長嶋茂雄氏が亡くなった。誰もが語っていることについて、私が付け加えて語ることなど何もないが、こう見えて、私も子供のころは野球少年で大の長嶋ファンだった。私も同世代の多くの人と同じように、あらゆるところで「3」という数字のついた物を争って得ようとした一人だ。
小学生から大学生までの私の学生生活と長嶋選手の現役生活はぴったりと重なっている。確か、私が小学校に入学した年に長嶋選手はプロ入りしたのだったと思う。そして、大学を卒業したものの就職できずに途方に暮れて、大学院にでも行くかと勉強を始め、そこでも壁に突き当たったころに、長嶋選手の引退試合があった。アパートの4畳半の部屋で友達からもらった白黒テレビで涙を流しながら引退試合、そして引退セレモニーを観たのを覚えている。合掌。
何本かオペラ映像をみたので、感想を記す。
ビゼー 「カルメン」(ギローによるレチタティーヴォ補筆付グランド・オペラ版)2023年9月 ルーアン・ノルマンディ歌劇場
初演時の版を用い、演出も資料に基づいて、初演時の舞台に近い形にしたのだという。むしろ台本から大きく離れて意味不明の最近の演出に比べて、こちらの方がよほど新鮮で感動的。なるほどこの時代の人たちはこんな格好で登場するよなあ…と納得する。
音楽については、私が「カルメン」に実はあまりなじんでいない(50歳を過ぎるまで、ドイツ系のオペラ一辺倒だったため、実演はおろか映像全編を通してみたこともなかった。レコードはカラヤン指揮のものを購入したが、卑俗に感じて最後まで聴きとおせなかった)せいかもしれないが、聴いたことのない部分があった。のちにカットされたのだろう。
演奏については、カルメンを歌うディーパ・ジョニーが突出していると思う。歯切れのいい歌、妖艶さはなくてかなり健康的ではあるが、強い声で、これはこれでとても魅力がある。オマーン出身だという。まさに容姿的に中東美人! シェエラザードのような趣がある。ドン・ジョゼのスタニスラス・ド・バルベラックは律儀な青年といったこの人物をうまく歌っている。エスカミーリョのニコラ・クルジャル、ミカエラのユリア・マリア・ダンは傑出してはいないが、しっかりと歌っている。
ベン・グラスバーグ指揮のルーアン・ノルマンディ歌劇場管弦楽団は、明らかに世界一流のオーケストラとは異なる音がするし、指揮についても冴えたタクトさばきは感じられないが、手作り感があり、ぬくもりのある音が出てきて、とても好感が持てる。
ヘンデル オラトリオ「テオドーラ」 2022年2月7,12日 ロイヤル・オペラ・ハウス
オラトリオをケイティ・ミッチェルの演出によってコヴェント・ガーデンでオペラのように上演したもの。しかも、ローマ時代の物語が現代に移され、本来はローマの神々への信仰を拒否して処刑された恋人たちの話だったはずのものが、ローマの神々を信仰する権力者に信仰を強要されたキリスト教徒がテロを企てる話になっている。「今、欧米の人々はイスラム教徒のテロを非難するけれど、キリスト教徒がかつてしたこともテロと同じだよ」というメッセージだろうか。それはそれでとても刺激的。歌手陣の演技もみごと、外見的にも違和感がない。もし私がヘンデル愛好者だったら怒り狂うかもしれないが、ヘンデルには思い入れはないので、納得してで観ていられる。
演奏については言うことなし。本当に素晴らしい! ハリー・ビケットの指揮もきびきびしてとてもいい。コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団がヘンデルにふさわしい古楽的な音を出す! 歌手陣はまさに最高。テオドーラのジュリア・ブロックは豊かで伸びのある声で強く健気な女性を歌う。ディディムスのヤクブ・ヨゼフ・オルリンスキは音程のよいカウンターテナーで、真面目で主義を通す男性を歌う。アイリーンのジョイス・ディドナートはさすがの歌唱。強くて躍動感のある声は健在。素晴らしい。セプティミウスのエド・ライオン、ヴァレンスのギュラ・オレントもとてもいい。
バロック・オペラもなかなか面白い、とこのごろ強く思うようになっている。
プロコフィエフ 「戦争と平和」 2023年3月 バイエルン国立歌劇場
