ウィーン国立歌劇場来日公演「フィガロの結婚」 素晴らしいの一言!
2025年10月9日、東京文化会館でウィーン国立歌劇場来日公演「フィガロの結婚」をみた。指揮はベルトラン・ド・ビリー、演出はバリー・コスキー。突出した歌手はいなかったが、全員が高レベルの素晴らしい上演だった。
実にくっきりした指揮だと思った。いたずらに煽ることなく、だからと言ってだれることもなく、明確に音楽を進めていく。輪郭がはっきりして。実に美しく、しかも安定している。興奮するような演奏ではないが、しみじみと美しさ、音楽の喜びを感じる。そして、オーケストラの音の何と美しいことか! これぞ音楽の喜び! 今更当たり前のことだが、モーツァルトはとてつもない天才であって、しかもこのオペラはまさに天才の作った奇跡の音楽の連続であることをつくづく感じる。音楽そのものの愉悦に浸って至福を味わう。
歌手陣もそろっている。私がとりわけ心惹かれたのは、アルマヴィーヴァ伯爵のダヴィデ・ルチアーノと伯爵夫人のハンナ=エリザベット・ミュラーだった。ルチアーノはアンドレ・シュエンの代役だったが、張りのある強い声で見事にクセの強い伯爵を歌った。ミュラーは、絶望した伯爵夫人にしては少し元気すぎる気がしたが、美しい声が素晴らしい。
スザンナのカタリナ・コンラディも溌剌として伸びのある声がとてもいい。この人も代役で、イン・ファンが歌う予定だったが、きっとイン・ファンに劣らぬ歌唱だっただろうと思う。
そのほか、ケルビーノのパトリツィア・ノルツも美しい声でチャーミング。あまり少年らしくない演技で、いかにも女性らしい動きだったが、きっと演出家の指示によるのだろう。バルトロのマテウス・フランサは伯爵をしのぐほどの強い声が魅力的だった。今後、様々な役を演じるようになるのかもしれない。バルバリーナのハン・ヘジンも澄んだ声がとても魅力的だった。ただ肝心のフィガロ役のリッカルド・ファッシが少し不調だったのか、あまり声が出ていなかった。もちろん、ほかの歌手に比べて劣るということはないのだが、主役なのだからもっと突出した声がほしいと思った。
バリー・コスキーの演出は、基本的に現代に舞台を移したものだった。ほとんどの人物は現代の服装で登場する。第1幕は舞台の前方だけで展開し、ケルビーノが隠れるのは椅子ではなく、吊り下げられたシーツだった。第4幕では、庭の草むらではなく、舞台全体が板張りで、もぐらたたきのように穴の中から登場人物が現れてかわるがわるに演技した。歌手たちは複雑な動きを覚えるのが大変だったのではないかと余計な心配をした。元通りのほうがずっとわかりやすくて面白いのに、なぜわざわざ変更する必要があるのだろうかと疑問を覚えた。どうせ台本から離れるのなら、もっと大胆な解釈を示してほしいが、なんだか中途半端だと思った。それとも深い意図があったのだろうか。
とはいえ、音楽を邪魔せずにわかりやすく楽しめる演出ではあった。「音楽は素晴らしい! オペラは素晴らしい! モーツァルトは素晴らしい」と心の底から叫びたい気持ちになった。
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