映画「白パンと独裁者」
ファティ・アキン監督の映画「白パンと独裁者」をみた。私はこれまでにこの監督の映画を4本ほどみている。いずれもとても良い映画だった(このブログに感想をアップしている)。今回の「白パンと独裁者」も素晴らしかった。
アキン監督の恩師にあたるドイツの俳優・映画監督・作家であるハーク・ボームの自伝に基づく作品だとのこと。原題はアムルム。舞台となっている島の名前だ。
第二次世界大戦末期、ナチス幹部の父を持つ12歳の少年ナニングはハンブルクに住んでいたが、今は、母親や弟、妹、そして母の姉(?)とともに母の実家のあるアムルム島に疎開している。母はヒトラー信奉者であり、気位が高く、高圧的で、ナチスに反発する人を軽蔑しながら生きている。ナニングもナチス信奉者たちのネットワークの中にいる。ところが、ヒトラーが自殺した日、母は子どもを出産し、その後、元気をなくす。そして蜂蜜を塗った白パンを食べたいと漏らす。ナニングはそれをきいて、母に白パンを食べさせたいと考えて、地元の人の手伝いをするなどの工夫をして、何とかパンを手に入れる。だが、母は喜ばず、腹をすかせた弟がパンを食べてしまう。
そんなストーリーだが、戦争末期の状況と少年の成長が重ね合わされている。
ナニングは白パンを得るために努力するうち、魚や鳥などの生命の息づく島での生活を知り、島の人々となじみ、人々の現実、ナチスの蛮行、これまでヒトラーを崇拝していた人たちの末路を知っていく。母親一辺倒だったナニングは母を相対化し、その非人間性も認識する。おそらくドイツの各地で起こっていたであろう親ファシストと反ファシストの反目、都会からの疎開してきた人々の苦労と地元民との対立、戦後の親ファシストの零落をナニングは見つめる。
最後、ナニングと反目していた疎開者の女の子が、家族とともに島を離れようとするナニングにプレゼントを差し出す場面がある。戦前、戦中の様々な人の反目、対立が和解へと進むことがここで暗示される。
まさにナニングは戦後ドイツそのものを象徴するだろう。ナチス一辺倒だったドイツは真実を知り、対立していた人々と和解し、新しい勢力に力をゆずっていく。
美しい映像、ナニングをはじめとした生き生きとした子どもたち、人生を感じさせる島民。ナニングは、必ずしも品行方正ではなく、可愛らしい子でもなく、いつまでもナチスの側にいて、母の影響下から逃れられないがゆえに、いっそうリアリティがある。
アキン監督はトルコ系ドイツ人であって、以前にはトルコ系の人々のドイツでの葛藤にあふれる生活を描いていた。そのアキン監督が今になってこの映画を作ったのは、もしかすると、過去のドイツの分断と反目を乗り越えた歴史を描くことによって、現代社会の分断と反目が乗り越えられることへの期待を表明しているのかもしれない。
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コメント
「白パンと独裁者」は私も気になっていたのですが、例によってグズグズしていました。樋口様のブログで背中を押されて観に行きました。とても良い映画ですね。観に行って良かったです。ありがとうございました。
投稿: Eno | 2026年9月 1日 (火) 12時33分
Eno様
コメントありがとうございます
ブログを拝見させていただきました。私の気づかなかったこと、書き忘れていたことを読ませていただき、理解が深まった気がします。
音楽についてのご報告もとても刺激を受けながら読ませていただいています。
それにしても、とても良い映画でした。
投稿: 樋口裕一 | 2026年9月 2日 (水) 07時58分