠牲者に捧げる哀歌」と、アンナ・ツィブレヴァのピアノ独奏が加わってのショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番、後半にショスタコーヴィチの交響曲第5番。圧倒的な演奏だった!

 ペンデレツキの曲は、まるで弦楽器による警戒警報のような音の連続。しかし、音を模倣しているというよりも、人類の滅亡の警報に聞こえる。ものすごい緊迫感!

 ピアノ協奏曲第2番は打って変わって、ショスタコーヴィチが息子マキシムを意識して作曲したといわれる曲。ショスタコーヴィチの曲にはときどきロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲を模した音型が現れるが、この曲でも何度か序曲の中の行進曲に似たメロディが現れる。超絶技巧でにぎやかで快活で子どもらしい無邪気さにあふれた曲。まさに平和を享受した音楽とでもいうべきだろう。

 アンナ・ツィブレヴァのピアノが素晴らしい。このピアニスト、舞台に登場したときから、若々しくて清楚な姿のわりに動きがゆっくりで、優雅さにあふれていたが。ピアノはまさに音の粒立ちが最高に美しく、自然で躍動的。ウルバンスキの指揮する都響も切れがよく、しかもしなやかでのびのびとして見事。聴衆も音楽に巻き込まれて幸せな気持ちになる。

 ピアノのアンコールはショスタコーヴィチの24の前奏曲op34より第10番嬰ハ短調とのこと。こちらはもっと清楚で静か。音が本当にひそかに輝いている。

 後半の交響曲第5番は前半にもまして素晴らしかった。

 ウルバンスキの指揮は、とてもわかりやすく明快。いや、それ以上に、本人がどのくらい意識しているかわからないが、指揮の動きが本当に美しい。長い手足の動きに惚れおぼれする。出てくる音楽も切れがよく、構築性が明確。きわめて明晰で論理的なのだが、音楽が生きているので頭でっかちに感じない。一つ一つの音が生きている。生きた音を積み重ねていく。

 第1楽章のドラマティックな展開も素晴らしかったし、第2楽章の諧謔と静けさにあふれた研ぎ澄まされたメロディも見事。そして、私は第3楽章の組み立てにとりわけ驚嘆した。この上なく繊細で緊張感にあふれ、徐々に徐々に音楽が盛り上がっていく。平和な日常を戦争が壊していくのがひしひしと感じられる。第4楽章も人民の勝利に向けての盛り上がりも素晴らしい。第1楽章から緻密に組み立てられ、一部の隙もなく展開され、最後に人民の勝利への思いが爆発する。都響の澄んだ音が大音響で広がった。都響も素晴らしい!

 高校生の時(1960年代!)にマキシム・ショスタコーヴィチ指揮のソヴィエト国立交響楽団の演奏を大分市の文化会館で聴いて以来、かなりの数のコンサートでこの曲を聴いてきたと思うが、こんな第3楽章、これまで聴いたことがない!と思った。いや、これほど完成度の高いこの曲をこれまで聴いたことがないと思った。感動した。ウルバンスキ、おそるべし!

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オペラ映像「ドン・ジョヴァンニ」「トスカ」「エルナーニ」

モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 20231117,18日 ヴェルサイユ宮殿王室歌劇場

 ヴェルサイユの歌劇場で行われた、ヴェルサイユ王室歌劇場管弦楽団(古楽器使用)による上演。指揮はガエタン・ジャリ、演出はマーシャル・ピンコスキ。まさにモーツァルトの時代を思わせる演奏と演出。

 登場人物はみんなが時代にふさわしい扮装。お金がかかっているのか、どの服にも存在感がある。どの人物も18、19世紀の絵画から抜け出したかのよう。ヴェルサイユ宮殿での上演にふさわしい。そして、演奏はまさに濃密にしてスリリング。中身の詰まった音とでもいうべきか。ぐいぐいと聴衆の心の中に入り込んでくるような強い音。