ドミトリー・チェルニアコフの演出は、私には経費節減の苦し紛れの他愛のない思い付き演出にしか思えない。舞台はずっと同じ。おそらく戦闘による避難所。駅か学校のような広いところに、現代の服装の大勢の人々が着の身着のままの姿で集まっている。もちろん、貴族たちの豪華な服も、軍服もほとんど登場しない。みんながみすぼらしい恰好のまま避難所内で演技する。避難民は、初めのうちは静かにしているが、だんだんと荒れてきて、最後には殺し合いにまで発展するが、最後には避難所は勝利を祝って片づけられる。それだけ。
アンドレイとナターシャの別荘での出会いも、宮廷の大舞踏会も、ナポレオンやクトゥーゾフ将軍の登場する戦場の場面も、すべてみすぼらしい服、あるいは道化じみた服の登場人物が同じ避難所内で歌う。これでは、登場人物の心情も「戦争と平和」のテーマも伝わらない。演奏会形式にしてくれる方がずっとイメージできてありがたい。
大勢の人間が出てきてわっさわっさしているだけで、ただただ愚かしい。演出家はウクライナ戦争、ガザ戦争を前にして、何もできず、ただその世界から避難して、無責任なままでいるほか国の人々を揶揄しているつもりだろうか。他人事でいるうちに、世界は混乱してしまう。まあ意図はわからないでもないが、なにもそのようなことをこの「戦争と平和」の演出の場で主張することもなかろう。演出家の政治主張の場としてオペラを利用したに過ぎないと私は思う。
ただ、歌手陣はそろっている。
アンドレイを歌うアンドレイ・ジリホフスキーは気品ある歌。ナターシャのオルガ・クルチンスカも清純な声と若々しい演技がとてもいい。ピエールのアルセン・ソゴモニャンもしっかりした声で、まさにこの役を歌う。アナトーリ役のベグゾッド・ダヴロノフはいかにも世の中をなめきった育ちのいいならず者を美声で演じて、とても感心した。マリア・アフロシモワ夫人を歌うのはヴィオレータ・ウルマーナ、ボルコンスキー公爵を歌うのはセルゲイ・レイフェルクス。ベテラン健在!
指揮はヴラディーミル・ユロフスキー。指揮についてどうこういえるほど、このオペラについては知っているわけではない。が、プロコフィエフらしい躍動感があり、猥雑さの中のリリシズムがあって、私はとてもいいと思う。tだ、この演出では、音楽に同化できないので、残念ながら、それ以上の感想はない。
ベッリーニ 「ノルマ」2025年2月19・23日 アン・デア・ウィーン劇場 (NHK・BSにて放送)
アスミク・グリゴリアンが歌うというので、楽しみにして放送をみた。いやあ、思っていた以上に素晴らしい! 実を言うと、「イタリア・オペラなんかで浮気していないで、ワーグナーとシュトラウスとヤナーチェクのヒロインに専念して歌ってほしい!」と思っていたのだが、いやどうしてどうして、グリゴリアンのイタリア・オペラも言葉を失う凄さ! 高音から低音まですべての声が完璧にコントロールされ、しかも強くてしなやか。感情表現も素晴らしく、演技も見事。マリア・カラスに匹敵すると思う(ただ、そう思って、後でカラスの「清らかな女神よ」を聴き返してみたところ、やっぱりカラスは別格!)。
アダルジーザのアイグル・アクメチナもとてもいい。初めて名前を知ったが、素晴らしい歌手だと思う。ノルマとの有名な二重唱も声がぴたりと合って美しくも壮絶だった。
ポッリオーネのフレディ・デ・トマーゾは第1幕では少しだけ声がかすれるところがあったが、強い美声がとても魅力的だ。ただ、ノルマやアダルジーザを虜にする魅力的男性に見えないのが残念。オロヴェーゾのタレク・ナズミは安定した貫禄ある歌唱。
アルノルト・シェーンベルク合唱団の合唱が素晴らしい。さすが。フランチェスコ・ランツィロッタの指揮するウィーン交響楽団も文句なし。ベッリーニのオーケストレーションにはかなり難があるが、それをうまくドラマティックに鳴らしている。
問題はヴァシリー・バルカトフの演出だろう。このごろではイタリア・オペラでも読み替え演出がなされるようになったようだ。本来は、ローマ帝国支配下の異教の国の巫女ノルマの物語だったはずだが、舞台は現代の石膏工場に移され、ノルマは無理やり独裁者の石膏像を作らされている工場のオーナーという設定らしい。ポッリオーネは独裁者の手先ということだろう。こんな設定にすると、ローマ人と恋をする女たちの葛藤がまったく伝わらないし、最後の火刑の場のリアリティがなくなる。そのためか、ピッリオーネは火刑台(石膏工場のかまど)に向かうノルマを助け出して終わる。「なんのこっちゃ!」と言いたくなる。
こんなたわけた演出でも聴く者を感動させるグリゴリアンの歌の凄みを改めて感じた。
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