やっと涼しくなった。特に急ぎの仕事もなく、毎日、マイペースで生活している。数本のオペラ映像をみたので、簡単に感想を記す。
ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 2025年7月25日 バイロイト祝祭劇場
NHKBSで放送された映像。演出は「読み替え」というほどではなくて、とても納得のいく上演だと思う。それにしても、ひと昔前のこの楽劇の上演とはずいぶんと様子が変わったなあ・・とつくづく思う。
まず、ダニエレ・ガッティの指揮についていうと、もちろんとても見事な演奏だと思う。色彩的で流麗で、エロティックと言ってもいいような気がする。言い換えれば、あまり壮大でも壮麗でもない。マティアス・ダーヴィッツの演出も、まるでおとぎ話か絵本から抜け出したような舞台を作り上げている。まったく重厚さがない。というか、重厚さを徹底的に排している。
歌手陣も同じ傾向が徹底されている。ハンス・ザックスのゲオルク・ツェッペンフェルトは、まず見た目で重厚ではない! こんなに細身のハンス・ザックスをこれまで実演でも映像でも写真でも見たことがなかったような気がする。こんなに細い体でよくぞあんな声が出るものだとこの人の歌を聴くたびに思うが、ザックスを歌うと、この役から重厚さや安定感がなくなってしまう。それが狙いなのかもしれないが、ツェッペンフェルトの演技が達者なことも加わって、かなり神経質な感じがしてしまう。これはさすがにいきすぎではないかと思った。
ワルターのマイケル・スパイアーズも、素晴らしい歌手だと思うが、ヘルデンテノールというよりも強めのリリックな声の持ち主。ベックメッサーのミヒャエル・ナジは大変演技力で、この厚顔無恥な書記を演じる。エヴァのクリスティーナ・ニルソンも美しくもしっかりした声だが、もちろんワーグナー歌手とはいいがたい。
ポーグナーのパク・ジョンミンは深々とした柔らかい声で、これもワーグナー歌手という雰囲気はないが、このしなやかな声はとても魅力的だ。それにしても韓国人歌手の大活躍ぶりには驚く。韓国はいったい何人の世界的な歌手を輩出しているのだろう!
そんなわけで、かつてのワーグナーの上演とは様変わりしているが、それはそれでとてもよい上演だと思う。
この楽劇では、どうしても最後のドイツ芸術の称揚の部分をどう処理するかが問題になってくるが、今回の演出では、最後までヴァルターがマイスターを拒否し、ザックスやポーグナーが困り抜くところで舞台は終わる。要するに、一国の芸術を最高のものとして世界に君臨するという姿勢への演出家の意思表明だろう。
ギルバート&サリヴァン「ゴンドラ漕ぎ」2021年10月28-30日 スコティッシュ・オペラ、エジンバラ・フェスティヴァル・シアター
ギルバート(作家)とサリヴァン(作曲家)によるコミック・オペラ(オペレッタとは呼ばないらしい)は、オッフェンバックの英国版と私は認識している。日本を舞台にした「ミカド」はDVDでみたことがあったが、この作品は初めて。この「ゴンドラ漕ぎ」は1889年の作品だというが、英国内では今も人気と聞く。確かに舞台としてはなかなかのセンスだと思う。
幼児のときに誘拐されたある国の王子がヴェネツィアのゴンドラ漕ぎとして育てられたらしいが、二人の兄弟のうちのどちらなのかわからない。しかも二人のゴンドラ漕ぎは結婚したばかりだが、王子は幼いころ、すでに王妃と結婚したことになっている。はて、どうする…というストーリー。おそらくセリフは現代に合わせていると思うが、それにしても、軽妙で知的なセリフ。さすがシェークスピアの国! 共和制と君主制、人間のアイデンティティの問題など、今日的問題にも絡むセリフがいくつも出てくる。当時のヴィクトリア女王の治世を風刺しているらしい。
音楽のほうは、明るくて軽快で、それなりには楽しいが、オッフェンバックと比べるとやはりかなり精彩を欠く。逆にいうと、いかにオッフェンバックが偉大であるか改めて感じる。オッフェンバックがモーツァルトだとすると、サリヴァンは同時代の今では名前を忘れられた古典派作曲家といった感がある。
