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大野&イブラギモヴァ&都響のショスタコーヴィチ第2番 イブラギモヴァに感動!

 202593日、東京文化会館で東京と交響楽団の定期演奏会を聴いた。指揮は大野和士、曲目は前半にアリーナ・イブラギモヴァが加わってショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第2番、後半に交響曲第15番。

 私は特にショスタコーヴィチ愛好者というわけではないのだが、なぜか気になって、時間の余裕があるとショスタコーヴィチの交響曲や協奏曲を聴きに行きたくなる。聴くたびに、どう解釈してよいかわからずに途方に暮れるが、また聴きたくなる。今回も同じだった。

 ヴァイオリン協奏曲はとりわけイブラギモヴァの演奏に心惹かれた。少し前まで少女のような雰囲気だったが、かなり風格が出てきた。音楽的にも、かつてのしなやかで繊細な雰囲気は保ちながら、音の質感が増し、精神的深みのようなものを感じさせる。そのような音でショスタコーヴィチの晩年の境地を描いていく。

 第1、第2楽章は抑制気味といっていいだろう。第3楽章になって爆発する。しかし、中期までのようなヒステリックといった雰囲気はなく、抑制され、内面化されている。超絶技巧の長大なカデンツァは華麗とさえいえそうだが、むしろ大宇宙に音の線による色彩的な落書きを書いているかのような雰囲気がある。それをイブラギモヴァは、熱を込めるでもなく、やすやすと知的に弾きまくる。それが素晴らしい。圧倒された。大野指揮による都響の音もさすがというしかない。アンサンブルが安定しており、独特の知的な雰囲気がある。

 交響曲15番については、私は実はよく理解できなかった。これまでこの曲は何度か聴いたことがあるが、聴くたびに狐につままされたような気になる。第1楽章に何度も出てくる「ウィリアム・テル」序曲の断片は何を意味するのだろう、第4楽章の「ニーベルングの指環」の「運命の動機」はいったいなぜ出てくるのだろう。大野指揮で聴いたら何かしら納得できるのかと思ったのだったが、やはりわけがわからなかった。わからないなりに、心躍るということもなかった。

 きっと私の修行が足りないということなのだろうが、マエストロが何をしたいのか、そもそもこの曲をどう聴けばよいのかわからず、退屈に思ったのだった。

 が、ヴァイオリン協奏曲第2番については、私は大いに心躍り、イブラギモヴァの演奏を久しぶりに聴いてとてもうれしかった。それで十分!

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