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スラットキン&N響の第九 見事な演奏だったが、感動しなかった!

 2025年12月26日、サントリーホールで、NHK交響楽団のベートーヴェン「第9」演奏会を聴いた。

 まずは、近藤岳のオルガンにより、バッハの前奏曲とフーガ 変ホ長調 BWV 552。前にも書いたが、どうも私はオルガン曲はよくわからない。

 休憩後、第九。指揮はレナード・スラットキン。すでに4回、NHKホールで演奏をしたはずだ。快速の第九だが、さすがにまったく乱れはない。見事な演奏と言ってよいだろう。サントリーホールのLB席の音響の良い場所だったせいもあるかもしれないが、音の威力という面では、今年、私が聴いた5回の第九演奏会の中でも出色だった。何よりも、弦の生き生きとした厚い響きに驚嘆した。とりわけヴィオラの音が実に魅力的だった。もちろん、管楽器も本当に美しい。澄んだ音で、激しい動きでも乱れることがない。アンサンブルも文句なし。スラットキンのタクトさばきがよく、N響の良い面が前面に出ていると思った。さすがN響! さすがスラットキン。

 だが、素晴らしい演奏だと思うのだが、私の心は、ここぞというところになっても感動に震えない。12月に入ってから5回目の第九なので、さすがにちょっと飽きてしまったのか。が、もしかしたら、そうでないかもしれない。

 カリスマ評論家だった宇野功芳氏(知り合いの編集者に紹介されて、一度、お話したことがある)が生きておられたら、きっと「精神性がない」と断じたのではないかと思うような演奏だった。音響的には見事なのだが、グッとこない。とりわけ、第一楽章にベートーヴェンの苦悩、ベートーヴェンの人生観が伝わらない。第2楽章のあの壮大なスケルツォも、壮大な音響に聞こえる。第3楽章、第4楽章で、音楽に物語が展開していかない。もしかして、スラットキンはよく鳴らすことを重視しすぎているのではないかと思った。あるいは、私の考えるベートーヴェン像とは異なる像を描き出そうとしているのか。いずれにせよ、私の大好きな第九ではなかった。

 独唱陣(ソプラノ=砂田愛梨、メゾ・ソプラノ=藤村実穂子、テノール=福井敬、バリトン=甲斐栄次郎)は、急病のために出演できなくなった中村恵理の代役である若手の砂田をのぞいて、みんな大ベテラン。新国立劇場合唱団も含めて、もちろんとてもいいのだが、読響、都響の演奏の際の独唱陣ほどの刺激は感じなかった。

 とてもよい演奏だったが、私は感動しなかった。それに尽きる。

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「音楽」カテゴリの記事

コメント

自分は初日公演の生中継をBS4Kで観ていたのですが、ほぼ同じ感想を持ちました。あと聴いていて彼の父フェリックスの師であるフリッツ・ライナーの第九と、どこか方向性というか座標のようなものが似ているようにも聴こえました。もっともスラットキンは深刻な感動より明日に元気をもらえるようなタイプの演奏だったせいか、ライナーよりも聴きやすく近寄りやすいという印象でした。それにしてもオケが本当に見通しがよくクリアに響いていました。セントルイス響を短期間で全米屈指のオケにしたのも納得です。

投稿: かきのたね | 2025年12月27日 (土) 23時22分

かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
BS4Kで生放送されたのですね。知りませんでした。私は、今年最後のサントリーホールでの演奏なので、これほどの精度かと思ったのですが、初めからよかったとすると、いっそう驚きます。もちろん、最後になっていっそう精度が上がったのだと思いますが。
なるほど、フリッツ・ライナーの傾倒の指揮者なんですね。とても納得できます。まさにそのような演奏でした。スラットキンについては、もちろん名前をずっと前から知っており、何かの演奏を聴いてとてもよかった記憶はあるのですが、あまりなじみがありませんでした。私のアンテナに引っかからないタイプの指揮者だったのかもしれません。
初めからそれを頭に入れたうえで聴いていれば、だいぶ印象は変わったかもしれません。

投稿: 樋口裕一 | 2025年12月29日 (月) 08時17分

前略にて失礼します。
(僕は、本当にド素人です、本当にすみません)
12月24日、第九コンサートへ聴きに行きました(NHKホール)。
樋口様のブログを拝見、僕、何だか物足りないような、胸に残るような印象、ハッキリとした印象が気薄な感じでした。帰りも小雨のようで、寒くて早く帰りたい一心かもしれませんでしたが。もちろん、楽団員の方々の音はさすが素晴らしいと思いました。

樋口様のこの第九のブログ、何度も繰り返し拝読しましたが、僕も全く同感でした。

投稿: 森本浩二 | 2025年12月31日 (水) 05時57分

森本浩二 様
コメント、ありがとうございます。
私は今年の12月に入って5回目の第九でしたので、本文にも書いた通り、「もしかして、飽きてしまったのかな?」と自分でも半信半疑でした。客観的には見事な演奏なのに、まったく心に響きませんので、そう思ったのでした。が、同じような感想を抱かれたとのこと、なんだかとても心強く思います。きっとスコアを詳細に分析しての演奏だったのだと思いますが、きっと私のような音楽の素人で、文学的、哲学的アプローチのほうに魅力を覚える人間には物足りなく思えるタイプの演奏なのでしょう。

投稿: 樋口裕一 | 2025年12月31日 (水) 17時44分

私も聴きながら、何度も音楽にストーリーが無いとつぶやいていました。
ご感想、大変共感しています。

投稿: | 2026年1月 1日 (木) 23時20分

2026年1月 1日 (木) 23時20分にコメントくださった方
コメント、ありがとうございます。
私の感想に共感してくださったとのこと、とてもうれしく思っております。そうですね、音だけがあって、物語=ストーリーが感じられない、というのが、今回聴いたスラットキンの第九の特徴だったのでしょうね。

投稿: 樋口裕一 | 2026年1月 2日 (金) 17時14分

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