演奏はなかなかのレベルだと思う。二人のゴンドラ漕ぎ(マーク・ネイサンとウィリアム・モーガン)、カルシダのカトリオーナ・ヒューイットソン、ルイスのダン・シェルヴィー、二人のゴンドラ漕ぎの結婚相手(エリー・ラーン、ショーネッド・グウェン・デイヴィス)、プラザ=トロ公爵夫妻(リチャード・スアート、イヴォンヌ・ハワード)、ドン・アルハンブラ・デル・ボレロのべン・マカティア。いずれも演技も歌も見事。公爵は年齢のためか声が出ないが、きっとベテランの名歌手なのだろう、この役はこれでいい。
デレク・クラークの指揮、ステュワート・マウンダーの演出。華やかで楽しく、最大限にこの作品の魅力を出していると思う。
ドニゼッティ 「グラナダのゾライダ」2024年11月16日 ベルガモ、テアトロ・ソチアーレ
若きドニゼッティが作曲し、大成功を収めたというオペラ。これが世界初映像化だとのこと。15世紀スペイン、レコンキスタの時代、スペイン軍に包囲されたムーア人の内部での愛と抗争を描く。
オペラとしてはあまり出来は良くないと思う。のちのドニゼッティのオペラのような名アリアはないし、歌の並列といった感じで、オペラ的な盛り上がりにも欠ける。登場人物一人一人が長々と心情を歌うので、かなり冗長な印象を受ける。これでは確かにドニゼッティの代表作として歴史に残らないだろうと納得する。とはいえ、さすがドニゼッティ。親しみやすい歌には事欠かない。見事なところはいくつもある。
演奏については、見事の一言。歌手陣では、ヒロインのゾライダを歌うズザナ・マルコヴァーは、清純な声と容姿でとてもいい。歌いまわしも実に美しい。もう少しパンチがあったらものすごい歌手だと思う。ゾライダの愛する英雄アベナメットを歌うズボン役のチェチーリア・モリナーリは、歌は素晴らしいが、もう少し男っぽい演技をしてくれないことには、どうにも気に病む女性に見えてしまう。
あっと驚くのが、悪役アルムジールを歌うキム・コヌだ。韓国系の歌手らしいが、見事な声と演技! 高音の伸びと威力はすさまじい。このところ世界的な韓国人歌手が次々と脚光を浴びているが、この人はその一人だろう(それにしても体格差はほとんどないと思うのだが、日本人とどんな差があるというのだろう。日本人としては世界で活躍する日本人歌手があまり登場しないのが寂しい)。もう一人の悪役アリを歌うヴァレーリオ・モレッリもドスの効いた声で素晴らしい。
演出家ブルーノ・ラヴェッラは、15世紀のグラナダを1992年のサラエボになぞらえたという。確かに、登場人物はその時代の服装で、アルムジールの部下たちはボスニア紛争を思わせる戦闘服を着ている。現代に通じるドラマとして、わかりやすい演出だと思う。
指揮はアルベルト・ザナルディ、オーケストラはオルケストラ・リ・オリジナーリ。ピリオド楽器のかなり強弱の強い演奏。これは好悪がわかれるかもしれない。きびきびとした良い演奏だと思うが、私としては現代楽器のほうが落ち着いて聞いていられると思った。
ドニゼッティ 「ロベルト・デヴリュー」 2024年11月15日 ベルガモ、ドニゼッティ歌劇場
これはすごい映像! このオペラには、グルベローヴァがエリザベッタを歌ったバイエルン国立歌劇場の上演映像があるが、それに匹敵する。歌手陣が圧倒的。
まず、エリザベッタのジェシカ・プラットが素晴らしい。高貴で強い美声で、弱音の使い方もとても精妙。ロベルト・デヴリューのジョン・オズボーンも相変わらずの強い高音が圧倒的な力を発揮する。ノッティンガム公爵のシモーネ・ピアッツォーラとサラのラッファエッラ・ルピナッチはともに強い声で、この二人の二重唱の迫力はすさまじい。ただ、この二人は声を前に出すことを重視しているので、私は少し疲れてしまう。もう少し、大声を出すことだけでなく、弱音を使って深みを出してほしいと思う部分もあった。
指揮はリッカルド・フリッツァ。指揮についても、ちょっと攻めの演奏が続くので、もう少し余裕がほしいとは思ったが、オーケストラの説得力はすさまじい。演出はスティーヴン・ラングリッジ。目新しい解釈はないと思うが、エリザベス朝の時代に即して、わかりやすくて、それぞれの人物の心情がしっかりと伝わる演出だと思う。
大変満足した。
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