オペラ映像「ドン・ジョヴァンニ」「トスカ」「エルナーニ」
モーツァルト 「ドン・ジョヴァンニ」 2023年11月17,18日 ヴェルサイユ宮殿王室歌劇場
ヴェルサイユの歌劇場で行われた、ヴェルサイユ王室歌劇場管弦楽団(古楽器使用)による上演。指揮はガエタン・ジャリ、演出はマーシャル・ピンコスキ。まさにモーツァルトの時代を思わせる演奏と演出。
登場人物はみんなが時代にふさわしい扮装。お金がかかっているのか、どの服にも存在感がある。どの人物も18、19世紀の絵画から抜け出したかのよう。ヴェルサイユ宮殿での上演にふさわしい。そして、演奏はまさに濃密にしてスリリング。中身の詰まった音とでもいうべきか。ぐいぐいと聴衆の心の中に入り込んでくるような強い音。
歌手陣は最初のうちはちょっとぎこちなく感じる人もいるが、徐々に力を発揮してくる。ドン・ジョヴァンニのロバート・グリドーはこの役にふさわしいドスのきいた声と容貌で、猛烈なエネルギーで歌う。ドンナ・アンナのフロリー・ヴァリケットは澄んだ声で強く歌ってこの役にふさわしい。ツェッリーナのエレオノール・パンクラツィも可憐でしなやかな声、マゼットのジャン=ガブリエル・サン・マルタンはちょっとおじさんぽい風貌だが、朴訥な味を出してとてもいい。騎士団長のニコラ・セルトネは重みのある声。レポレッロのリッカルド・ノヴァロはちょっとこの役らしいコミカルさには欠けるが無難に歌う。ドンナ・エルヴィーラのアリアンナ・ヴェンディッテッリは前半は声が安定しないが、第二幕のアリアはとてもいい。ドン・オッタヴィオのエンゲルラン・ド・イスはきれいな声だが、歌唱が不安定。
第二幕の迫力がすさまじい。とりわけ地獄落ちの場面は息をのむ。演奏もしかり、歌舞伎に倣ったような炎を思わせる布をドン・ジョヴァンニかぶせていく演出も素晴らしい。地獄落ちがすさまじいだけに、ふだんの上演ではとってつけたように感じる地獄落ちのあとの「めでたしめでたし」の重唱も心から安堵できる。なるほど、この場面にはこんな存在意義があったのだと納得できた。
プッチーニ 「トスカ」 2024年6月4日 フィレンツェ五月音楽祭大劇場
私もいいかげんトシだし、いつまでもプッチーニ嫌いを続けることもなかろうと思って購入してみた。やはり、まったく感動はできないし、心の中で盛り上がっていくプッチーニに対する違和感をぐっと抑えて聴いている面もあるのだが、これはなかなかの名演奏だと思った。
マッシモ・ポポリツィオの演出は、このオペラを過去の突出した事件としてではなく、現代にいつでも起こるかもしれない事件として描こうとしているようだ。登場人物は20世紀の服装で、トスカもカヴァラドッシもスカルピアも図抜けた存在ではなく、等身大の人物として描かれる。今でもあちこちの国で密告が行われ、善良な市民が圧政に苦しみ、男女が犠牲になっている。そのことをわからせてくれる演出だ。
ヴァネッサ・ゴイコエチェアのトスカは美貌で歌唱も見事。細かいところまで神経の行き届いた繊細なトスカ。カヴァラドッシのピエロ・プレッティもいかにも律儀でまじめそうで、サラリーマン風の職人という感じで、芸術家気取りが見えない。スカルピアのアレクセイ・マルコフは役人タイプの悪漢。そこにリアリティがある。歌手陣もそれを理解しているのだろう、大向こうをうならせるような歌唱でなく、等身大の歌を聴かせてくれる。
ダニエーレ・ガッティの指揮も繊細にして緻密。プッチーニのオーケストラについては私は何も語れないが、きっと良い演奏なのだろう。
ヴェルディ 「エルナーニ」 2023年7月 ブレゲンツ、祝祭劇場
登場人物たちがそろいもそろってあまりに突然、考えを変えて突飛な行動をとるために支離滅裂としか思えないこのオペラを、ロッテ・デ・ベアの演出はまずまずうまく処理している。フランコ・ヴァッサッロの演じる国王ドン・カルロは上半身裸(といっても、実際には肌色の薄着を身につけている)で、王冠はまるで紙で作ったちゃちなしろもの。まさに「裸の王様」。登場人物はみんな白っぽい薄着を着ている。まるで全体が人形芝居のように作られて、そもそもリアリティがない。そのために、突飛な展開も特に気にならない。
歌唱面では文句なし。国王のヴァッサッロは伸びのある強い声で暴君を歌う。エルナーニのサイミール・ピルグも高貴で強い声。シルヴァのゴラン・ユーリッチは、この役にしては若すぎる姿と声だが、不敵な人物を見事に歌う。あっと驚くのがエルヴィーラのグアンチュン・ユ(漢字で書くと于冠群らしい)。中国人ソプラノだが、まるで声だけ聴くと昔のテバルディなどの往年の歌手を思い出す。
エンリケ・マッツォーラ指揮のウィーン交響楽団もドラマティックでとてもいい。
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