 歌手陣は最初のうちはちょっとぎこちなく感じる人もいるが、徐々に力を発揮してくる。ドン・ジョヴァンニのロバート・グリドーはこの役にふさわしいドスのきいた声と容貌で、猛烈なエネルギーで歌う。ドンナ・アンナのフロリー・ヴァリケットは澄んだ声で強く歌ってこの役にふさわしい。ツェッリーナのエレオノール・パンクラツィも可憐でしなやかな声、マゼットのジャン=ガブリエル・サン・マルタンはちょっとおじさんぽい風貌だが、朴訥な味を出してとてもいい。騎士団長のニコラ・セルトネは重みのある声。レポレッロのリッカルド・ノヴァロはちょっとこの役らしいコミカルさには欠けるが無難に歌う。ドンナ・エルヴィーラのアリアンナ・ヴェンディッテッリは前半は声が安定しないが、第二幕のアリアはとてもいい。ドン・オッタヴィオのエンゲルラン・ド・イスはきれいな声だが、歌唱が不安定。

 第二幕の迫力がすさまじい。とりわけ地獄落ちの場面は息をのむ。演奏もしかり、歌舞伎に倣ったような炎を思わせる布をドン・ジョヴァンニかぶせていく演出も素晴らしい。地獄落ちがすさまじいだけに、ふだんの上演ではとってつけたように感じる地獄落ちのあとの「めでたしめでたし」の重唱も心から安堵できる。なるほど、この場面にはこんな存在意義があったのだと納得できた。

 

プッチーニ 「トスカ」 202464日 フィレンツェ五月音楽祭大劇場

 私もいいかげんトシだし、いつまでもプッチーニ嫌いを続けることもなかろうと思って購入してみた。やはり、まったく感動はできないし、心の中で盛り上がっていくプッチーニに対する違和感をぐっと抑えて聴いている面もあるのだが、これはなかなかの名演奏だと思った。

 マッシモ・ポポリツィオの演出は、このオペラを過去の突出した事件としてではなく、現代にいつでも起こるかもしれない事件として描こうとしているようだ。登場人物は20世紀の服装で、トスカもカヴァラドッシもスカルピアも図抜けた存在ではなく、等身大の人物として描かれる。今でもあちこちの国で密告が行われ、善良な市民が圧政に苦しみ、男女が犠牲になっている。そのことをわからせてくれる演出だ。

 ヴァネッサ・ゴイコエチェアのトスカは美貌で歌唱も見事。細かいところまで神経の行き届いた繊細なトスカ。カヴァラドッシのピエロ・プレッティもいかにも律儀でまじめそうで、サラリーマン風の職人という感じで、芸術家気取りが見えない。スカルピアのアレクセイ・マルコフは役人タイプの悪漢。そこにリアリティがある。歌手陣もそれを理解しているのだろう、大向こうをうならせるような歌唱でなく、等身大の歌を聴かせてくれる。

 ダニエーレ・ガッティの指揮も繊細にして緻密。プッチーニのオーケストラについては私は何も語れないが、きっと良い演奏なのだろう。

 

ヴェルディ 「エルナーニ」 20237月 ブレゲンツ、祝祭劇場

 登場人物たちがそろいもそろってあまりに突然、考えを変えて突飛な行動をとるために支離滅裂としか思えないこのオペラを、ロッテ・デ・ベアの演出はまずまずうまく処理している。フランコ・ヴァッサッロの演じる国王ドン・カルロは上半身裸(といっても、実際には肌色の薄着を身につけている)で、王冠はまるで紙で作ったちゃちなしろもの。まさに「裸の王様」。登場人物はみんな白っぽい薄着を着ている。まるで全体が人形芝居のように作られて、そもそもリアリティがない。そのために、突飛な展開も特に気にならない。

 歌唱面では文句なし。国王のヴァッサッロは伸びのある強い声で暴君を歌う。エルナーニのサイミール・ピルグも高貴で強い声。シルヴァのゴラン・ユーリッチは、この役にしては若すぎる姿と声だが、不敵な人物を見事に歌う。あっと驚くのがエルヴィーラのグアンチュン・ユ(漢字で書くと于冠群らしい)。中国人ソプラノだが、まるで声だけ聴くと昔のテバルディなどの往年の歌手を思い出す。

 エンリケ・マッツォーラ指揮のウィーン交響楽団もドラマティックでとてもいい。

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ソアーレス&シティフィルの「新世界」 あまり満足できなかった

 2025年5月10日、ティアラこうとうで東京シティ・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴いた。日本・ブラジル友好交流年(日・ブラジル外交関係樹立130周年)記念とのことで、指揮はブラジル出身のジョゼ・ソアーレス。曲目は前半にグアルニエリの「3つの舞曲」、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディ」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(ピアノは壷阪健登)、後半にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 最初の2曲はブラジルと日本のそれぞれの舞曲紹介という感じの音楽。ともにリズムと色彩にあふれている。グアルニエリという作曲家は初めて知ったし、曲も初めて聴いたが、とても楽しめた。外山の曲は、初演直後くらいにテレビで聴き、実演でも一度聞いたことがある。これもとても面白い曲。ちょっとオーケストラは大雑把な感じがしたが、曲が曲だけにそれも魅力だろう。

