シュエンのシューベルトの歌曲 まるでワーグナーのようなシューベルト!
2026年4月14日、東京文化会館小ホールで、東京春音楽祭歌曲シリーズ、アンドレ・シュエン(バリトン)&ダニエル・ハイデ(ピアノ)を聴いた。
昨年、ウィーン国立歌劇場の来日公演「フィガロの結婚」の伯爵を歌うシュエンを聴いて圧倒された(これは私の勘違いだった。私がシュエンを見たのは、同じウィーン歌劇場によるブルーレイの映像だった。コメントに私の間違いを指摘されて気づいたので、ここに加筆する)。シューベルトの歌曲もいいに違いないと思って期待して出かけた。期待以上というか、圧倒される歌唱だった。格が違うと思った!
シューベルト好きには評価が分かれるかもしれない。シューベルトというよりも、ベートーヴェンのような、というか、いやいやまるでワーグナーのようなシューベルトだった。アルベリヒかハーゲンかヴォータンが歌っているかのような錯覚を覚えた。凄味があり、強烈な思いがこもっている。
曲目はすべてシューベルト。「マイアホーファーの詩による5つの歌」、「ハイネの詩による6つの歌(《白鳥の歌》D957より)、「鳩の便り」「窓辺で」「君こそわが憩い」「それらがここにいたことは」「ミューズの息子」「春に」「ブルックの丘にて」「星」「さすらい人」「夕映えの中で」。
まさにワーグナーを思わせるような深い美声。とんでもなく大きな声で、とんでもなく美しい声なのだが、鋭さがあり、激しさがある。そしてスケールが大きい。嘆き、呪い、怒り、喜びが個を超えて大きく広がる。前半の歌曲は、観客を震撼させるかのよう。しかし、決して大味ではない。きわめて繊細でニュアンス豊かに歌い上げる。これまで聴いたことのある歌手の中では、ハンス・ホッターやミヒャエル・フォッレに似た感じがするが、もっと強烈で凄味がある。
後半は、有名な親しまれているシューベルト歌曲だが、シュエンが歌うと、チャーミングで親しみやすい歌曲ではなく、心の奥に激しい思いのこもった音楽になる。これもまたものすごい説得力。私の心にびりびりと響く。
シューベルト好きは、きっとこれをシューベルトらしくないというだろう。シューベルトの心の奥にこのような孤独な叫びがあり、憎しみや怒りや絶望があるにせよ、それをもっと孤独に、もっと内面的に表現する、とシューベルト愛好者は主張しそうだ。だが、ここまであからさまにシューベルトの生の思いを歌い上げるのは、これはこれですごい。私は大いに感激した。とんでもない歌手が現れたものだと思った。
アンコールは、「セレナーデ」「月に寄す」「菩提樹」。これも素晴らしかった。「菩提樹」もまた魂を震撼させるような心の叫びの音楽だった。
あ、言い忘れていた。ハイデのピアノもとてもよかった。こんなに歌の世界を見事に作り出すピアノ伴奏はめったにないと思った。
ともかく、シュエンの歌う強烈なシューベルトに酔った!
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コメント
ブログ拝見しております。昨年のウィーン「フィガロ」の伯爵は変更になったはずですが。
投稿: 匿名 | 2026年4月15日 (水) 19時50分
匿名 様
ご指摘、ありがとうございます。
大変失礼しました。私の勘違いでした。
私がシュエンを見て圧倒されたのは、ブルーレイでした。ウィーン国立歌劇場による同じコスキの演出で、来日公演の歌手と重なっていたため、記憶がごっちゃになってしまっておりました。訂正してお詫びします。なお、本文を読んで誤解なさる方がおられるかもしれませんので、少し加筆させていただきました。
投稿: 樋口裕一 | 2026年4月15日 (水) 21時52分