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ニールンドの歌曲 感動に震えた!

 2026年3月27日東京文化会館小ホールで、東京・春・音楽祭歌曲シリーズ カミラ・ニールンド&ヨプスト・シュナイデラートを聴いた。

 カミラ・ニールンドは、今や押しも押されもしないバイロイト音楽祭をはじめとする主要な歌劇場でワーグナーやリヒャルト・シュトラウスのヒロインを歌う大歌手だが、私は無名だった頃からの大ファンだ。武蔵野市民文化会館で、シベリウスの歌曲などを歌った。私は大感動してCDを購入、シベリウスの歌曲の魅力を知った。あれは何年のことだったか。2000年前後ではないかと思う。チェコ文学研究家であり、医師であられた故・関根日出男先生(以前から関根先生の訳された本を読んでいたが、ヤナーチェク友の会で先生と個人的に知り合いになり、音楽についてしばしばお話させていただいた)は同じ時、感動してコンサートの後、ニールンドにサインをもらいに行ったと話してくださったことがある。

 今回改めて聴いて、もっともっとすごい歌手になったのだと実感した。

 最初にワーグナーの「ヴェーゼンドンク歌曲集」。最初のうちは、ちょっとピアノとぎくしゃくした感じだったが、すぐにぴたりと合ってきた。

 歌曲の言葉を大事にした繊細な表現と大劇場で歌うようなドラマティックな大声の表現の幅に圧倒される。しかも、完璧に声のコントロールがなされている。正確な音程、美しい声、ワーグナーの楽劇(もちろん、「ヴェーゼンドンク」の場合は、「トリスタン」!)で培ったであろうとろけるような官能性とスケールの大きな広がり。凄い! 感動!

 次にシベリウスの歌曲。「夕べに」「海辺のバルコニーで」「日の出」「3月の雪の上のダイヤモンド」「そよげ葦」「逢引きからもどった娘」「黒いばら」。

 「逢引きからもどった娘」はまるでオペラのように劇的に盛り上げ、恋に破れた娘の悲嘆を歌う。「黒いばら」では、ドラマが一層進み、悲劇が爆発する。ピアノ伴奏の歌曲特有の親密さ、繊細さを十分に発揮しながら、最後には、そのような規模とは思えない大きな世界になっていく。

 後半はまずドヴォルザークの「ジプシーの歌」。これは、可憐な若い娘の初々しい歌としても歌うことができるが、ニールンドが歌うと、可憐でありながらも深い思いのこもる歌になる。が、決して重すぎない。第4曲「わが母の教えてくれた歌」の後、美しくも悲哀の潜む歌になっていく。ここでも歌が進むにつれてドラマが進展していく。

 リサイタルの最後はリヒャルト・シュトラウスの歌曲。「悲しみへの賛歌」「夜」「ダリア」「万霊節」「誰がしたの」「二人の秘密をなぜ隠すのか」。シュトラウスの名曲歌曲を並べただけに見えて、これもまたオペラのようにドラマが進んでいく。まさにニールンド劇場!

 アンコールは3曲。最初はヴォルフの歌曲。ニールンドが曲名を口にしたが、私に聞き取れたのは、「フーゴー・ヴォルフ」のみ。チャーミングな小曲だった。その後、「ルサルカ」の「月に寄せる歌」。これはまさに絶品! 月に向かって語るルサルカの心情、光景が見えるような歌声。月の光の色が見えるかのようだった。ホール内に響き渡る声に私の全身が法悦に震えた! 最後はシュトラウスの「献身」。お決まりのアンコール曲だが、最後のホール全体に響き渡る「Habe Dank」に、これまた私の心は揺り動かされた!

 バイロイトの主役を歌うソプラノ歌手の中で、これほど繊細に歌曲を歌える人が、これまでいただろうか。ニールンドは、フラグスタートやニルソンやベーレンスやシュテンメをしのぐ大歌手だ!と思ったのだった。

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