「ラプソディ・イン・ブルー」にはあまり惹かれなかった。ガーシュイン独特の粋でしなやかで都会的な雰囲気を感じなかった。壷阪健登(つぼさか・けんと)というピアニストを初めて知った。ジャズピアニストとのこと。私にはよさがまったくわからなかったが、大喝采で人気があるようなので、きっと良いところがあるのだろう。指揮もピアノもオーケストラも、かなり平板に思えた。

 後半の「新世界」はかなりの力演。ただ力演過ぎて、私はあまり引き込まれなかった。私の席のせいかもしれないが、トロンボーンが大きく響き、威勢のいい音楽になって、ドヴォルザークらしい心の奥にしみいる郷愁が欠けている気がした。スケールの大きな演奏とはいえるが、あまり細かいところに気を使わない大味な演奏ともいえる。第2楽章は雰囲気を作って悪くなかったが、第2楽章だけでなく、第1楽章も第3楽章も、やはり郷愁のようなしみじみとした感情がほしい。それがないと、第2楽章がとってつけたようになってしまう。

 私にとっては心の底から満足できるコンサートではなかった。

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拙著「その一言で信用を失う あぶない日本語」(青春新書インテリジェンス)発売

 このほど、拙著「その一言で信用を失う あぶない日本語」(青春新書インテリジェンス)が発売になった。4つの章でそれぞれ、「コンプラ違反につながる日本語」「教養がない日本語」「過剰な日本語」「思考停止な日本語」について語っている。

 思っていることを口にしてしまうとコンプラ違反になりそうなとき、どう言い換えればいいか、どんな日本語表現がバカっぽく思われるかなどなどについて、私の考えを語った。

 これは、日本語の権威、マナーの権威が正しい日本語を講義した本ではない。私という、現在73歳(あと数日で74歳になる!)で、まあそれなりに本を読み、それなりに教育活動、執筆活動をしてきた人間が、現代人の使う日本語をどう考えているかを語ったものだ。かなり思い切ったことも語っている。おそらく、私がこれまで書いたものの中で最も近いのは250万部のベストセラーになった「頭がいい人、悪い人の話し方」だろう。「こんな日本語を使う人、いるいる」「この日本語の使い方、バカっぽいなあ」「なるほど、こうすれば知的になるのか」と、気楽に楽しんで読んでいただきたいと思って書いた。

 偏見だ、偏屈だという批判は覚悟の上。ともあれ、多くの人の読んでいただけると、うれしい。

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映画「来し方 行く末」 静かな存在感、豊かな喚起力、そして強いメッセージ

 リュウ・ジャイン監督の中国映画「来し方 行く末」をみた。

 舞台は北京。ウェン・シャン(フー・ゴー)は大学院で学び、脚本家をめざしていたが、うまくいかずに、40歳を前にして弔辞の代筆の仕事に甘んじている。善良にして真面目。亡くなった人物を多方面から取材してその人の生きた姿を描くので弔辞の評判がいいが、人生の面ではうだつが上がらず、自信をなくして、自作の書きかけの脚本の登場人物シャオイン(ウー・レイ)を幻想の同居人のように感じながら一人で淡々と生きている。

 そんな中、様々な人の死に出会い、かつて弔辞を書いた人物の女友だちと交流するうち、徐々に弔辞を書いていた経験からだれもが主人公になれるのだということを認識していく。つまりは、彼自身の弔辞はまさに一人一人を主人公にする物語を書いていたのだということを再確認するということでもあるだろう。そして、自分も主人公になる意欲を持ち未来に希望を持つようになる。簡単にまとめると、こんなストーリーということになりそうだ。

 私は、うだつの上がらないウェン・シャンの善良で誠実な生き方に強い共感を覚える。周囲の人々が成功しようとして忙しく生き、スマホを手放さずにいるのに対して、主人公は、死者に寄り添い、残された人々が死者を何とか肯定的に捉えるようにと腐心して弔辞を書く。人の命、生活、生きる意味、そして人と人のコミュニケーションを大事にしようとする。地方出身者であって、北京という大都会にまだ十分になじめずにいるのだろう。ただ過去を大事にするあまり、先に進めず、周囲にも溶け込めずに焦っている。そうした焦燥感も共感できる。

