ドゥエニャス&マロフェーエフ 良くも悪くも若々しい演奏!
2026年4月2日、東京文化会館小ホールで、東京春音楽祭、マリア・ドゥエニャス(ヴァイオリン)&ピアノ:アレクサンダー・マロフェーエフ(ピアノ)の演奏会を聴いた。
曲目は前半にシューベルトのヴァイオリン・ソナタ イ長調 D574とドビュッシーのヴァイオリン・ソナタ、後半にフランクのヴァイオリン・ソナタ。
ドゥエニャスという若き天才の目覚ましい活躍は耳にしたことがあった。2002年生まれというから、まだ23歳くらい。ピアノのマロフェーエフも同年代で、この人も注目を浴びているらしい。大いに期待して出かけた。
前半を聴いた時点では、話に聞いていたほどではないなあという印象だった。ドゥエニャスは音程のいいクリアな音で物おじしないでぐいぐいと音楽を進めていく。マロフェーエフは、まるでグレン・グールドのように低い椅子に座ってピアノに向かい、これまたクリアな音で音楽を引っ張っていく。ただ、シューベルトの孤独な心が伝わらない。ドビュッシーの質感が伝わらない。もちろん悪くはないのだが、なんだかやっぱり超優等生の演奏を聴いている感じがする。いやいや、私のシューベルト観、ドビュッシー観を押し付けるつもりはない。何かしらほかの雰囲気でもいい。それがほしいのだが、ちょっと無機的に聞こえる。
それに比べて後半のフランクはずっと良かった。冒頭、あっというような繊細な音! ひそやかに心の奥を明かしていくかのように始まる。第2楽章以降、スケール大きく情熱的に音楽が広がっていく。ただ、クリアで、どちらかというと怜悧な雰囲気がある。音楽の形が崩れないまま、若々しくて研ぎ澄まされた音楽が作られていく。二人の音楽性がぴたりと合っている。
ほぼ満員の会場で大喝采が起こったが、私としてはあまり感動できなかった。やはり、フランクのソナタは、熟年の人間の音楽だと私は思っている。もっと屈折し、酸いも甘いも知って、異性への愛に燃えたり絶望したりを繰り返し、人生への諦めや絶望を抱きつつもなお情熱を燃やしてしまう人間の思いをぶつけたような曲。今日の演奏は、それにしてはあまりに若々しく、あまりに直接的だと思う。もっと屈折や逡巡やためらいや割り切れなさがほしい。
アンコールはフェレンツ・ヴェチェイの悲しみのワルツ ハ短調、A.コープランドのウクレレ・セレナーデ、リヒャルト.シュトラウスの「あした!」のヴァイオリン版。ヴェチェイやコープランドの曲はいわゆる「現代音楽」だが、これはまさに切れが良くてクリアで見事! この人たちはこのような曲の方があっているのではないかと思った。
そんなわけで、とてもよい演奏だとは思ったが、「まだまだ若いなあ」と思ったのだった。
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