映画「センチメンタル・バリュー」 三世代にわたって続く苦悩
映画「センチメンタル・バリュー」をみた。監督はヨアキム・トリアー。カンヌ映画祭グランプリ、アメリカのアカデミー賞2026年国際長編作品賞受賞(つまり、日本映画「国宝」よりも高く評価された!)のノルウェー・フランス・デンマーク・ドイツ合作ということらしい。
とてもいい映画だった。
離婚して家を出た父親と、残されて育ち、わだかまりを抱く姉妹が葛藤の末に理解しあうようになる、という大筋のなかに、様々な要素が組み込まれる。
映画監督のグスタフ(ステラン・スカルスガルド)は、離婚後、家を出ていたが、妻の死後、家に戻る。グスタフの母はナチスへの抵抗のために拷問を受け、それが癒えずに、その家で自殺したのだった。グスタフは母をモデルにした15年ぶりの新作映画を撮ろうとして、その主役に一流の舞台俳優である長女のノーラ(レナーテ・レインスベ)を当て、ノーラの妹アグネスの息子も出演させようとする。だが、父親に複雑な感情を持つ姉妹はそれを断る。だが、互いの苦しみを理解しあうようになり、脚本がノーラにふさわしいことを誰もが理解して、ノーラと少年の出演がかなう。
映画の冒頭で語られる通り、ノーラは幼いころに家を擬人化した作文を書き、しばしば家が家族をどう見守っているかを意識する。つまりは、この映画は、舞台となっている「家」がグスタフの母、グスタフ、ノーラの3世代をどのように見守ってきたかの物語でもある。
この3世代は重なり合っている。グスタフの母は自殺、グスタフは母の自殺で大きな心の傷を負い、ノーラは両親の離婚で苦しんで自殺未遂らしい経験があるようだ。3世代が同じような苦しみを味わい、それを引きずっている。3世代が暮らした家は、当初からひずみがあったが、それが今も残っている。
しかも、登場人物の全員が、自分なりに懸命に生きている。苦しみを抱えながら、なんとかそれを克服しようとし、自分なりに周囲のことも考えて生きている。だが、引きずる苦悩をどうすることもできず、関係がぎくしゃくし、誤解が生じ、悩みが生じる。まさに人生! まさに人間関係!
そうした三世代における苦しみの様子を家は見つめている。そこには、タイトルにある「センチメンタル・バリュー」(「思い出の品」というような意味らしい)がある。思い出の品のたくさんある家、そこでの家族の葛藤。そして、最後、映画の中での「母親」は、どうやら自殺を思いとどまるらしい。苦悩からの脱出がほのめかされる。
もしかしたら、この「家」というのは、ノルウェーという国のことかもしれないな、とも思った。いやいや、もっと普遍的に、ヨーロッパ世界、あるいは日本を含む全世界のことかもしれない。第二次大戦前から現代までの世代間に引き継がれた苦しみ、世代間の葛藤、そうしたものが形を変えながら引き継がれている。もうそろそろその苦悩から逃れられてもいいのではないか・・・。
美しい映像。素晴らしい演技。ただ、とても良い映画だとは思いながらも、これが年で最高の大傑作かというと、それほどでもないかなあという気持ちにもなった。
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