 おそらく、リュウ・ジャイン監督は、一獲千金を狙って日常生活を大事にせず、経済優先になってしまう現代人に対して、日常で行っている善良で地道な活動は無駄にはならない、それが肥やしになって未来につながるというメッセージを伝えたかったのだろう。それはまた一人一人の生き方を大事にする社会を求めているというメッセージでもあるだろう。

 淡々とした日常の描き方が素晴らしい。小津の映画のような存在感がある。しかも映画の展開のうまさにも舌を巻いた。観客の誰もが不思議な同居人シャオインに気づき、何者だろうと気になり始める。それが徐々に種明かしされていく。その手腕が実に自然。

 映画の中で語られる死者たちのエピソードの喚起力にも驚いた。暑い中で受験勉強をする妹のために12キロ(だったかな?)離れた場所から毎日氷を運んだ男性、団地に竹を植えた高齢男性などのほんの数行で語られるエピソードで、その人物のリアルな姿が見えてくる。

 中国の映画には、時々このように静かで深い作品がある。

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ラ・フォル・ジュルネ東京2025 3日目

 202555日、ラ・フォル・ジュルネ東京2025の3日目を聴いた。今年は合計10の有料コンサートを聴いたことになる。年齢的に、それ以上を聴くのが辛くなった。簡単に感想を記す。

 

トリオ・カレニーヌ(ピアノ三重奏)

 曲目はチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出に」。これまでラ・フォル・ジュルネでこの若いトリオの演奏を聴き、そのたびに感心してきたので、今回も期待していたのだが、残念ながら私の好みの演奏ではなかった。鮮烈にバリバリと演奏しすぎると思った。ほかの曲ならともかく、これはチャイコフスキーによる追悼の曲。やはり悲しみと哀悼の気持ちがこもっていないとこの曲にならない。だが、とりわけピアノのパロマ・クーイデルがバリバリと弾いているのを感じる。そうなると、第2楽章の変奏部分が、どれも同じ雰囲気になって少し一本調子になるのを感じた。少々退屈した。

 

辻彩奈(ヴァイオリン)、瀧本麻衣子(ヴィオラ)、伊東裕(チェロ)、水野斗希(コントラバス)、阪田知樹(ピアノ)

曲目はシューベルトのピアノ五重奏曲「ます」

 若手の第一線の演奏家たちの生きのよい「ます」だった。やはり私はヴァイオリンの辻さんの音に惹かれる。細身の音だが、表現の幅が広く、しなやかで優美であったり、ぐさりと鋭かったり。ほかの奏者も見事に息を合わせて、若々しいシューベルトの世界を作っていく。第4楽章の「ます」のテーマは優美にやさしくし示して、徐々に生気を高めていくつくりも見事。まさにぴちぴちと跳ねているマスを連想する。素晴らしい演奏だった。

 

オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、阪田知樹(ピアノ)

 曲目はラヴェルのヴァイオリン・ソナタとガーシュウィン(ハイフェッツ編)の「ポーギーとベス」。ラヴェルのソナタは、ジャズの影響を受けたもの。演奏家によってはもっとジャズ性を強調したり、遊びを入れたりするが、シャルリエと阪田の演奏は、むやみに強調するのではなく、きわめて精緻に演奏。しかし、研ぎ澄まされた音、絶妙のリズムでラヴェル独特の知的な世界が広がる。シャルリエのヴァイオリンも素晴らしいが、阪田のピアノもぴたりと決まって爽快。若い阪田がベテランのシャルリエと互角に渡り合っていることにも感動! 

