新国立劇場「セビリアの理髪師」 堪能した!
2025年5月30日、新国立劇場でロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」をみた。細かい不満はあるが、全体的にはとてもよかった。堪能した。
先に不満を言うと、コッラード・ロヴァーリスの指揮について、ちょっとばたつき気味だと思った。かなりの速度で音楽を進めるのはよいのだが、序曲の初めの方で典型的なように、時々テンポを落とす。おそらく、それが歌心なのだと思う。が、私にはそれがどうもわざとらしくて、せっかくのロッシーニの躍動感を殺いでいるように聞こえる。東京フィルも、そのような指揮のために、少しばたばたしているように思えた。もっともっと躍動感のあふれる演奏を私は期待していた。
演出はヨーゼフ・E.ケップリンガー。私はこの演出はこれまで何度か見ている。これも全体的には納得できるし、ロラン・ペリー演出のような軽妙な動きもとても魅力的なのだが、娼婦の館がバルトロの家の前にあって、ベルタがどうやらその娼婦の館のオーナーであるという設定に納得できない。確かに、このオペラでのベルタの位置づけはどうにもわかりにくいが、そのような突飛な設定にする必要はなかろう。
最後、独裁者らしい軍人の写真が引きずり落とされることから考えて、この演出は、管理された世界からの解放を語っており、その一つの表現として娼婦たちの自由な性、子どもたちの奔放な動きなどが描かれているのだろう。だが、それにしても、娼婦の館は不自然だろう。
歌手陣についてはほぼ満足だった。とりわけ、バルトロのジュリオ・マストロトータロが素晴らしい。声量といい、アジリータといい、躍動感といい、感服するしかなかった。フィガロのロベルト・デ・カンディアも豊かな声量で、この役にふさわしい軽妙さで、観客を沸かせていた。
ロジーナの脇園彩も躍動感ある歌で、おきゃんで勝気なロジーナを見事に演じていた。ベルタの加納悦子も、先ほど述べた通り、娼婦の館のオーナーという設定には納得できないものの、この不思議な魅力の歌を不思議な魅力で歌って、私は大いに納得した。
アルマヴィーヴァ伯爵のローレンス・ブラウンリーは声はとてもきれいなのだが、第1幕で言葉の切れが悪く、「もしかして、この人、イタリア語が苦手なのでは?」と思ったのだった。ただ、第2幕ではそのようなことはなく、しっかり歌っているように思えたが、最後の場面で声の疲れを感じた。大喝采が起こったので、確かに十分に健闘しているのだが、この役には、合唱の中で突き抜けて聴こえてくるような強い声がほしい。かなり小柄な人(ロジーナの脇園さんよりもだいぶ背が低かった)なので、ここまでに頑張って疲れてきたのではないか。ドン・バジリオの妻屋秀和、フィオレッロの高橋正尚、水戸博之の合唱指揮による新国立劇場合唱団も健闘。
これまで触れてきた世界最高レベルの「セビリアの理髪師」には及ばないと思ったが、十分に堪能できる上演だった。やはりこのオペラは素晴らしい。楽しい。おもしろい。
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