オペラ映像「インテルメッツォ」「ドン・パスクワーレ」「マリア・ストゥアルダ」
2025年も、あと9日。例年通り、M1・グランプリも放送され(優勝した〈たくろう〉もよかったが、私はそれ以上に〈ドンデコルテ〉のネタと技術がすごいと思った。〈エバース〉も大笑いした。審査員の点は伸びなかったが、〈めぞん〉もとてもおもしろかった)、クリスマスも近づいた。
そんな中、オペラ映像を何本か観た。簡単な感想を記す。
リヒャルト・シュトラウス 「インテルメッツォ」2024年5月1,5日 ベルリン・ドイツ・オペラ
シュトラウスのこのオペラは若杉弘の指揮による東京室内歌劇場の公演でみた記憶がある(ネットで調べたら、2004年だったようだ)。それまでサヴァリッシュがバイエルン放送交響楽団を指揮したCDとグスタフ・クーンの指揮、フェリシティ・ロットがクリスティーネを歌う英語版のDVD(グラインドボーン音楽祭公演)でこのオペラを知っているだけだった。これは、オペラから神話性、神聖性をそぎ落として徹底的に形而下的にしようとしたシュトラウスの試みの成功例だと思いながら、やはりちょっと物足りないなと思ってきたのだったが、今回の映像を見て、かなり納得できた。
まさにパロディ。シュトラウス本人と思しき有名音楽家が妻に浮気を疑われ、めでたく疑いが晴れるという、自分自身をモデルにした下世話な夫婦の痴話げんかを、技巧を駆使した芳醇にして豊潤なオーケストラで大真面目に描き切る。
間奏部分のオーケストラのすばらしさに圧倒される。改めて聴くとシュトラウスの音楽そのものがあまりに素晴らしいし、ドナルド・ラニクルズの指揮にも圧倒される。ラニクルズはこの複雑な音楽を解きほぐし、豪華にして繊細に展開していく。歌手陣もそろっている。クリスティーネのマリア・ベングトソンは高慢で怒りっぽい美貌の女性を見事に歌う。音程のよい美声がみごと。ロベルトのフィリップ・イェーカルも癖のない美声で、自分では善良ぶっているエリートを見事に歌う。
今回のトビアス・クラッツァーの演出は、原作とはかなり異なる。そもそも、現代の話になっている。みんながスマホを使い、もちろん移動には飛行機や車を使う。そして、原作では、怒りっぽくてわがままなクリスティーネ(シュトラウスの妻パウリーネがまったくこのような性格だったといわれている)が一方的に誤解して大騒ぎをし、最後には仲直りするめでたしめでたしの物語なのだが、今回の演出では、パウリーネは偉大な作曲家に振り回される生活にうんざりし、言い寄ってきた若い男爵とベッドをともにし、義務として妻の役割を演じているだけ、ということになっている。一方、夫のロベルトの方はそのような妻の心にまったく気づかず、愛し合っていると思い込み、自分の世界に夢中になっており、音楽家の道を受け継ぎそうな小さな息子も夫の精神を受け継ぎそう・・・という設定になっている。
それはそれで面白い演出だと思うが、妻が不倫をしているという設定にすると、やはりガミガミとうるさく、攻撃的で自己本位で他人に聞く耳を持たない妻に、観客は感情移入できなくなり、原作のほのぼのとした雰囲気が出なくなってしまう。いや、それどころか、日常の他愛のない出来事を大袈裟なドラマティックな世界に仕立て上げようとしたシュトラウスの意図からも外れてしまう。少し疑問を抱いた。
とはいえ、「インテルメッツォ」をこれほどの高いレベルの映像で観られたのはとてもうれしい。なかなかの名オペラだと思った。
ドニゼッティ 「ドン・パスクァーレ」2024年11月17日 ベルガモ、ドニゼッティ歌劇場
色鮮やかでとても楽しい上演。音楽的にも充実している。
まず、ドン・パスクァーレのロベルト・デ・カンディアが自在の歌と演技で歌いまくって、まさにこの役にふさわしい。躍動感にあふれ、愛嬌がある。ノリーナのジュリア・マッツォーラは若いソプラノだが、この人も素晴らしい。やや太めの美声で、躍動感としなやかさにあふれている。これからきっとドニゼッティやロッシーニで大活躍するだろう。楽しみだ。エルネストを歌うのはハビエル・カマレナ。髪が薄くなってかなり年配に見えたので、これがカマレナとはしばらくわからなかった。声も少し前の輝かしさが失われた気がする。マラテスタを歌うのはダリオ・ソゴスという若いバリトン。初めのうちは音程が不確かだったが、だんだん乗ってきた。カンディアとの早口の二重唱はとてもよかった。
イバン・ロペス=レイノーソ指揮のドニゼッティ歌劇場管弦楽団。ちょっとオーケストラは粗いが、躍動感があってとても楽しい。アメリー・ニールマイヤーの演出も、まさに現代の物語として描き、それに少しの違和感がなく、色彩的で楽しい。
ドニゼッティ「マリア・ストゥアルダ」 2025年7月、8月 ザルツブルク音楽祭(NHKBSで放送)
NHK/BSで放送されたザルツブルク音楽祭の公演。これは素晴らしい名演だと思う。ずっとひきつけられて観た。それどころか、何度か感動のために震撼した。
最も圧倒的なのは、マリア・ストゥアルダのリセット・オロペサとエリザベッタのケイト・リンジー。オロペサは、しとやかでありながらも芯が強く誇り高いマリア(つまりは、英国史で名の知れたメアリー=スチュアート)を強く美しい声で歌いあげる。リンジーは、ものすごい眼力で怒りをあらわにして敵を倒そうとする女王(つまりは、かのエリザベス1世)を迫力あるメゾで歌う。レスターのベクゾド・ダヴロノフも、あっと驚くようなよくとおる美声で、素晴らしい。タルボのアレクセイ・クラーギン、チェチルのトーマス・レーマンも文句なし。すべての歌手が最高度に充実している。
ウィーン・フィルはもちろん、アントネッロ・マナコルダの指揮もいい。きびきびして緊迫感にあふれ、ドラマティック。ぐいぐいと観客を引き込む。
演出はウルリッヒ・ラッシェ。舞台上に弱い光を発する大きなコマのような円形の台が二つ、傾いた状態で据えられており、それがずっとゆっくりと回転している。登場人物は全員が最初から最後までその上で、台の回転に合わせて始終、歩きながら演じる。そして、黒い衣装のエリザベッタと白い衣装のマリアの背後に、黒づくめだったり下着姿だったりの険しい顔の男性ダンサーたちがまるで心の影のようにずっと不気味に動いている。背後に動画が映されるだけで、何の舞台装置もないが、これだけで二人の女性の精神世界を描き出す。
1950~60年代のバイロイトのヴィーラント・ワーグナーの演出を思わせる。ずっと傾いた台の上を歩き続けるので、歌手たちは本当に大変だと思うし、大道具も背景もない場所で演じるので、演技する位置をおぼえるのが大変だっただろうとは思うが、斬新な演出で、私はとてもおもしろいと思った。
演奏も演出も傑出した公演だと思う。ドニゼッティも大変な大作曲家だと改めて思った。
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