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青森旅行

 数年前だったか、高村薫の大部の小説「太陽を曳く馬」を読んだ。仏教談義が主要なテーマなのでわからないところもたくさんあったが、とても興味を惹かれた。その勢いで、「太陽を曳く馬」とともに3部作をなす「晴子情歌」と「新リア王」も読んでみた。「新リア王」は「太陽を曳く馬」に勝る難解さで読みとおすのに難儀したが、「晴子情歌」は素晴らしいと思った。それまでは、「マークスの山」しか読んだことがなかったが、これらを読んで、高村薫は偉大な作家だと認識したのだった。

 ただ、「晴子情歌」を読みながら、なじみのない地名ばかりが次々と出てくるので、土地の関係がよくわからなかった。機会があれば青森に行って、これらの土地を訪れてみたいものだと思っていた。

 そんなとき、八戸の高校から講演依頼が来たので、これを機会に、2026年7月26日から28日にかけて2泊3日の青森旅行をしようと考えたのだった。生成AI、Geminiに3部作のゆかりの地を見るルートを質問したら、みごとな答えが返ってきたので、ほぼそれに沿って行動することにした。

 青森から帰宅してから体調を崩した孫の面倒を見たり、名古屋に出かけたり、東野圭吾氏の死去(私は東野ファンと言ってよいだろう。たぶん80冊くらい読んでいると思う。稀有な才能の持ち主を亡くしてしまった。合掌!)を知って、追悼の意味で未読の作品を立て続けに何冊か読んでいたりしていたため、青森についての記録をアップするのが遅くなった。

 

7月26日(日)

 はやぶさ号で新青森へ。奥羽本線に乗り換えて青森駅へ。駅前のホテルに荷物を預けて、青い森鉄道で野辺地に向かった。

 東京は連日35℃前後の猛暑だったが、青森はまだ梅雨明けしておらず、昼間も27℃程度の気温だった。ただ、ありがたいことに、雨の予報がなされていたが、程よい曇り空だった。

 野辺地は、北前船の風待ち港として栄えた海辺の町だ。小説の中では、昭和の軍国主義の時代、晴子が女中として福澤家に入り、様々な家庭事情によって、それまで顔をみたことさえ数回しかなかった福澤家の三男の淳三が出征する直前に、その妻になり、夫の出征中に、長男の榮に手籠めにされて彰之を生み、その後の生活の中心にする場所だ。

 福澤家という地域の実力者で、船元であり、代々国会議員などの政治家を輩出した地方の素封家のある土地という設定なので、もう少し大きな町かと思っていたら、ふつうの田舎町だった。「晴子情歌」の時代にはもっと栄えていたのだろうが、今や駅前の広場はがらんとしており、車もほとんど通らず、人影はほとんどない。遅めの昼食をとろうかと思っていたが、開いている店がない。唯一開いている、駅付近でピザを食べた。おいしかった。

 歩いて町巡りをするには、遠いので、駅前からタクシーに乗って、野辺地港の象徴である日本最古級の石造常夜燈を見物。資料を見ているうち、戊辰戦争の一環として、野辺地戦争があったことを初めて知った。

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 タクシーに待ってもらって、その後、町の中心部で下車。常光寺、海中寺、野村治三郎の別邸などをざっと歩いた。草木の雰囲気は異なるが、町の佇まいは、私の故郷である大分県日田市とよく似ている。要するに、日本の多くの地方都市の状況だ。

 小説の中で描かれる場所が現実のどこにあたるのかよくわからなかった。もう少し小説を詳細に読んで下調べしておけばよかったのだが、その時間がなかった。が、まあ、土地の雰囲気を知られただけでも良しとしよう。

 歴史民俗資料館でこの町の歴史を見ているうち、1時間に1本ほどの列車の時刻が迫ったので、あわてて歩くうちにタクシーを見つけて、駅に戻り、そのまま青森へ。

 駅近くの居酒屋で夕食。まだこの地域では禁煙が首都圏ほど徹底していないようで、周り中でタバコを吸っている人がいる。この居酒屋もそうだった。少し息苦しいながら、郷土料理を食べた。

 

7月27日

「晴子情歌」巡りをするからには、日本海側にある筒木坂(どうきざか)周辺を見ないわけにはいかない。筒木坂は、晴子の父・野口康夫の実家のある土地で、晴子は母の死後、しばらくこの土地で大家族の中で、弟や妹の面倒を見ながら暮らす。小説は、筒木坂の夢を見たことについて語る息子・彰之への手紙で始まる。木造町、七里長浜の描写は印象的だ。