「ポーギーとベス」のハイフェッツ版は初めて聴いた。おもしろい曲だった。オペラ「ポーギーとベス」の映像は何度か見たが、残念ながら「サマータイム」しかしっかりと認識できていない。が、アメリカ世界を二人はとても上手に作り出したと思う。アンコールはラヴェルの「子どもと魔法」の「フォックストロット」のヴァイオリン版。これもおもしろかった。

 

新居由佳梨(ピアノ) KITTR 1階アトリウムでの演奏

 この後、東京国際フォーラムを離れて、東京駅付近のKITTEに足を延ばして、私がファンを続けているピアニスト新居由佳梨のラ・フォル・ジュルネの無料コンサートを聴いた。曲目は、グリュンフェルトによる「ヨハン・シュトラウス2世のワルツの主題による演奏会用パラフレーズ」とクライスラー(ラフマニノフ編)の「愛の悲しみ」。ビルの中なので細かいところまで聞き取れなかったのが残念だが、いずれも超絶技巧でありながらも、歌心があり、ユーモアというかエスプリというか、そのような粋な心もある曲、しかも新居さんの音は本当に気品があって美しい! あと1曲「ラプソディ・イン・ブルー」も演奏されるとのことだったが、次のコンサートで会場に入れてもらえなくなるのが心配で、残念ながら途中で抜けた。

 

横坂源(チェロ)、伊藤恵(ピアノ)

 曲目はブラームスのチェロ・ソナタ第1番とベートーヴェンのチェロ・ソナタ第5番。

 ブラームスのソナタは最初から最後までものすごい熱演。若々しい情熱の迸りを描き出した。狭い会場(国際フォーラムのG409)なので、ソリストの熱気がそのまま伝わる。抑制的なブラームスではなく、思いのたけをぶつけるブラームス。チェロが情熱のありったけを歌い、ピアノがその情熱を底支えする。感動した。

 ベートーヴェンのソナタは打って変わってぐっと内省的。おそらく演奏者はこの2曲の対比を示したかったのだと思う。第3楽章のフーガはまさに内省的という以上に宗教的とさえいえる。ただ、私としては、ブラームスの情熱的な演奏の方がうまくいっていると思った。ベートーヴェンに関しては、まだちょっと情熱的な部分が残っているような気がした。それをもっと切り捨てるほうがこの曲の魅力が出たのではないかと思った。

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ラ・フォル・ジュルネ東京2025 二日目

2025年54日、ラ・フォル・ジュルネ東京2025の二日目。今日はコンサートを聴くのは二つだけにした。

 

オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン・指揮)、横浜シンフォニエッタ

 

 シャルリエによる弾き振りのヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」。今年のラ・フォル・ジュルネもまたシャルリエが大活躍。昨日の「クロイツェル」も素晴らしかったが、「四季」も素晴らしい。繊細にして強靭。弱音の響きがとりわけ素晴らしい。音の刻み方も切れが良く、躍動感にあふれている。音は若々しく鋭利だが、年齢相応の深みのある音。横浜シンフォニエッタの奏者たちも見事にシャルリエに対応する。

 私の隣の席に小学校低学年に思える女の子と60歳前後に見える女性がいた。演奏前も、「楽しみ」と語り、終わった後も感動した様子。もしかしたら、演奏中に飽きて声を出したり身動きしたりするのではないかと危惧していたが、十分に楽しんだようだった。幼い子供までも感動させてしまうヴィヴァルディの力といえるかもしれない。

 

神尾真由子(ヴァイオリン)、アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ)、ドミトリー・マスレエフ(ピアノ)

 シューベルトのピアノ三重奏第2番変ホ長調 D929。まさに3人の名手! すごい3人だと思った。ビシッと音楽が合って、ぐいぐいと聞き手の心をつかむ。神尾のちょっと怜悧で鋭いヴァイオリン、クニャーゼフの鋭い音ながらも熱いチェロ、そして正確無比で、しかも熱を帯びたマストエフのピアノ。それが絡み合い、ものすごい推進力で進んでいく。ちょっとベートヴェン的なシューベルトといえるかもしれない。第2楽章はまさに圧巻。私はシューベルト好きではない。むしろシューベルトの室内楽は長すぎて苦手。が、これほどまでに緊張感にあふれて晩年のシューベルトの絶望的なまでのやるせない気持ちが音楽として示されると、これはもう感動するしかない。

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ラ・フォル・ジュルネ東京2025 初日

 2025年5月3日。今年もラ・フォル・ジュルネが始まった。2005年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが始まったとき、私はアンバサダーとしてこのイベントにかかわったので、その関係もあって、これまで有料コンサートだけでも530聴いてきた。今年も3日間通う予定。円安のせいか、ヨーロッパからオーケストラが来日せず、外来演奏家の数も限られているが、それでも今日は名演奏をいくつか聴くことができた。

 今年のテーマは「メモワール 音楽の時空旅行」とのこと。4つのコンサートを聴いたので、簡単に感想を記す。

 

