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映画「クロワッサンで朝食を」「ノベンバー」「ザ・ライフルマン」

 昨日からシルヴァ―ウィークだという。多くの人が行楽を楽しみにしていただろうに、台風が近づいている。ほとんど毎日が休日であるので、ふだんとさほどの違いを感じない私も、さすがに予定していたことを変更せざるを得ないのではないかと気になっている。いやいやそれ以上に、途方もない大雨の被害が伝えられているので今回はそんなことのないように願うばかりだ。

 DVDなどによって自宅のテレビ受像機で何本か映画をみたので、簡単に感想を記す。

「クロワッサンで朝食を」 2013年 イルマル・ラーグ監督

 原題Une Estonienne à Parisを直訳すると、「パリのエストニア女」。母を亡くしたエストニア人の初老の女性アンヌ(ライネ・マギ)に、パリで暮らすエストニア出身の裕福な老女フリーダ(ジャンヌ・モロー)に仕える家政婦の仕事が舞い込む。かつてフランス語を学んだアンヌはよろこんで誘いに乗るが、フリーダは故郷エストニアの人々と断絶し、ただかつての愛人ステファン(パトリック・ピノー)としか交流しようとしない依怙地で頑固な女性だった。アンヌは何度も心が折れそうになりながら、孤独なフリーダの役に立とうとして、少しずつ心を通わせるようになる。そんな話だ。

 フリーダは、かつての自分と同じようなエストニアの雰囲気を残し、パリジェンヌになれないアンヌを見て苛立つのだろう。また、エストニアから断絶しようとしているフリーダにとって、故郷を引きずるアンヌは不愉快なのだろう。このあたりの気持ちは、エストニアを田舎、パリを都会と捉えれば、18歳で大分市から東京に出てきて、田舎者意識がいつまでも抜けきれなかった私にはとてもよくわかる。

 これは、自分の故郷を拒否して生きてきた老女が、最後になって家政婦によって故郷を再確認した物語だと思う。そして、それは家政婦が自分を再発見し、パリの人(=ステファン)がエストニアという田舎の国を発見する物語でもあったと思う。

 ジャンヌ・モローの最晩年の映画だ。彼女の映画はかなり観てきた。大好きな女優というわけではなかったが、その演技力と存在感には圧倒されてきた。この映画でも存在感に驚く。アンヌ役のライネ・マギの熟女の魅力にも私は強く惹かれる。とても良い映画だと思った。

 

「ノベンバー」 2017年 ライナー・サルネ監督 (ポーランド・オランダ・エストニア合作)

 エストニアの作家アンドルス・キビラークの小説「蛇の言葉を話した男」を読んで大いに感銘を受けた。壮大で形而上学的なとてつもないファンタジーだった。同じ作家の小説「ノベンバー」が映画化されており、primevideoに含まれていると知って観てみた。これは映画としても圧倒的だった。

 タラ・ベーラの映画やヴァーツラフ・マルホウル監督の「異端の鳥」を思わせるような白黒の映画。圧倒的な映像美が迫ってくる。まさに映像詩。エストニアの民間伝承や言い伝えも取り入れられているのだろう。説明を排しているので、よくわからない個所も多々あるが、観ているうちに引き込まれていく。

 描かれるのは、エストニアの寒村だ。この村は男爵(ロシア人?)の領土らしく、農民たちはどうやら農奴のようだ。男爵がピアノでベートーヴェンの「月光」を演奏する場面があるので、おそらく19世紀初頭だろう。この村では、死者が蘇り、人狼や悪魔や動物の形をとった疫病などが存在する。しかも、この地域には、「クラット」と呼ばれる、農機具などの廃材を組み立て、悪魔と契約を結んで、ロボット風の召使を作り出す風習がある。民間伝承なのだろうか。

 そんな世界で、農奴の一人である少女リースは若者ハンスに恋するが、ハンスは男爵令嬢に惹かれている。リースは魔女の助言を得て、男爵令嬢を殺そうとするが、実行できず、男爵夫人の服を盗んでヴェールで顔を隠してハンスと交流する。ハンスは相手を男爵令嬢だと考えて幸せな気持ちになるが、そのハンスの行動はクラットの助言によるものだったため、ハンスは悪魔に命を奪われることになる・・というのが主要なストーリーだ。

 ともあれ、描かれる世界が途方もない! 不思議な世界なのに、不気味で恐ろしく、リアリティがある。人間の心の悪や純粋さが描き出される。

 キビラークの原作を読みたくなった。日本語訳はないが、フランス語訳があるらしい。30年前だったらこのくらいの小説なら苦労せずに読めただろうが、今の私はオペラ映像に日本語字幕ないとき、英語よりはまだしもわかるのでフランス語を選択する程度で、それ以外には、30年間、ほとんどフランス語に触れていない。AIに手伝ってもらっても、きっと読めないだろうなあ・・。

 

「ザ・ライフルマン 地獄の最前線」 ジンタルス・ドレイベルグス監督 2019年 ラトヴィア

 ラトヴィアの映画。第一次大戦中、ドイツ軍に母親を殺された少年アルトゥルスは父とともに軍隊に志願し、兵として戦場に駆り出される。そこで戦争のあまりに悲惨な現実を知りながら、どうにか戦うが、父を失い、兄も失う。だが、ラトヴィア人たちはロシア軍からは一段下の扱いを受ける。そんな折、ロシア革命が起こり、アルトゥルスは赤軍の一員になるが、そこでも理不尽な目にあい続ける。赤軍に反抗したラトヴィア人の知り合いを銃殺するよう命じられて拒否すると、アルトゥルス自身も捕らえられ、場合によっては銃殺の恐れも出てくる。上官に助けられて脱走し、赤軍ではなく、未経験な若い兵ばかりのラトヴィア軍に加わって若者を指導しようと奮闘し、戦場をさまよう。

 ラトヴィアは第一次大戦前にはロシア領だったが、大戦によってドイツに占領される。その後、ロシア革命後のソ連軍に攻められるが、かろうじて独立を果たす(ただし、第二次大戦前後に再びソ連に併合される)。そのような歴史の中で、独立のために戦った一人の男を描いているわけだ。

 映画作品としてはとりわけすぐれているわけではないだろうが、この映画のおかげで、ラトヴィアの歴史を知り、ラトヴィアの人々のアイデンティティを知ることができた。

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