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飯田みち代のバロックの歌を堪能した!

 2026年9月11日、名古屋の瑞穂文化小劇場で飯田みち代リサイタルを聴いた。今回のテーマはBaroque。出演は、ソプラノの飯田みち代のほか、チェンバロは百瀬愛莉、ナヴィゲーターは指揮者の伊崎正浩。

 飯田みち代さんとは20年来のお付き合いがある。帝国ホテルなどで何度か飯田さんのコンサートを企画・運営させていただいたことがある。そのたびに、多彩な表現力、観客席を自分の世界に引き込むプリマドンナとしての力に圧倒されるばかりだった。名古屋でのリサイタルに何度かお誘いを受けながら、家庭の事情があったり、プログラムに私の大嫌いなマーラーが含まれていたりで、残念ながら、名古屋に足を運ぶことができなかった。飯田さんの名唱をぜひとも聴きたいと思っていたところ、バロックのコンサートが行われることを知って、名古屋まで行きたい気持ちが強まったのだった。

 三人がバロック時代の扮装で登場したのには驚いた。チラシは確かにバロック時代の扮装の三人の写真だったが、きっとそれは合成だろうと思っていたら、そうではなかったようだ! しかも、さすがに三人とも板についている! 伊崎さんがヘンデルに扮して絶妙の語りで曲を紹介。

 演奏されたのは、パーセルやリュリ、ラモー、チェスティ、カッチーニ、バッハ、ヘンデルの曲。初めのうちは、チェンバロも歌も少し不安定だったが、すぐに本調子になってきた。パーセルの3曲目「もし音楽が愛の食べ物なら」あたりから凄味が出てきた。

 実は大変失礼ながら、飯田さんのバロック音楽には多少、不安を抱いていた。飯田さんのロマンティックで濃厚な表現がバロック音楽に合わないのではないか、バロック音楽には、もっと率直で薄味の歌のほうがふさわしいのではないか、飯田さんのあまりに凄い歌唱力がバロックを超えてしまうのではないかと思っていたからだ。だが、聴いていくうちに、自分の思慮不足を恥じた。いやいやむしろこれがバロックの歌い方だというべき歌唱を聴かせてくれた。

 強い声だと思う。小声で歌っても強い感情が聞こえてくる。ロマン派の歌を歌う時のように微妙なニュアンスをすべて表現しようというのではなく、ニュアンスに関しては少し抑制していると思った。その分、一つの感情を一層強く表現しようとしているのではないか。声がまっすぐに伸びたり、あるいはホール中に広がったりしたが、きっとそれが偶然ではなく、何らかの特有のテクニックによるものなのだろう。小さな声からホール中を響かせる大きな声まで見事に歌をコントロールする。まさに飯田マジックだと思った。こうして聴くと、まさにバロック音楽にぴったりの、素朴な表現でありながらも強い思いのこもる人間の心がしっかりと聞こえてくる。

 ほんの少しだが、声のかすれるところがあった。ほかの歌手なら、音楽が崩れそうになるところだ。だが、飯田さんの場合は、声のかすれなど何でもない。それすらも声の迫力にしてしまう! いやいやそれどころか、これこそが人間の心のリアリティに聞こえる。

 リュリの「愛が闘いを挑むとき」、初めて聴いたが、素晴らしいと思った。カッチーニの「私の美しいアマリッリ」はよく知られた名曲だが、飯田さんが歌うと真摯な激しい愛がぐいぐいと伝わる! けっして激しい歌い方をしているわけではないのに、抑制された強い思いがあることが伝わる。バッハの「マタイ受難曲」の「愛ゆえに」も絶唱! そして、それにもまして、ヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」も素晴らしかった。

 少し前まで、私はバッハのほかには、バロック音楽はほとんど聴かなかった。が、こうして聴くと、パーセルもリュリもラモーもヘンデルも素晴らしい。バロック音楽をもっと聴きたい気持ちが強まった。

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