リヤ・ペトロヴァ(ヴァイオリン)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ)、アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ)

 朝10時からのコンサート。最初にペトロヴァとギィによりベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番「春」。ペトロヴァは昨年フランクのソナタを聴いて、そのすさまじい表現に驚いたのだったが、「春」については、朝早くて体が温まらないせいか、意外に普通の演奏だった。もちろん、すがすがしくて切れが良くて心が洗われるような見事な演奏なのだが、私はもう少し感動を期待していた。クニャーゼフが加わってのベートーヴェンのピアノ三重奏曲第5番「精霊」(このブログではずっと「幽霊」と呼んできたが、プログラムに倣ってこう表記する)はずっと生気にあふれていた。クニャーゼフのロマンティックで強い表現もいいし、ペトロヴァもそれに負けずに強い音。ギィはかなり知的な感じ。とてもよかった。

 

杭州フィルハーモニー管弦楽団 ヤン・ヤン(指揮)

 シューベルトの交響曲第7番「未完成」とベートーヴェンの交響曲第7番。「未完成」を聴いた段階では、正直言って退屈な演奏だと思った。指揮のヤン・ヤンは意識的なのだろう、無理やりロマンティックにしようとせずに正攻法で演奏。リズムがぴたりと決まって好感が持てるのだが、あまりおもしろくない。ただ、私は子どものころから「未完成」が好きではないので、退屈に感じたのは、私自身が原因なのかもしれない。

 杭州フィルは思ったよりもずっとうまい! 音程が良く、弦の音がぴたりとそろっている。木管楽器もとてもきれい。金管楽器はなんだか自由奔放な雰囲気があって、時々ほかの楽器とずれている気がするが、音のエネルギーはすごい。

 ベートーヴェンになって俄然おもしろくなった。が、それでも、テンポを動かさず、誇張はせずに、じっくり演奏。だが、徐々に音楽自体が高揚していく。終楽章は大躍動! 金管も、ちょっとバタバタした感じがあったが、ともあれ大活躍。

 中国共産党に指導される統制の取れた部分と、きっと本来の中国人の持っている自由奔放な部分が重なり合って、とても魅力的なオーケストラになっている。ヤン・ヤンという指揮者ももしかしたらすごい人かも。

 

オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、ダヴィッド・カドゥシュ(ピアノ)

 ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第9番「クロイツェル」。これはすごい演奏だった。素晴らしかった。感動した。

 まずシャルリエがいい。音の強弱のニュアンスが絶妙。とりわけ弱音が本当に美しい。単に美しいという以上に、魂の奥底にまで響くような音。その音によって緊迫感にあふれ、歌心にもあふれた音楽を作り出していく。

 カドゥシュのピアノも素晴らしい。一つ一つの音が息づいている。一つ一つの音が小さな生物のように命を持ち、表情を持っているのを感じる。終楽章は、音そのものが喜びにあふれている気がした。

 この二人がまるで相撲の名勝負のように渡り合う。息をつかせぬほどの緊張感。これまで「クロイツェル」の名演は何度も聴いたような気がするが、今回はそのトップに近い演奏だと思った。心の底から感動した。

 

ヴィクトリア・シェレシェフスカヤ(メゾソプラノ)、レナ・シェレシェフスカヤ(ピアノ)

 ピアノのレナと歌のヴィクトリアは母と娘らしい。娘が10歳の時に母がソ連からフランスに移住。フランスとロシアの愛にまつわる歌曲を集めたコンサートだ。私はこの演奏家を今回、初めて知った。

 曲目は、フォーレ「月の光」、リスト「おお、私が眠るとき」、ショパン(ヴィアルド編)「踊り」、コネッソン「島」、シャミナード「愛のとりこ」、ドビュッシー「ビリティスの歌」より、シャブリエ「蝉」。そのほか、グリンカ、シャポーリン、ラフマニノフ、チャイコフスキー、メトネル、スヴィリードフの歌曲。知っている曲がいくつかあったが、ほとんど知らない曲。

 しっかりしたメゾの声で堅実に歌う。いい歌手だと思う。ただ、曲のせいもあるかもしれないが、感動するとまではいかなかった。私としては、同じ作曲家の同じ趣向の歌曲を何曲か歌ってくれないと、その世界に入り込むことができない。一人の作曲家についてほぼ1曲ずつ歌われると結局、世界が伝わらない。プログラム編成を残念に思った。

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