吉田志門&碇大知のリサイタル ブリテンの歌曲に震撼!
2025年8月7日、中板橋のマリーコンチェルトで、吉田志門(テノール)、碇大知(ピアノ)のリサイタル「Ode to Joy leucos 光へ」を聴いた。
7月28日から8日間にわたってチベット旅行をしていたので、久しぶりのコンサート(PCの絶不調もあって長い文章を書く余裕がなく、旅行の印象はまだブログにアップしていない)だった。素晴らしかった。感動した。
吉田志門は日本が誇る世界的テノールだと思う。数年前にシューベルトのリートを聴いてそう思ったが、その後、歌曲を聴いても宗教曲を聴いても、その確信を深める。今回もそう思った。
前半にブリテンがミケランジェロのイタリア語の詩に音楽をつけた「ミケランジェロの7つのソネット」を中心に、カヴァッリやカッチーニなどの16、17世紀のイタリアの作曲家の歌曲を配したプログラムだった。ミケランジェロが恋愛詩を書いていたとは知らなかった。ミケランジェロの同性愛についてはよく知られているが、吉田さんによるとこれは同性の愛する人を思い描いての恋愛詩とのこと。初めて聴いたが、これは素晴らしい曲、素晴らしい演奏だと思った。激しい思い、秘めた思いをまっすぐに歌う。とりわけ「私は甘美なる光を見る」にはまさに震撼した。
ブリテンとピーター・ピアーズの同性愛関係は有名だが、確かに吉田さんの言う通り、ブリテンはミケランジェロの詩に自分のマイノリティの性愛を重ねあわせているのかもしれない。尋常ではない迫力をもって愛が語られる。
後半は、レオンカヴァッロ、ルチアーノ・ベリオ、レスピーギなどの歌曲が歌われた。レオンカヴァッロの2曲だけは聴いたことがあった(きっと、私はCDを持っていると思う)が、ほかは初めて聴いた。どの曲も実におもしろい。逆にいうと、吉田はそれぞれの作曲家の魅力を私たちに教えてくれた。
吉田は自然な発声で自然に歌う。そのために知的で気品にあふれている。しかも、持って回った歌い方ではなく、きわめて率直なので、まっすぐに私たちの心をゆすぶる。作曲家の思いもそのまま伝わる。それぞれの言語(今日はイタリア語)の響きを大事にし、歌詞の意味をしっかりとかみしめて歌う。私に唯一わかった(といっても、文字をみているからわかるわけだが)のはフランス語で歌われたレスピーギの「庭のただなかで」だけだったが、言葉の響きによって、情景が目に浮かび、ランボーが語ったように、まさに言葉が音楽になり、色彩になって広まっていく。それが実に見事だと思った。碇大知のピアノも決して出しゃばらないが、しっかりと歌に即し、歌の情景を描き出す。とてもよい伴奏だと思った。
吉田志門はイタリアものも歌える! きっと、イタリアオペラも歌えるだろう、しかも、世界レベルで! うーん、ちょっとしたショックだった。うれしいことではある。だが、ドイツ音楽好きの私としては複雑な気持ちだ。
まずはシューベルトとシューマンとブラームスとシュトラウスとヴォルフのリートを歌ってほしい! この人の「マゲローネのロマンス」をぜひ聴いてみたい! 「商人の鑑」全曲も聴いてみたい。フォーレやドビュッシーももっと歌ってほしい。往年のジェラール・スゼーのレパートリーをすべて吉田志門で聴いてみたい。宗教曲もバロックオペラもきっとこの人は最高の歌を聴かせてくれるだろう。勝手な願いだとはわかっているが、イタリアオペラはその後にしてほしい。
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