 青森駅付近でレンタカーを借りて、車で筒木坂に向かった。首都圏に慣れた人間からすると、青森駅付近には人影が見え、車もかなり動いているものの、少し郊外に行くと、あまりに人が少ないのに驚く。道路沿いの店も、どこの街にもあるチェーン店がほとんどで、その地域特有の街並みは見られない。ただ、さすがに道路はきちんと整備されており、もちろん運転マナーはとてもよい。車が少ないので、運転しやすい。ナビに従って、1時間と少しで到着。

 ただ、筒木坂バス停に到着したが、周囲に何もない。まさにのどかな農村地帯であって、人家はあるが、何らかの施設や店舗もない。錆びたシャッターが閉まっている雑貨店らしい建物があったが、人気がない。人影はたったの一人もこの地域では見かけなかった気がする。

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 空き地に車を停めると、そのすぐ近くに要心寺というお寺があったので、歩いてみた。ここも人影はなかった。

 おそらくこの土地は、晴子が暮らしたとされる時代とそれほどの違いはないだろう。きっと、当時からのこのような雰囲気だったのだと思う。東京からこの地に突然やってきた十代の晴子の途方に暮れる気持ちがよくわかる。私としてはもう少し海岸に近いのかと思っていたが、意外と海岸まで距離があった。

 車で十三湖付近を走った。お昼になったので、湖畔の店で名物のシジミラーメンを食べた。大量にシジミが入っていた。シジミのだしがきいて美味しい。

 お店の店員さんと話すと、高山稲荷神社にぜひ行くようにと勧めてくれた。この神社について、私はまったく何も知らなかったが、京都の伏見神社のような朱色の千本鳥居があるという。ナビをセットして向かった。

 広々とした神社だった。山道を登ると、下のほうが庭園になっており、湿地があり、そこに千本鳥居があった。鳥居をくぐった。「晴子情歌」にはこの神社は登場しなかったと思うが、この地域の観光名所としては欠かせない存在なのだろう。

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 七里長浜を見ようと思ったが、なかなか海岸を通るルートがない。海岸と思われるところを目的地にして進もうとすると、狭い道に入り込んだりする。ナビやらネットやらで調べて、ベンセ湿原にある出來島海水浴場に向かった。

 海岸に宿泊施設のようなものがあり、工事中に作業をしている人が二、三人、昼休み中なのだろう、大きな音でラジオをかけて寝転がっていた。その向こうに海岸が広がっていた。

 海岸に出て歩いてみた。子どもたちが数人、遊泳地区で泳いでいたが、人影はない。砂浜が広がっていた。これが七里長浜なのだろう。「晴子情歌」では、冬の光景であることが多く、もっと厳しさを感じさせるが、夏の日本海は穏やかで心優しい。とはいえ、長く続く砂浜とロシアにまで広がる海は確かに峻厳な雰囲気を持っている。

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 途中、ジェミニのすすめにしたがって、五所川原にある旧津島家住宅太宰治記念館「斜陽館」に寄った。太宰治が育った豪邸であり、太宰ファンにとっては聖地なのだろう(太宰は好きな作家の一人だが、とりわけ大好きというほどではない)が、確かにここは「晴子情歌」で描かれる福澤家本家を思わせる。なるほど、晴子はこのような場所で女中として、そして三男の嫁として働いたのだろうと想像できる。

 その後、青森駅に向かい、レンタカーを返却して、青森駅から奥羽本線で新青森を経由して八戸へ。ここから先は、仕事モード!

 

 正直言って、コンサートに追われ、仕事に追われて、十分に下調べしないまま出かけてしまったことを後悔した。「晴子情歌」は時間や場所が複雑に入り組んで進んでいく小説なので、十分に整理しきれずにいた。もう少し前もって、実在の場所と虚構の場所を整理して、そこがどのように描かれているのかを確かめるようにしてみるべきだった。

 ところが、ざっと読んだだけでは、その段階にまで達することができなかった。一度、青森を訪れて、やっとこれから整理して読み返せると思った。

 もう一つ思ったのは、「晴子情歌」に始まる高村薫の三部作は大傑作だと思うのだが、舞台となった現地の人にもほとんど知られていないということだった。ベストセラーにはなっていないにせよ、数々の文学賞を受賞しているので、もっと知られている、少なくとも舞台となった地域の人たちは作品の存在を知っていると思っていたのだったが、そんな様子がない。観光案内にもそのような記述がない。

 もう一つ、Geminiはすごいということも感じた。旅行日程についても、少し条件を入れるだけで見事なプランを示してくれた。うーん、恐ろしい時代になったものだ! とてもありがたいことだが、恐ろしい!

 なお、くわしくは書かなかったが、今回は知人たちがちょうど東北旅行を計画しているということだったので、日程を合わせてもらって青森で合流。一部、行動を共にした。おかげで楽しい時間を過ごせた。

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