能「弱法師」 生まれて初めて「能」に感動した!
2026年4月17日、4月国立能楽堂ショーケース、狂言「引括」と能「弱法師」をみた。
日本の古典芸能については、私は右も左もわからない素人だ。誘ってくれる人がいて、現在、第一歩を踏み出しているところ。国立能楽堂で、ショーケースと称して素人向けのプレトークとわかりやすい演目を見せてくれているとのことで、出かけた。
狂言「引括(ひっくくり)」は、したたかで口うるさい妻に嫌気がさした夫が、妻を実家に帰らせ、そのまま離縁してしまおうと考え、離婚証明代わりに、妻に家にある好きなものを持って行かせようとする・・・という話。なかなか面白い話だった。いろいろな解釈が可能だろうが、ともあれ夫婦の腐れ縁のようなものを私は感じた。演者たちの腰のすわった歩き方、しっかりと間を取ったセリフ回しに感心。女性を演じていても、男性が声を作らず、そのまま男の声で語るのも新鮮。まったく違和感がない。演じている中心は、三宅近成(和泉流)とのこと。
能「弱法師(よろぼし)」は、讒言を信じた父に追い出されて、盲目になり、弱法師と呼ばれてよろよろと歩いて乞食をする俊徳丸が、天王寺で父と出会い、救われる話。無知な私は、この話をまったく知らなかったが、三島由紀夫が「近代能楽集」でも扱っているので、かなり有名らしい。
私はヨーロッパの文学、音楽、映画に親しんできたので、どうしてもその方向から考えてしまう。私は、この能の作り出すドラマは「すべてが一致する時空間」から成り立っていると思った。
俊徳丸は、天王寺で春の彼岸の中日、過去にいきさつのあった父と再会する。そして、盲目になる前に見た光景と現在の雰囲気を重ね合わせ、実際には目には見えない光景をありありと感じる。そして、天王寺の西門、つまりは極楽浄土の東門に向かって歩く。ここでは、過去(目が見えていた幸せな時期)と現在(盲目になった現在)、記憶の中の幻視と現実、現実世界と浄土が重なり合う。しかも、彼岸の日であって、真東から太陽が出て、西に沈む日。いわば、この特別の日に、すべてが一致する時空間の特別の「点」が作り出され、そこで親子の再会という奇跡が起こるわけだ。静的な舞台の中、数少ない人物の動き、セリフ、鼓の音、掛け声などによってドラマがそこに集中して盛り上がっていく。見事だと思った。まさに凝縮された舞台世界! 初めて能に感動した。出演は岡庭祥大(観世流)を中心にした方々だとのこと。
文楽も能もなかなかおもしろい!
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