METライブビューイング「夢遊病の女」
東劇でMETライブビューング、ベッリーニのオペラ「夢遊病の女」をみた。
ネイディーン・シエラがアミーナを歌うというのだから、これを見逃す手はない。今や、シエラはイタリア・オペラ代表する大プリマ・ドンナであり、すべての役で圧倒的な歌唱と演技を見せる。2024年のロイヤル・オペラの来日公演での「リゴレット」のジルダで私は初めて実演を聴いて、それまで映像でしか知らなかった実力を知って圧倒されたのだった。
「夢遊病の女」を実際にみてみると、期待に背かない圧倒的な歌と演技! しなやかな歌いまわしと絶世の美声、大柄で自由奔放な動き、豊かでありながらもけっして不自然ではない顔の表情など、どれをとっても素晴らしい。
恋人役のエルヴィーノを歌うのはシャビエール・アンドゥアーガ。若いテノールで、ちょっと気まじめな感じのする好青年。声の美しさ、歌唱に丁寧さはほかのテノールを圧倒する。まだ若いこともあって、演技が硬い気がするが、すぐに大スターになるだろう。
リーザのシドニー・マンカソーラ、ロドルフォ伯爵のアレクサンダー・ビノグラドフもとてもいい味を出していて、メトロポリタン歌劇場の上演にふさわしくきわめて高い水準にある。リッカルド・フリッツァの指揮も快活で旋律戦をうまく浮き立たせてとてもいい。
ベッリーニのオペラの魅力は、あまりに気高く、あまりに美しい歌にある。オーケストレーションはかなりシンプルで、ワーグナーやシュトラウスに慣れた耳からすると、稚拙と感じざるを得ない。夢遊病であるためにふしだらと誤解されて、最後に誤解が溶けるというストーリーも現在からすると、あまりに他愛ない。しかも台本の組み立てが、歌の連続でドラマが盛り上がるようにはできていない。あれこれ不自然な展開もある。だが、そうした不満な点を払しょくして余りあるほどに、それぞれの歌があまりに美しい! イタリア・オペラの大半を軽視していたといわれるワーグナーもベッリーニの歌を愛していたといわれている。その気持ちはよくわかる。
第1幕、第2幕と次々にアリアや二重唱などの歌が披露されるが、すべてが研ぎ澄まされ美しい。アリーナの歌は、とりわけ凛として気品に満ち、心を洗われる思いがする。夢遊病状態で歌う第二幕のアリアはまさに絶品。
演出はロランド・ビリャソン。まだそれほどの年齢ではないだろうに、歌手は引退して演出に専念しているようだ。本人が本編の中で解説する通り、舞台となっている村を因習のために自由を許さない閉鎖的な空間とみなしている。アリーナと同じ衣装を身に着けたバレリーナがしばしば登場して、あちこちで踊りまわるが、それがアリーナの思い描く自由な自分だということのようだ。最後、誤解がとけた後、本来のオペラではアミーナとエルヴィーノは結婚するが、今回の演出では、アリーナは結婚を拒む。確かに、アリーナを信じず、邪険にし、よこしまなリーザにころりとだまされ、真実がわかったとたんにまたアリーナとのよりを戻そうとするエルヴィーノはあまりに愚か。しかも、村中があまりに閉鎖的で差別的。このような変更は現代社会では説得力がある。自由奔放な雰囲気のあるシエラの演技はこのような演出にぴったりだ。
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