ドホナーニ死去のニュースをみた
クリストフ・フォン・ドホナーニ死去のニュースを昨晩、ネットで見た。95歳とのことなので、天寿を全うしたというべきだろう。大好きな指揮者だった。
私が初めてドホナーニを聴いたのは、1977年、パリ旅行の最中だった。あまり音響の良くない会場だった。名称は忘れたが、きっとパレ・デ・コングレだったと思う。オーケストラはパリ管弦楽団、曲目はアニア・シーリアのソプラノが加わってシェーンベルクの「期待」と確かシュトラウスの「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」とシューベルトの「未完成」だったような気がする。シーリアとドホナーニがご夫婦であることを後に知った。
席はガラガラ、たぶん百人もいなかったのではないか。あまり知られていない指揮者、そして現代曲がプログラムに含まれているとこうなるらしい。当時、フランス文学を学ぶ貧乏な大学院生だった私は2階の最も安い席を予約していたが、あまりに客が少ないので、ホール担当者の呼びかけで全員が1階の好きな席に移っていいということになった。フランスではこんなことがあるんだ!と驚いたのを覚えている。
で、演奏はどうだったかというと、実はまったくよくなかった! 指揮者もオーケストラ団員もやる気のなさが見え見え。ひどい指揮者だと思った。
ところが、その翌日だったか、翌々日だったかオペラ座(もちろん、まだバスティーユはないので、ガルニエ宮)でこのドホナーニの指揮で「フィガロの結婚」が上演された。期待せずに出かけた。貧乏だったので、アンヴィジーブルの席(直訳すると「見えない席」!)。2階のバルコニー席の後ろのほうで、確かに舞台の半分くらいしか見えなかった。
が、序曲からして、コンサートとはまったく違う音が聞こえてきた。冒頭から気合の入った名演だった。繊細で軽やかで細かいところまで完璧で、要所要所でぴしりと音が決まる。しかもきわめて高貴な音する! 「フォン」のつく貴族なのも伊達ではないと思った(のちに、ハンガリーの作曲家エルンスト・フォン・ドホナーニの孫であることを知った)。こんな「フィガロの結婚」はこれまで聴いたことがない!と思った。マーガレット・プライスの伯爵夫人、テレサ・ベルガンサのケルビーノも素晴らしかった。全身が震えるような感動を覚えた。いっぺんでドホナーニのファンになった。
その後、CDをかなり聴いた。実演もシュトラウスの「影のない女」やベートーヴェンやブラームスなどの来日公演を聴いた。組み立てのしっかりした知的な演奏にしびれた。それ以前、フルトヴェングラーやチェリビダッケなどの、楽譜とかけ離れた演奏をする指揮者が大好きだった私の好みを変えてくれたのはドホナーニだったといえるかもしれない。ドホナーニを聴くうちに、激しい思い入れをしないで、速めのテンポで音楽の本質をえぐり出すような演奏のほうが好きになった。ウィーン・フィルとのメンデルスゾーンの交響曲全集、クリーヴランド管弦楽団とのベートーヴェンやブラームスは今でも愛聴盤だ(ただ、彼のワーグナーは、ちょっと淡白すぎて私の好みではなかった)。
大好きだった若手指揮者がいつのまにか高齢になり、重鎮になり、そして亡くなっていく。当然のことだが、とても悲しい。合掌。
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コメント
1977年にパリに行かれたんですね。ガラガラの演奏会。ホールの担当者が聴衆に「1階の好きな席に移っていい」と呼びかけたこと。ガルニエで聴いた「フィガロの結婚」のすばらしさ。まるで目に見えるようです。その後のドホナーニの来日公演やCDの経験も興味深く読みました。私はドホナーニの実演は一度しか聴いたことがなく(クリーブランド管弦楽団との来日公演でした)、CDはけっこう聴きましたが、でも樋口様ほど深い思い出は残っていません。情けなく思います。
投稿: Eno | 2025年9月 9日 (火) 09時14分
Eno 様
コメント、ありがとうございます。
50年近く前のことですが、ドホナーニ(当時、作曲家のドホナーニについてはいくらか知識はあったと思うのですが、フランス人がドナニーと発音していましたので、その関係についてまったく気づかなかったのでした)の演奏について、あの時の感動について、今も鮮明に覚えています。40日間のヨーロッパ旅行(そのうち30日くらいがパリでした)で、語学を学びたい気持ちもあって出かけたのでしたが、フランス語をしゃべるのがイヤで音楽ばかり聴いていました。音楽面で実に充実した旅行でした。
ブログは興味深く読ませていただいております。「ナターシャ」についての3回は、とても参考になりました。ありがとうございました。
投稿: 樋口裕一 | 2025年9月10日 (水) 08時10分