« ノット&東響 「子どもと魔法」 完璧なアンサンブルによる知的で軽妙なファンタジー | トップページ | 紀尾井ホール室内管&ウォード  若々しい元気なブラームス »

新国立劇場「ヴォツェック」 代役・駒田の大健闘、素晴らしい演奏、演出!

 2025年11月20日、新国立劇場でベルク作曲のオペラ「ヴォツェック」をみた。

 劇場に向かう少し前、新国立劇場からのメールが届いた。ヴォツェック役のトーマス・ヨハネス・マイヤーが健康上の理由で出演できなくなり、代わってカヴァーの駒田敏章が出演するとのこと。世界的スターであるマイヤーの代役に無名の日本人歌手が歌う! とても残念に思って会場に出かけた。が、結果から言うと、素晴らしかった。マイヤーよりも駒田のほうがヴォツェックにふさわしかったかもしれない。

 リチャード・ジョーンズの演出もきわめて刺激的だった。このオペラを階級対立として組み立てている。大尉、ドクター、鼓手長らの士官は赤い軍服を着ている。ヴォツェックやアンドレスらの一兵卒はみすぼらしい兵服を着ている。マリアが、マグダラのマリアに関する聖書を読む場面に黙役の牧師が登場する。その牧師も赤い服を着ている。要するに、支配階級はぬくぬくと暮らし、道徳を説いている。舞台転換は何人かの男が人力で部屋を押してなされるが、その人たちもみすぼらしい兵服を着ている。ヴォツェックは支配階級に与えられた粗末な食べ物、とくに豆の缶詰(?)を食べて暮らし、ナイフではなく、その缶詰の蓋でマリアを殺す。

 そして、最後、格差は遺伝する! 元の台本では、ヴォツェックとマリアの子供が木馬で遊ぶ場面で、この演出では、子供たちが冒頭の兵士たちの場面をそっくり同じように繰り返す。つまり、赤服を着た支配階級の子供たちにヴォツェックの子どもが仕えている! かなり衝撃的な結末だ。

「ヴォツェック」を階級問題に還元してしまうのはあまりに単純化といえなくもないが、原作者のビュヒナーは「ダントンの死」(昔、読んで、とてもおもしろかった記憶がある!)を書くなど、フランス革命に傾倒し、革命思想を持った作家だった。「ヴォツェック」の基底にこの思想があったのは間違いない。きわめて的確な演出だと思う。

 演奏も素晴らしかった。指揮の大野和士は、切れが良く鮮明でありながらも十分にロマンティックな、まさにベルクにふさわしい演奏をしてくれた。最後の、子供たちが出てくる前の間奏曲の迫力はすさまじかった。

 ヴォツェックの駒田は、おそらくは声の威力からするとトーマス・ヨハネス・マイヤーにかなり劣ったと思うが、しがない一兵卒のヴォツェックがあまりに声に威力があっても困る。それに、マイヤーを実演や映像で私は何度か見ているが、私の記憶によれば、この人はまさに昔ながらのハンス・ザックスにふさわしい体形をしているはずだ。今回の演出で言えば赤服を着るにふさわしい威厳と迫力を持っている。駒田だからこそ、少し貧相で惨めなヴォツェックを演じられたのではないか。そう考えると、まさに理想の歌唱だった。しっかりした声、まったくほかの外国人歌手に引けを取らない。カーテンコールでも大喝采だった。

 マリーのジェニファー・デイヴィスも、この役には立派すぎるほどの声だが、少し蓮っ葉で、しかし根はまじめな女を見事歌っている。大尉のアーノルド・ベズイエン、鼓手長のジョン・ダザックはいずれもこの役にふさわしい。アンドレスの伊藤達人、ドクターの妻屋秀和、マルグレートの郷家暁子もみごとだった。合唱もいつも通り、とてもいい。少年合唱もよかった。歌手陣に弱点はまったくなかった。

 私はこのオペラのテーマは「自然と人為」だと思っている。だからこそ、ベートーヴェンの「田園」の冒頭に似たモティーフが頻出するのだと思う。ただ、これまでこのテーマについて説得力ある形で何らかの解釈を明確に示してくれた上演に私はあったことがなかった。今回も同じだと思っていたのだが、しばらく考えて思い当たった。今回の演出では、「自然」が徹底的に排除されている。野原での作業の場面は靴磨きに変更され、海はプールに変更されている。「自然が人為でゆがめられている」というテーマがそこには、現在の環境論よりももっと心理学的な方向から示されている。とても興味深いと思った。ただ、今回の演出では、格差を前面に出したために、ヴォツェックの狂気を説得力ある形で描けず、中途半端になった感じがした。

 素晴らしい公演だった。代役が大活躍してスターの座を得る!というドラマを目の当たりにしたのかもしれない、と思った。

|

« ノット&東響 「子どもと魔法」 完璧なアンサンブルによる知的で軽妙なファンタジー | トップページ | 紀尾井ホール室内管&ウォード  若々しい元気なブラームス »

「音楽」カテゴリの記事

コメント

今回の「ヴォツェック」、良かったんですね!私は行きませんでしたが、頑張って行けば良かったなと思いました。リチャード・ジョーンズの「ヴォツェック」は以前ベルリンで観て、面白かった記憶がありますが、一度観たからいいだろうと安易に考えていました。たぶんずいぶん違ったんだろうと思います。反省です。

投稿: Eno | 2025年11月21日 (金) 09時13分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
(ご返事が遅れました。どう書こうかと迷っているうち、時間が過ぎてしまいました)
以前ベルリンでご覧になった演出はどのようなものだったのか、とても気になりました。
そうですね、時々、「今回は聴かなくていいだろう」と判断して、後に良かったと知って残念に思うことがたびたびありますね。私はEno 様のブログを読んで、しばしばそのような思いを抱いています。

投稿: 樋口裕一 | 2025年11月24日 (月) 08時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« ノット&東響 「子どもと魔法」 完璧なアンサンブルによる知的で軽妙なファンタジー | トップページ | 紀尾井ホール室内管&ウォード  若々しい元気なブラームス »