METライブビューイング「サロメ」 流麗で散文的な「サロメ」
METライブビューイング「サロメ」をみた。2025年5月17日にニューヨーク・メトロポリタン劇場で上演されたもの。
指揮はヤニック・ネゼ=セガン。演出はクラウス・グート。私の大好きなオペラ、大好きな指揮者、かなり好きな演出家なので、大いに期待して出かけた。が、結論からすると、実はあまり私の好みの上演ではなかった。
舞台は現代に移されている。王と王妃を中心とする豪華なパーティが行われているという設定で、ユダヤ人、ナザレ人などといった登場人物たちは給仕ということのようだ。
どうやらグートはこのオペラを虐待を受けてきた女性の心理劇としているようだ。サロメと同じ扮装をした少女たち(人数は数えるのを忘れていたが、「7つのヴェールの踊り」の際に登場して次々とヴェールをはがしたので、7人だったのだろう)が登場。幼いころから、年を経てもなお王、あるいは男の象徴であるらしい羊の頭をかぶった人物にいわば捕らわれの身になっており、虐待を受けていたことが示される。そのため、残虐な心を持っている。そうした折、自分と同じように地下室で囚われの身になっているヨカナーンに純粋な愛を感じるが、男性を愛すのに残虐な方法しか知らない。ヨカナーンの生首を欲しがって愛そうとする。そういうふうに演出意図をまとめられるだろうか。
最後、ヘロデはサロメを殺すことを命じるが、そうしたと同時にヘロデは発作を起こして倒れる(おそらくその場に死んだのだろう)ので、ヘロデの命令は実行されることなく、サロメは生き延びる。つまりはどうやらサロメの行為は、罰される必要のない愛の行動として描かれている。
ネゼ=セガンの指揮もこの演出にふさわしい音楽になっているといえるだろう。このオペラの持つ表現主義的で先鋭的な面はかなり弱められている。むしろ「ばらの騎士」と同じように、官能的で流麗な面が強調されている。音楽はオーケストラの美しい音によって流麗に流れ、歌手陣はずっとしなやかに見事な声で歌い続ける。神話的で世紀末的で退廃的な雰囲気はない。先がどうなるかわからぬ不気味さや唐突感はない。散文的で心理小説的で、サロメの愛を歌い上げる。
これはこれで悪い演奏ではない。このところのメトロポリタン歌劇場管弦楽団の力量も十分に発揮されている。そういう解釈もあるだろう。だが、私の好きな「サロメ」はこのようなものではない。神の世界の対極にある悪魔的で世紀末的な世界を体現するのが「サロメ」だと私は思っている。その意味では少し不満だった。
歌手陣は見事だった。サロメを歌うエルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァーは圧倒的な声で、最後まで歌いきる。ただ、演出と指揮のせいだと思うが、演技を含めてあまりに心理劇的、つまりはあまりに人間的に感じた。もっと神話的、もっと非人間的に歌ってもいいのではないかと思うのだが。ヨカナーンはペーター・マッテイ。声も容姿もスタイルもあまりに立派なヨカナーン! これも文句なし! ミシェル・デ・ヤングのヘロディアス、ゲルハルド・ジーゲルのヘロデも見事に役になり切って、これも素晴らしい。
7人の少女たちの演技にも感服! 最も幼い子どもだと小学校低学年程度の子どもだと思うが、手足や目の演技も含めて、実に見事。座っているだけでも存在感がある。
とても良い上演だったが、私の好む「サロメ」ではなかった。その一言に尽きる。
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