東京二期会「ルル」 猛獣たちの見世物
2026年4月18日、新国立劇場オペラパレスで、東京二期会オペラ劇場 アルバン・ベルク作曲「ルル」をみた。指揮はオスカー・ヨッケル、演出はカロリーネ・グルーバー、管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団。とてもレベルの高い公演だった。
多くの人が私と同じようなものだと思うが、私もまた「ヴォツェック」は大好きで、50年以上前からレコードやCDを何種類か聴き、実演や映像もみてきた。だが、それに比べると、「ルル」はもう一つとっつきにくい。そもそも未完であることもあって、話もわかりづらい。登場人物の人間像も把握しにくい。それぞれの人物の行動にどのような動機があるのかもよく理解できない。そんなわけで実演や映像を何度かみているが、それほど感銘を受けたことはなかった。
今回、東京二期会の「ルル」をみて、やっと少しつかめたような気がした。これまで、「ヴォツェック」と同じように登場人物に感情移入しようとしてきたから、私は「ルル」に違和感を覚えたのではないかと思いあたった。
これはそもそも感情移入を拒否するオペラではないのか。ブレヒトが「同化」に抗して、「異化効果」を提唱したのは1920年代だった。ベルクはもちろんブレヒトについてはよく知っていたはずだ。このオペラもまた、ブレヒトのドラマと同じように、そもそもどの人物にも同化すること、感情移入することを求めていない。すべての人物が異物として舞台上に挙げられる。
まさに、冒頭に前口上で語られるように、ここで示されるのは「見世物小屋」なのだ。動物園で猛獣を見入るように、私たちはルルやシェーン博士やアルヴァ、ジゴルヒなどの猛獣を見ていく。そんなオペラなのだ。そうやって全体をみると、私の抱いた違和感はかなり薄れる。
今回のカロリーネ・グルーバーの演出は、ルルをマネキンとみなして、ルルに絡む様々な人物が望む幻想を仮託する存在として描いている。ルルはこのようにして与えられた幻想に苦しみ、最後、やっとのことで幻想から抜け出す。この様子は、ルルの分身を示すダンサー(中村容)のパントマイムで表現される。この演出は、まさに感情移入しないオペラにふさわしい。ルルは、一貫した人間性を持つ人物としては描かれておらず、変幻自在なモデルとして描かれている。それぞれの様態のルルが見世物として描かれる。そのような猛獣たちが次々と色彩的で明るい舞台に現れて、むしろ軽やかに猛獣ぶりを発揮していく。
ルルの宮地江奈はこの演出にふさわしい自然で伸びのある声。素晴らしかった。画家の岸浪愛学、シェーン博士の黒田祐貴、アルヴァの澤原行正、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢の豊島ゆき、シゴルヒの山下浩司もとてもいい。そして、特筆するべきは、指揮のヨッケルだろう。しなやかで柔らかみのある音であって、決して神経質にならないが、十分に切れがよく、じわじわとドラマを深めていく。素晴らしい指揮者だと思った。
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