映画「岸辺露伴は動かない 懺悔室」 仮面と仮面の輪舞!
先日、テレビで放送された映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」をみた。何気なくみたのだったが、大変おもしろかった。漫画原作の映画を見慣れないせいかもしれないが、リアルと非リアルの自由な交錯に惹かれた。そこで展開される「黒の美」というテーマも興味深かった。今、上映中の「岸辺露伴は動かない 懺悔室」も薦めてくれる人がいて、出かけることにした。これもなかなかおもしろかった。
原作は荒木飛呂彦、監督は渡辺一貴。
有名漫画家・岸辺露伴(高橋一生)は文化イベントの招待を受けたのを機会に、マンガの取材のためにヴェネツィアに行く。そこで懺悔室にふと入って、神父と間違われ、仮面をつけた日本人男性(井浦新)から懺悔される。その男の懺悔によれば、かつてヴェネツィアで暮らし始めたころ、苦しむ日本人(戸次重幸)をいたぶって死なせてしまい、その男の霊に「幸せの絶頂で絶望に襲われる」という呪いを受け、それ以来、幸せにならないように工夫して生きているという。ところが、最愛の娘の結婚が近づき、幸せの絶頂になって絶望をもたらすのではないかと恐れている。露伴は、そうした父と娘にかかわる(ネタバレを避けて、これ以上は語らない)。
露伴の不思議な服、ヴェネツィアという土地、ヴェネツィアンマスクなどの神秘的な様々な仕掛けによって、かなり不自然な設定が違和感なく受け入れられる。そのなかで、生と死の表裏、幸福と絶望の表裏が語られる。観客も不思議な世界に入り込む。ホラー映画的な要素もあり、演技者たちも説得力ある熱演。
露伴と担当編集者の泉京香(飯豊まりえ)が小サロンでのピアノ伴奏版の「リゴレット」をみる場面がある。相手を殺すつもりで殺し屋を雇ったら、殺されたのはわが娘だったという場面。生と死、誠実と裏切り、虚と実、仮面と実像、そのようなものが入り乱れる。そして、「リゴレット」を変形する形でドラマは進んでいく。まさにヴェネツィアを舞台にした仮面と仮面の輪舞。
ただ思ったのは、最高の幸せの中での絶望というのは、自分の命を失うことではなく、最愛のものを奪われることであるのは当然だろう。登場人物がそのことになかなか思い当たらないのは意外だった。
それにしても、幸せは必ず失われる。幸せが大きければ大きいほど絶望も大きい、幸せと絶望はまさに表裏だと改めて思う。父親(この場面では大東駿介が演じている)がポップコーンを放り投げて口で受ける場面の不気味さは見事だった。
ところで、映画の中のリゴレットとジルダの役を歌っていた歌手は誰なのだろう。ピアノ伴奏だったので、有名な録音からの抜粋ではないだろう。エンドクレジットに名前が出なかったので、有名歌手ではないのだろうか。しかし、かなりのレベルの歌だった。イタリアには、あのようなレベルの歌を歌える歌手がたくさんいるのだろうか。かなり気になった。
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