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新国立劇場 「ナターシャ」 通じ合えない多様な言語からの再出発!

 2025813日、新国立劇場で、大野和士芸術監督による日本人作曲家委嘱作品、多和田葉子台本・細川俊夫作曲によるオペラ「ナターシャ」を観た。指揮は大野和士、演出はクリスティアン・レート管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団、合唱は新国立劇場合唱団、合唱指揮は冨平恭平。

 きちんと理解できたとは言えないが、ともあれ大変おもしろかった。

 ストーリーとしては、ウクライナ人らしいナターシャと日本人らしいアラトが出会い、初めは互いに言葉が通じないが、互いに惹かれあうようになり、メフィストの孫に導かれて7つの地獄(森林地獄・快楽地獄・洪水地獄・ビジネス地獄・沼地獄・炎上地獄・旱魃地獄)をめぐるうち、愛を深めることになる、とまとめられるだろう。地獄をめぐる理由など心的要因はあまり説明されない。そして、日本語、ウクライナ語、ドイツ語、中国語など様々な言語が飛び交う。「ファウスト」、あるいは「神曲」のような構成による、いわば哲学オペラとでもいうべきもの。

 ステージにはプロジェクションマッピングというのだろうか、海中の映像が映り、録音による海の音が聞こえ、それに人間の声(合唱団によるため息のようなものや様々な言語による単語)が重なる。そして、音楽が始まる。豊かであるはずの海がプラスティックに汚染される様子が示される。そして、地獄めぐりが始まり、最後、バベルの塔がさかさまになって現れる。こののちも、様々な音がスピーカーによって聞こえてくる。

 要するに、生命の源としての海が汚染され、人間は自ら引き起こした快楽や洪水やビジネスなどによって苦しめられ、地獄を味わっている。そして、生命の源としての海は汚染され、生命そのものが脅かされ、多様な生物との共生が困難になっている。そうした中を二人はめぐって、最後「逆バベルの塔」を発見する。このオペラはその過程を描いたものと言えるだろう。

 バベルの塔は、不遜にも天に届くような塔を作ろうとした人類に対して神が怒り、人間の言葉を通じなくしてしまった・・・という旧約聖書に語られる出来事だが、多和田のメッセージは、逆に、人の言葉が通じ合うことができないというところから再出発しようということなのだろう。つまり、地球上には多様な言語がある。一つの言語に統一されているわけではない。それこそが言語の多様性であり、生命の多様性に通じるものなのだ。だから、むしろ、その多様性を出発点にして、相互理解を進めようとする。無理やり言語を一つにして通じ合おうとする必要はない。多様な言語があるからこそ、それぞれの生き方を許容し、地獄に陥らずに多様な生命を全うすることができる。ナターシャとアラトはメフィストに導かれて、そのことを発見する。そう解釈できるだろう。

 細川俊夫の音楽は、いわゆる「現代音楽」を好まない私にもすんなりと受け入れられるものであり、テーマに沿っていて、とても説得力があった。演出も、もちろん、意図不明なところはたくさんあったが、全体的にはとても魅力的に思えた。合唱団の動き、様々な背景も納得のいくものだった。

 歌手陣も充実していた。とりわけ、ナターシャのイルゼ・エーレンスとアラトの山下裕賀は見事というしかない。メフィストの孫のクリスティアン・ミードル、ポップ歌手Aの森谷真理、ポップ歌手Bの冨平安希子もとてもよかった。合唱も文句なし。大野の指揮についても、私にわかる限りでは、きわめて的確に思えた。

 現代オペラに疎い私には専門的なことはまったくわからないが、ともあれ、全体的に、私にはとても満足できる新作オペラの世界初演だった。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

「ナターシャ」のご感想をお聞かせいただき、ありがとうございます。多言語オペラという観点から一本筋の通った解釈をご提示いただき、なるほどと思いました。
私も「ナターシャ」はとても面白かったです。私の場合は、私自身が日ごろ感じていることと「ナターシャ」の問題意識がヒットしたからだと思います。
人間はこのまま消費生活を続けていて良いのか。森林を伐採し、海を汚染しながら、今この時の快適さを求め続けて良いのかと。その先には何があるのかと思っているところに「ナターシャ」と出会い、震える思いがしました。

投稿: Eno | 2025年8月14日 (木) 09時09分

久しぶりにお会いできて嬉しかったです。私もナターシャを期待以上にのめり込んで見ました。多言語を使用した表現について、整理していただき、とても納得です。
ちょっと偉そうな言い方をすると、委嘱も台本も作曲も日本人で、世界に通用するオペラが生まれたと感じました。テーマも普遍的で、多くの人が納得できるオペラだと思います。しかし個人的には、テーマは重く、アリアも少なく、美しい美術でもなく繰り返し楽しむの辛いかな。
次回神奈フィル狙います。私の前期の一番は、マケラのパリ管でした。フランス音楽が楽しく素晴らしいと初めて感じた経験でした。

投稿: 中島 | 2025年8月14日 (木) 12時11分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
現代曲に疎いため、私は及び腰だったのですが、目を見張り、耳をそばだて夢中になって最後まで観ることができました。確かに、世界に通用するオペラだと思います。きっとたびたび上演の機会があるでしょうね。
ブログを読ませていただき、細川俊夫の音楽のあれこれについて気づかせていただきました。ありがとうございます。なるほど! 私には気づきようもないことです! もう一度観てみたくなりました。

投稿: 樋口裕一 | 2025年8月15日 (金) 09時19分

中島 様
久しぶりにお目にかかって、とてもうれしく思いました。
そうですね、素晴らしい現代オペラが誕生したとは、強く思いますが、私も、「好きなオペラか」と聞かれると、ちょっと答えにためらいます。何しろ私は超保守的な音楽ファンですので。
マケラは私も一度聴いて、とても感銘を受けた記憶があります。今回は、どういう事情か忘れましたが、聴けませんでしたけれど。
きっとまたお会いする機会があるでしょうね。楽しみにしています。

投稿: 樋口裕一 | 2025年8月15日 (金) 09時34分

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